第十章 エギライズ・カミラ・ユナ
第十章 エギライズ・カミラ・ユナ
ユナとシェリルに出会ってから一ヶ月は経っただろうか?
木村は相変わらず亜美の家猫として居候し、ヒモ猫生活を送っている。
どうやら毎日を無駄に過ごしているようだ。
ユナとシェリルはカフェでバイトしながら歪みに関する情報を集めているようだが、中々いい情報が得られないみたいだ。
その間シェリルはメイドとしての腕を磨き続け、その奉仕、いや仕事っぷりと容姿は素人の僕から見ても完璧だ。
一方、ユナはいまだに皿を割るし、注文を間違えるし、まだまだ半人前なのだが、その半人前なキャラが実は求められている理想系でもある。って僕は何を解説しているんだ?
とにかくそんな日々が流れ、このヴァンパイア3人が僕の生活の一部となっている今日この頃。
亜美にとってもそれは同じなのだろう。シェリルを妹みたいに可愛がり、知らないところでクロちゃんというヴァンパイアも飼っている。
まあ僕も白猫なヴァンパイアを飼っているのだが。
その白猫は窓際でおいしそうにチクワを食べている。食事の時くらい元の姿でいいって言っているのだが、本当に獣に変化することは屈辱的な行為なのかと疑問だ。
「おーい、ユナぁ?今日もバイトか?」
「んぐっ!んぐんぐ。食事中に話しかけないでほしいな。今日は3時からだよ。それがどうかした?」
「じゃあ帰りは7時半くらいか?何か夕食作っておこうかと思って。」
「んー、ありがと。多分今日が初めてのバイト代だから期待してて!」
「おっ、了解。でも無理しなくていいからな。」
居候の身で何もしないのが嫌だからって始めたバイト。慣れない中、ちゃんと続けているユナは偉いと思う。元は貴族、って今も貴族なのか。それが見知らぬ土地でやったこともない仕事をしている。
悪魔っていい人ばかりなのかもしれないな。
「いらっしゃいませぇ・・・って秋人?何しに来たの?」
「何って客だぞ?さ、席に案内してくれ、メイドさん?」
「むぅ、帰ったら覚えてろよぉ。」
小声で呟いたユナは僕を奥の方の席に案内してくれた。
「注文は決まってるの?後でまた来ようか?」
「呼んだらユナが来てくれるのか?」
とからかってみると、ユナは少し照れながらバカ、と言って他の仕事に戻っていった。
いやぁ、悪魔をからかうのって面白いね。
「きゃうん!ごめんなさい、ごめんなさい!」
向こうの方でユナの謝る声が聞こえる。またドジっ子をやらかしたのだろう。
しかしこのドジっ子とロリメイドなシェリルを見るために来る客は増えるばかりだ。プロデューサーとして僕も鼻が高いというものだ。
「ご注文はお決まりですか?秋人くん。」
ユナが呼んでもいないのに注文を取りに来た。
「じゃあコーヒーをホットで。」
「こんな季節なのにホット?それにコーヒーだけなら最初に注文してよね。」
怒ったフリして僕に顔をぐいっと近づけるユナ。客が僕だと強気だ。他の客の前ではいつもおどおどしてるくせに。僕はそれを横目に見て楽しんでいるのだ。
そしてそれをいつも怒られているが止められない。
今日もたっぷりユナの仕事っぷりを見学して家に帰った。夕食の準備をしないといけないからな。
「たっだいまー。あー疲れたぁ!」
「おかえりユナ。お疲れ様。夕食の準備できたから食べよっか。猫になんなくてもいいからさ、ほら。」
「わぁ、おいしそう!ありがと秋人。いっただっきまーっす!」
ユナは僕の用意したパスタをフォークで上手に食べ始めた。
あっちの世界にも同じように麺料理があったりフォークがあったりするのだろうか?
そういえば悪魔の絵によく出てくる三又の槍ってフォークみたいだなぁ、なんて考えていたらユナが夕食を食べ終わっていた。
「あのさ、秋人。お願いがあるんだけど。」
「ん?どうした?何もぞもぞしてんの?」
「うっ、うるさいっ!はっ、恥ずかしいけど笑わないでね。あの、その、わ、私の背中を洗ってほしいんだけど。」
「はっ!?」
「ほらっ、その、今までは付き人が私の背中を洗ってくれていたんだけど、自分で洗おうとすると中々思ったとおりにいかなくて。ダメかなぁ?」
そんな恥ずかしそうな表情で上目遣いされて断れる男がいるだろうか?
僕は断言できる。いるはずない。いるはずが、ない。
「で、でもマズいんじゃないか?ほら、僕は悪魔じゃないけど男だし、ああ、なんか変なこと言っている気がするけど。」
「ああ、そのこと?とりあえず猫の姿で我慢するから。それなら大丈夫だよね?」
なんだ。ちょっと、いや、かなり期待が膨らんでいたのに。
ちぇっ!僕は心の中で舌打ちをしてしまった。
しかし待てよ?猫の姿とはいえ、こんな美人と裸の付き合いを!?妄想だけで僕の悪魔が上級悪魔になってしまいそうだぞ!
とりあえず平静を装ってみた僕は・・・
「よし、じゃ、たまには一緒に風呂に入ろうか。食器片付けるから先に入ってて。」
「うん、わかった。準備してくるね。ありがと。」
この間、僕は勝手な想像を膨らませながら食器を手早く片付け、そして浴槽に湯をためた。
ユナは何やらごそごそしていたが、先に風呂へ入ったようだ。
僕の心臓がドクドクと五月蝿いくらいに躍動している。
待て待て、相手は猫だぞ?そう、猫なのだ。
しかしよく考えろ!こういうパターンで扉を開けたら実は裸体の美女がっ!ってよくあるおいしいシーンって期待できるのでは?ああ、いかんいかん、僕の悪の妄想族が走り出した。
そして僕は天国のドアを開けた。
猫がいた。うん、白い猫だ。
「ごめんね秋人、こんなこと頼んじゃって。じゃ、お願い。」
「う、うん。猫の身体を洗うの初めてだからさ、下手だったらごめん。」
こんな時、広い風呂だったらよかったのにな。狭いユニットバスなので僕は浴槽の縁に腰を掛け膝に猫を乗せた。
ん?猫は毛があるからシャンプーなのか?それとも背中だからボディソープ?などと変なことで悩みながら、結局ボディソープを丁寧に泡立てて背中を撫でてやった。
「ふわぁ、気持ちいい。もう少し強く、うん、そーそー。へぅ・・・」
僕に洗われている猫なユナは、とても気持ちよさそうに目を閉じている。
僕はユナが振り返った場合、角度的に腰に巻いたタオルの下がユナに見えてしまうような気がして落ち着かなかった。
「そういえば聞きたかったんだけど、ユナは木村の何が好きなんだ?どう考えてももっといい相手がいるだろ?」
「うーん。あまり言いたくなかったんだけどね。ホントは私が決めたことじゃないんだ。私の父とラインハルト様のお父上様が決めたことなの。」
「じゃあユナは別に木村のことが好きってわけじゃないのに結婚するのか?それでいいのか?ユナは第1貴族なんだろ?なんでわざわざ最下級貴族の、しかも木村なんだよ。」
「私たちの世界では当たり前のことなの。どうすれば一族が強くなり、繁栄できるか、そればかりを考えてる。第1貴族のエギライズ家は、他の血統を選別し取り込むことで勢力を強くしてるの。今回の選別結果がキンバリウム家だっただけのことだよ。」
「人間の僕が口出しするのも変だけど、ユナはユナがしたいようにすればいいと思う。一族とかそりゃ色々とあるだろうけどさ、結婚したくない相手と無理やり結婚することないよ。木村だってユナみたいな美人から逃げてるわけだし。」
「ありがと。気休めでも嬉しいよ。でもラインハルト様は多分、私の立場を理解してくれて、わざと逃げてるんだと思う。親同士が決めたことに対して私のことを考えて逃げてるんじゃないかって思うの。私も自分の意思でそんな風に出来たらいいな。」
「木村がそこまで考えてるかなぁ?ひねくれ者だからね、アイツは。僕だったら絶対に逃げたりしなよ、ユナみたいないい子が相手ならさ。」
「秋人は優しいね。」
「よし、背中はこんなもんかな?泡がたくさん余ってるから手足も洗ってあげるよ。」
モコモコの泡で包み込むように猫を撫でた。
「ちょっ、あ、あきひ、ひゃん!ちょ、ゃん、どこ触ってんのよぉ、ぁ・・・あん!」
突然僕に今までなかったはずの重力がのしかかった。
バシャーン!という音とともに僕は浴槽の中へ落ちた。湯を少なめにしか入れてなかったのでケツを打ってしまったが、その他の状況がその痛みを感じさせることを許さなかった。うん、つまりはプロミス・ハプニングというやつだ。お約束的な展開でユナは猫から元の姿に戻ってしまったのだ。
そして今、僕の上には泡をまとった裸体のユナがいる。
「ご、ごめん!その、あの、全身を洗った方が気持ちいいかなって思って。」
さて、冷静に分析するならば、僕の腰に巻いていた唯一の防具が外れている。
そして僕はお湯の中にいるので泡など身を包むものはない生まれたままのお姿だ。
一方、ユナは僕の上に落ちてきた状態で、残念ながら、いや、幸いにも隠すべき場所はちゃんと泡に覆われている。
しかし、動けばその脆い防具はお湯という究極兵器によってすべて剥ぎ取られてしまう危うい状況だ。
おっと、待てよ待てよ、さらなる災害が襲来したぞ。
そう、このシチュエーションで起こる災害、それは僕の悪魔が召喚されたってことだ。
男なら誰だってそうなるでしょ?これは自然の摂理。決して抗うことの出来ない定めなのだ。
あ。ユナさんがそのことにお気付きになられたようです。
「あ、きひと?何かが当たったんだけど・・・」
「ユナ、見るんじゃない。それは悪魔の仕業だ。それよりもこの状況からどうやって脱出しようか。」
とりあえず話を逸らしてみる。
まあだいたいの物語では、抜け出そうとした様々な方法はすべて前置きとなり、結局は僕はおいしい目に合いつつ、その直後にぶっ飛ばされる運命なのだ。
しかも相手は悪魔、ヴァンパイアの中でも由緒正しき第1階級の貴族。
さて、これは死ぬしかないのか?
「あっ、そうだ。ユナ、とりあえず猫の姿に戻ってから、ああ、そういうパターンですか・・・」
うつむいていた顔をこっちに向けたユナの瞳は既に赤黒く変わっていた。僕の意識が飲まれていく。
「秋人、私もうダメ。我慢できなくなっちゃった。ほしいの、秋人のが。」
シェリルの時と同じだ。
僕は拒絶の許されない空気に支配され、欲望が渦巻く。なんとか意識を残そうと努力する。
「ユ、ユナ・・・僕も・・・」
言い終える前に僕の意識は欲望のみに支配され、気付くとユナを強く抱き寄せ、その豊潤な膨らみに指を食い込ませていた。
「ぁん、秋人、もっと優しくしなきゃダメだよぉ。私も秋人の、ちょうだい。いーい?」
その後、僕はどうなったのか、僕とユナはどうなったのか、それを知るのはユナただ一人だ。
もちろん僕は意識がなくなり、気付くとベッドで眠っていたのだった。
ちょっと気がかりなのは、起きた時、隣でユナが気持ちよさそうに眠っていたことくらいかな。ってこれは大問題?
よし、今日は起こさずに部屋を出て行こうか秋人くん。
そう言えばシェリルに血を狙われていることを相談しようと思っていたのに、今度はユナか・・・
僕の相談相手はついにいなくなってしまったのだ。
「我輩がいるではないか?」なんて木村が言い出しそうで怖い。




