今日のお八つはスイートポテト
拝啓 菊の花が香る季節となりました。
御婆様におかれましては、如何お過ごしでしょうか。
先日は大変お世話になりました。御婆様の奏でる琴の音色はとても耳に心地よく、それでいて力強く、私の体の隅々にまで伝わってきたように感じました。また訪れた際には是非、聞かせていただけると嬉しく思います。
秋に入り、些か肌寒くなってきました。風邪を引かないよう、体調を崩さないよう注意してください。
敬具
10月31日
追伸 沢山の薩摩芋を送っていただき有り難うございます。
「ふう……」
祖母へのお礼の手紙を書き終わり、一段落が付いた。
「何か飲み物」
喉の渇きも気づかず集中して書いていたので、私の喉はカラッカラだ。
そして丁度私が席を立ったときであった。
――ピーンポーン……。
来客を知らせるチャイムが鳴った。
「……誰だ?」
兎にも角にも行かなければ誰かが分からないので玄関へと私は向かう。
「どちら様ですか?」
私はドアを開ける。もちろんチェーンは付けたままだ。そして私が相手の顔を確かめるよりも早く、その相手は――。
「トリックオアトリート!お菓子をくれないと、悪戯しちゃうぞっ!」
こう言い放った。
そんな10月31日の昼下がりの話。今日はハロウィンの日である。
ハロウィン。万聖説の前夜祭。
ヨーロッパを起源とする民俗行事。毎年10月31日の晩に行われており、ケルト人の行うサウィン祭に由来する、とされている。
今日イメージするハロウィンの習俗は19世紀後半以降、アメリカの非宗教的大衆文化として広まったものである。
ハロウィンという名前から連想するとカトリック、あるいはキリスト教の行事と間違われがちでは有るが、本来は無関係なものである。
むしろ魑魅魍魎が跋扈するハロウィンの世界は福音を説くキリストの教えと相反しているものである。傷害事件が起きちゃったことだってある。
因みに、日本では宗教的背景の上でハロウィンを開催している事例は、殆どと言って良い程に無く、あくまでイベントの一つとして、娯楽化、商業化されている。
「トリックオアトリート!お菓子をくれないと、悪戯しちゃうぞっ!」
「お引き取り下さい」
そう言って私はドアを閉める。
この遣り取りに掛かった時間、僅か9秒。何の間も置くことなく私はドアを閉めた。我ながら賢い判断であると思われる。
――ピーンポーン……。
再びチャイムが鳴る。
「…………」
私は何も言うことなく。思考すら放棄してドアを開ける。
「トリックオアトリート!お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞっ!」
そこには、魔女の格好をした痛いコイツが、片方は腰に手を当て、もう片方は此方に杖を向けて立っている光景があった。
一言だけ、正直に、率直に言わせて貰うと、関わりたくないものである。
「…………」
私が何の反応もしないのを見て。コイツは少し焦り出す。
「あの、えっと、トリックオア――」
「いい、何も言わなくて良いんだ。大体の事情は見れば分かる。時期遅れの例のアレを発症したんだろ?大丈夫、そのうち治ると私は思うから、私は温かい目で見守るとするよ」
「違う、違うよ!ハロウィンだよ、10月31日だよ!トリックオアトリートだよ!」
話を遮って言った私の言葉に対して、コイツが言い返してくる。何というか支離滅裂な話だ。
「ハロウィン?」
「そう、ハロウィン!だからお菓子を貰いに来たんだよっ!」
ビシッとコイツは私に再び右手に持っている魔法の杖みたいなものを向けてくる。無駄にテンションが高い。
それにしてもお菓子か……。生憎とお菓子のストックは切れている。ならアレでいいだろう。
「そうか、ちょっと待ってろ」
そう言って私は玄関を後にし、台所へと赴き、コレをもって再び玄関へ戻ってくる。
「ほら、物だ。大事にしろよ」
私はコイツにコレを渡す。するとコイツはパッと笑顔になり――、
「うん、ありがとっ。……ってコレ薩摩芋だよ、お菓子じゃないよ!?」
とその笑顔も2秒足らずで驚きの顔へと変貌を遂げた。
何時までもこんな格好をした人を家の前に立たせるのもアレなので、取り敢えずコイツを家へと入れ、居間へと通す。
「ねぇ……」
「何だ?」
「……何で薩摩芋?」
コイツが手に持っているモノを指し、私に質問してくる。
「嫌いなのか?薩摩芋」
「いや、嫌いじゃないけど。薩摩芋」
「なら良いじゃないか、薩摩芋」
「いや、薩摩芋じゃなくてお菓子を期待していたんだけど、何で薩摩芋?」
「昨日、母さんの実家から届いたんだよ、薩摩芋」
「へぇ、そうなんだ。でもどうして私に寄越すの?薩摩芋」
「余って痛んだら勿体ないじゃないか、薩摩芋」
「うーん、まぁ余り納得は出来ないけど、貰うことにするよ。薩摩芋」
「そうか、悪いな。片手に薩摩芋を持って道を歩く魔女、というシュールな光景をこの後作る原因を作ってしまって」
右手に魔法の杖、そして左手には薩摩芋。
「やっぱり貰うのは遠慮しておくよ薩摩芋っ!」
「返品は無しだ」
「クーリングオフ!クーリングオフ!」
「そんなモノはない」
「むー……」
そんなに憎たらしく睨まれても困る。
「あー。じゃあアレだ、トリックオアトリートだ」
「はい?」
突然の私の提案にキョトンと目を丸くするコイツ。
「トリックオアトリート」
「トリックオアトリート?」
「そう、トリックオアトリート――」
私は一呼吸おいてこう言った。
「お菓子だお菓子。その薩摩芋でスイートポテトを作れ」
「え〜……」
コイツがキッチンでスイートポテトを作っている間、特に何もすることがない私はテレビを点け、チャンネルを回し、取り敢えず面白そうな番組に換え、ぼーっと見るという作業を始めた。
今日はコイツが言っていたようにハロウィンなのもあってか、私が今見ている番組もその特集をやっており、何処ぞの某王国のパレードやらに参加しているレポーターの方が興奮気味にリポートしている。
――夢の中。
小さい私がいる。その私は何故か天使の格好をしている。周りのみんなもマントを羽織っていたり海賊のような格好をしていたり……。
ああ、これは昔の記憶だ。小さい頃の私の記憶。確か……、幼稚園に通っていたあたりの頃の。そして今日は園の行事でハロウィンの催し物だ。
先生に連れられて、私たちは歩き出す。そう、近くのスーパーに行くんだ。そこで「とりっくあっとりーと」って言って店員さんからお菓子を貰うんだっけ。
何とも微笑ましい話だ。
そして――。
「ん……」
「あ、起きた?」
私の視界いっぱいにコイツの顔が映る。
「もう酷いよー、勝手に寝ちゃうなんて」
ヘニャリとコイツは笑う。
「そうか、それは悪かったな。何もする事がなくて暇でつい眠ってしまったようだ」
特に何の抑揚も無く、平坦なイントネーションで適当に私は謝罪する。
「全く謝罪の意が伝わってこない!?」
とコイツは言い、続けて「はぁ、もういいや、うん。よし、スイートポテト出来たよ。食べよっ!」と言った。
「飲み物はどうする?私は紅茶にするけど?」
戸棚からコップを二つ取りだし、冷蔵庫を開けたところでコイツに質問する。
「うーん、牛乳かな?」
「了解」
そう言って、こいつの前にコップを置いて牛乳を注ぐ。
「ありがとっ」
「どういたしまして。次からはセルフだからな」
「うん」
コイツがお礼を言って、私が返す。
そして私のお湯の注がれたコップにもティーパックを入れる。
「それにしても……」
「どうしたの?」
私の独白にコイツが反応する。
私は目の前に置かれたスイートポテトを見て、こう言う。
「どうせなら、カボチャプリンが良かったな……」
「それ作らせた人が言うセリフっ!?」
「言う台詞」
昨日コンビニに行ったら丁度品切れだったんだよ。
「…………」
「何だその目は。誰の御陰でこうやってお菓子に有り付けたと思ってるんだ?」
ジトッと此方を見るコイツに対して私は言う。
「いや、それとコレとでは話が違うと思うんだけど。それに、こうしてスイートポテトが食べられるのは私が作った御陰なんじゃないかなぁ」
はぁ。とコイツは溜息を零す。
「ま、細かいことは気にするな。ただの独白だし」
「いや、誰かがその言葉に反応した時点でその独白は独白では無くなると思うんだけど」
「いやいや、私は独白として言葉を吐いていたのだから、誰かが私の言葉に反応しようと独白は独白だ。独り言は誰の意を介そうと独り言として終結するものなんだよ」
「…………」
「まぁ良いじゃないか、私の言葉は気にせず、寧ろ忘れて、今はこのお菓子を食べることが優先事項だよ」
はぁ。と再びコイツは溜息を零す。
「ま、いっか」
そうコイツは結論付けた。
そして、
「「いただきます」」
と私達はスイートポテトに手を着けた。