毒舌はステータスだ
「誰がムッツリロリコンだ」
「ああ、すまない。キミはこの程度の蔑みでは満足できない人種だったな……」
「いや、お腹一杯ですから。寧ろもう瀕死状態だから」
そいつは座っている俺の上から、まるでゴミでも見るような目をして俺を見下ろしていた。いや、見下していた。
「そんな分かりきった嘘を吐かないでくれるかな? キミが救いようの無い変態……それも、罵られる事によってでしか悦びを見出だせない――」
「――すとっぷ、ストップだ。少し落ち着け比奈森」
流石にその先を言わせる訳にはいかない。俺がそう言うと、目の前の毒舌製造機――比奈森あきらは、その恐ろしく整った顔の眉間に恐ろしいほど深い皺を作り出し、話を遮られた事に対してあからさまな不満を表した。
「なんだい羽守くん。僕はキミの性癖が如何に悪癖なのか……それを僕の出来うる限りの表現、在るだけ全ての語彙を使って表そうとしているんだ。いくらキミとはいえ……妨害行為は万死に値する」
ぱっちり二重の目を細め、顎を少し上げてふんぞり返る様な形で、ビシッ!!と俺を指差す比奈森。おまけに左手は腰に当てているため、非常に偉そうな態度に見えた。
「いや、いやいやいや。それこそ万死に値するからね? そんなデタラメ言い触らされたら俺、万回死んでも足りないくらいだからね?」
――だが正直、比奈森の"偉そうな態度"は、かなり笑いを誘った。本人は真面目にやっているのであろうだけに、余計に間抜けな感じが出てしまっている。
「キミは本当に騒がしいな。よくも朝からこうもベラベラと……」
「いやオマエですから!? キミですよね発端は!?」
はぁ、と。俺の抗議を、肩を竦めつつ溜め息と共に受け流す比奈森。
「何を言っているんだか……。僕は何も悪くないというのに」
「そーかそーか。そういうヤツだったよなお前は。俺が悪うございましたよ、っと」
そのままそこで会話は途切れた。比奈森は俺の隣の席へ腰を降ろすと、本気で俺に対する興味を無くしたかのように、無言のまま自身の髪を弄りだす。
――長い付き合いなのだ。比奈森がこの状態になると、暫くの間は話し掛けても無駄。とことん無視されるのは目に見えている。
仕方が無いと諦めをつけた俺は、長く曇りの無い艶やかな黒髪が、細い白魚の様な手の中で踊るのを隣で眺めながら、朝のホームルームを迎えた。