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スキルゲーム  作者: 砂漠野 駱駝
ネクストプロローグ
4/5

秋山信示と石動美香、付け加えるならば藤原智和の場合

 4月13日日曜日。午後1時30分


 東京某所の探偵事務所。


「それで、依頼とはなんですか?石動美香いするぎみかさん」


 探偵事務所の応接室のソファに腰かけていた秋山信示あきやましんじは、目の前にいる二十歳ぐらいの女性――――石動美香いするぎみかに声をかけた。


 彼女はつい先刻、頼みたい事があると言ってこの事務所に入ってきた。黒のスーツにパンツルックの彼女は長い黒髪をそのまま後ろへ垂らし、前髪から見え隠れしている眉は凛々しく引き締めている。


「人を探して欲しいんです」


 そう言うと石動美香はスーツの胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、秋山信示に差し出した。そして


「この人です」


と写真の真ん中に写っていた人物を指さした。


吾妻玲治あづまれいじ。26歳。男。AB型。独身。サラリーマンです。住所は赤山市梅原町2-9-24です」


 それを聞くと信示は眉をひそめた。それは当然の疑問だった。彼に依頼してくるのは、ほとんど自分では調べることが出来ない人間ばかりだからだ。


「ほう、そこまで分かっているのならば居場所くらい、分かるはずではないのですか?」


 彼女のように居場所だけ教えて欲しい、という依頼は極めて希少である。基本的に、彼が依頼される事と言えば猫探しや浮気調査などでがほとんどであり、人探しの依頼は彼に舞い込む事はほぼない。

 第一、信示の目の前に座る彼女のように相手の事を調べることが可能な人間はそもそも依頼になど来ないはずだ。


「恋人でしたから」


 石動美香のその言葉により秋山が感じていた疑問はなくなった。確かに恋人であるならばこうして探して欲しいと依頼に来ることは不自然ではない。と言うよりもむしろ恋人が行方不明になったにも拘らずそれを探す素振りを見せない方が不自然だ。

 ただ…


「警察に捜索願いは出しましたか?」


「出しました。ですが何時まで経っても捜索を始める気配がなかったのでこちらに」


「なるほど」


 秋山は右手で自分の顎をつかむと静かに目を閉じ、数秒間じっとしていた。


(何か嫌な予感がしますが、久しぶりのまともな依頼です。受けるのも悪くはないかもしれません)


「分かりました。その依頼、ウチで引き受けましょう。できればもう少し詳しい内容をお聞かせください」


「本当ですか?」


「はい、喜んでお引き受けいたします」


「ありがとうございます」


 そういって、石動美香は深く頭を下げた。よほど恋人が大事なのだろうか、秋山が依頼を引き受けるといった時、かすかに笑顔が浮かんだように見えた。


「顔を上げてください。まず、行方が分からなくなったのは何時からですか?」

 

「三日前です。彼から仕事が終わったから今から会えないか、という連絡があって。待ち合わせの喫茶店で待っていたんですけど、何時までたっても彼は来なくて。いつもは来れなくなったら時間を見つけて連絡を入れてくれるんですが何度も私から連絡を入れたんですが一向に出る気配がなくて」


「なるほど。それで心配になってウチに依頼を」


「はい」


「彼が行きそうな場所に心当たりはありますか?」


「はい。でも、心当たりのある場所には私が直接言って確かめてきました。でも誰も彼を見ていないそうです」


「なるほど」


「ここが最後の頼みの綱なんです。よろしくお願いします」


 そういって美香はまた頭を深く下げた。彼女の長い髪が床に垂れる。


「大丈夫です。ウチに任せてください。必ず吾妻玲治さんを探し出します」


 そういって秋山は立ち上がるとまどの近くのソファーに行き、手を伸ばした。ソファーは窓の方を向いていて美香にはソファーに何があるのかよく分からなかった。

 美香が耳を澄ますと、秋山がペチペチと何かを叩く音がした。その音から察するに、どうやら人間がソファーに寝ていたようだった。


「エレナ。起きてください」


「ぬぉーー」


 ソファーから起き上がってきたのはまだあどけなさが残る少女だった。イギリスかフランスか、どこの国の血が混じっているのか分からないが、日本人にはあり得ない容姿をしていた。

 その時、ふと美香は(きれいな子だな)と思わず思ってしまうほどその少女は可憐であった。


 金色に輝く髪の毛は肩甲骨辺りまで伸ばされ、先の方がくるんとカールしている。切れ長の瞳に影を落とすほど長いまつげ。だが、起きたばかりで寝ぼけてしまっているためなのか、その青い宝石を埋め込んだような瞳は半分閉じられていた。

 少女――――璃子は薄いネグリジェに身を包みその美しい裸体を隠していたが、袖口から見える手や足からでもとてもきれいな肌をしているのが分かる。彼女の肌は透き通るようなと言えば聞こえは良いかもしれないが、彼女のそれは病的なまでに白く透き通っていた。

 しかし、ほのかに上気そいた頬と唇だけが唯一その体に生気を宿していた。


 エレナはまだ全然寝たりないのか、ごしごしと寝ぼけ眼を擦っている。


「信示ー。まだ眠いよー」


「早く支度をしてください。久しぶりのお仕事です」


 そう言って秋山はエレナをそソファーからそっと抱き起こすと櫛を渡した。どうやらまず、寝癖を直させるようだ。そして秋山は窓から見て右側――――それはドアの反対側だった――――にあるクローゼットを開くと、そこからエレナに着せる服を選び始めた。


「あの、その子は?」


 美香は髪をとかすのに悪戦苦闘しているエレナの方を指さしながら、彼女の登場の時から胸の中にあった疑問を投げかけた。

 秋山はクローゼットから一枚のワンピースを取り出すと、その質問に対しことも何気に答えた。


「ああ、妹ですよ」


 秋山はクローゼットに立てかけてあった衝立ついたてを開くと、そこへエレナにワンピースを手渡して着替えるように指示しながら言った。


「エレナと私は腹違いの兄妹なんですよ。私の母は私を生んだ後すぐ死んでしまいましてね。エレナは父と再婚相手の母との子なんです。エレナの母はイギリス人でした。きれいな人でしたよ」


「でした、という事は」


「エレナの両親はエレナが小さい時に交通事故で死んでしまって。それからは私が世話をしています」


「そう、なんですか」


「そうだ!一つ頼みがあるのですが」


 秋山は美香の方に振り向くとその沈んでしまったような空気を払拭するように明るげな声で言った。


「なんでしょう?」


「煙草を吸ってもよろしいでしょうか?お恥ずかしい話なのですが、私大の煙草好きでして、どうにも吸っていないと落ち着かないのですよ」


「いいですよ。彼もよく煙草を吸っていましたから」


「それでは、お言葉に甘えて」


 そう言うと、秋山はズボンの左ポケットから煙草の箱とライターを取り出すと、口に咥えて火を付けた。


「着替えた」


 その時衝立の奥からエレナが出てきた。瞳の色と同じ青のワンピース身を包み、白の靴下と靴を履いている。


「それじゃあ、探しに行きましょうか。吾妻玲治を探しだしに」


 秋山はドアを開き石動美香とエレナを連れだって、事務所を出て行った。



 ◆◇◆◇◆◇



 4月12日土曜日。午後8時23分。


「何の用?ボス」


 藤原智和ふじわらともかずは豪華な調度品が並べられた部屋にいた。

 床は全部真っ赤な絨毯に覆われ、壁はいかにも成金趣味の者が付けたような毒々しい色をしている。

 壁際には壺やら花瓶やら何やら高そうな陶器の置物が置かれており、掛け軸まで垂らされている。

 藤原は目の前のこれまた高級そうな机に脚を乗せ、同じく高級そうな椅子にもたれ掛っている、その悪趣味な部屋の主――――【イノセントイーヴィル】のボス、【悪夢】の幻想卿ナイトメア――――に話しかけた。


「なに、用というほどのもんじゃないんだが。いや、お前に頼みごとがあってな」


「どっちですか?ボス」


 藤原はそのボスのはっきりしない態度に思わず苦笑を漏らしてしまった。

 

「うん、まあ、うん。そのーあれだ」


「なんですか?ボス」


「ちょっと潰してきて欲しい組織チームがあってな」


「ふーん、どこの組織チーム?」


「それが、名前も分からんのだ」


「は?」


「どこにいるかも、何人いるかも、何一つ分からん」


「なにそれ。何でそんなわけの分からん連中を潰しにいかないといけないの?」


四十万しじまがその組織チームの奴に殺された。同志が殺されたのにかたき討ちをしないのは【あの方】のご遺志に背くだろう?」


 四十万。

 それは、先日良介と桜が戦い打ち破った男の名だった。そしてそれは藤原にとって、家族の様な存在の男の名前だった。


「なるほど。そういう事なら喜んでるよ。ボス」


 幻想卿ナイトメアの言葉を聞いた藤原の雰囲気が変わった。それまで気だるげだった空気が急にピンと張ったピアノ線のような鋭さへ変わった。

 

「ああ、頼む」


 【イノセントイーヴィル】。

 その組織チームは最低最悪の組織チームではあるが、同時にどの組織チームよりももっとも仲間内の絆が強い組織チームでもあった。

 それは【あの方】の遺志を受け継いだ同じ仲間であるということもあるが、【イノセントイーヴィル】に所属している能力者の数が少ないせいからなのかもしれない。

 【イノセントイーヴィル】に所属している正規メンバー(・・・・・・)はわずか12名だけ。

 もちろん【イノセントイーヴィル】の名を騙る能力者は数多くいる。しかし直接【あの方】に自分の遺志を継いでほしいと言われたもの、もしくはその後継者は驚くほどに少ない。

 彼らにとって【イノセントイーヴィル】という組織チームは自分たちの誇りであり、そこに所属している者は同じこころざしをもったいわば同志なのだ。

 そのため仲間が殺されるということは、彼らにとっては形容しがたいほどの怒りにつながってしまうのだろう。



「そうだ、ボス。確実に潰したいから、【悪性】の好戦獣ザ・ビーストと【悪疾】の疾風迅雷スプリンググラスホッパーも連れて行って良い?」


「構わん。好きに暴れさ《あそば》せて来い」


「さすがボス。気前がいい。じゃあ行ってきます」


 そう言うと、藤原は部屋から出て行った。


「頼むぜ。【悪運】の碌でもない世の中(アンラッキーデイズ)


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