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夢の世界

 ──五年前、私──都筑深冬(つづきみふゆ──とお兄ちゃん──都筑春音つづきはると──は夕食後、お互いの部屋で此処最近日課のアリエルというMMORPGをしていた。

特に何の変哲もない普通の日だった。──その筈だった。


 突如、パソコンの画面から目も眩まんばかりの強烈な光が出るまでは。


 あまりにも強烈過ぎる光に目がやられ、目を瞑っても光の残滓が消えない。

それどころか未だに強い光を放っているパソコンは、さらに視力を奪いそうな勢いで凶悪な光を出力していた。

防ぐ術は、顔を背け手で目を覆うぐらいしかなかった。

後で考えれば、ノートパソコンなのだからそのまま閉じてしまえばよかったのだろうけど、そんな事に気付く余裕もなかった。

 どれぐらい時間が経ったか分からないが、目のチカチカも治まったので恐る恐る目を覆う手を外していった。勿論瞼は閉じたままで。

瞼越しにも光を感じられなかったので大丈夫だろうと、ゆっくりと目を開けた。

瞬きを数回して、目の違和感を消していく。ちゃんと見えるか不安だったけれど、問題ないようだった。


ホッとする。しかし──。


 ここ、どこ?


明らかに私の部屋じゃない。

 ちょっと洒落たホテル? いや、映画やTVなんかで見た事あるような中世のヨーロッパ辺りのロココ美術を多用に用いたと思われる内装の部屋だった。

私はそこのふわふわとした赤色の絨毯の上に、ぺたりと座り込んでいた。

お尻の下にある絨毯からはちくちくとした感触も全くないのだから、かなりいい絨毯を使っているのではないんだろうかとなんだか良く分からない事を考えてしまった。

 おおう。なんだか現実逃避してるなぁと、とりあえず部屋の中を再度見渡した。

すると、どうして見逃していたんだ? と自分でも首を傾げてしまいそうになったが、視界は二人の人──男性を捉えていた。


 ──そのうちの一人がお兄ちゃんで、残りの一人が私達を召喚した人物だったんだけど。

そんな事その時の私は知らないから、まさか自分が事故召喚されて異世界トリップをしていたなんて思うはずもなく。

知らない人間、知らない場所、結果──夢。なんて事に思考が行き着くのは当たり前で。

一体どういった夢なの? なんて呑気に考えていたよ。

 二人は特に何をするでもなく黙って立っていた。──後から聞いたら、二人とも何が起こったのか分からず、現状把握に必死だったとの事。

誰も行動を起こさないとなると、私が何か行動を起こさないといけないの?


 えー……。


なんて思いながらも、仕方ないとばかりに二人組みを観察する事にした。

さすがに行き成り発言するには躊躇われるし、第一何を発言しろと? そういう頭を使う事にはあまり向かないのよね。

 そんな事を思いながら見ていた二人組みのうちの一人の容姿に、なんだか見覚えがあるなあと集中的にその一人を観察する事にした。


 燃え盛る炎のように赤い髪、ピジョン・プラッドのような深紅の瞳。

現実にはありえない色味を宿した顔は彫の深いものだろうと想像してしまうが、のっぺりとした凹凸のあまりない顔。とても馴染みのある東洋系の顔だ。

美醜に関しては可もなく不可もなく、真ん中辺りだと思う。アレだけ派手な色彩なのに顔に意識が向くという事は、うまく調和できているという事なんだろう。

 東洋系の顔立ちだから見覚えがあったのかな?

服はゲームとかでよく見るモスグリーンのローブっぽいものを羽織っている。

 どういう設定なのだろう? と思いながらも更に観察をする。

歳は、若い? 外見からは正確に判断できないけど、二十歳前後ってところかな?

癖のない襟足短くカットされているスプリングショートの髪を無造作にかき上げようとして、私と目が合った。──ばっちりと。

驚いたのか、目が思いっきり見開いている。

 そうだよね。凝視してたもんね、驚くよね。

うー……。気まずいなぁ……。


「深冬……?」


 知らない人が自分の名前を言っている。

夢だから、ありなのかな?


「ええっと……?」

「やっぱり深冬みふゆなのかっ!?」


 まさかと思って言った名前が当たっているとは思わなかった、そんなふうに聞こえる。


「確かに私は深冬みふゆですが……」


 あなたは一体誰なんですか? と言外に含ませて答えた。

いや、こんな色彩の知り合いはいないので名前を告げられても困るけど、なんていうかその場の雰囲気です。


「そのエメラルドグリーンのポニーテルやペリドットの瞳、そして違和感を感じさせない東洋系の顔。アリエルでの深冬のキャラに特徴がそっくりだったからなぁ。一応と思って声をかけたんだが、まさか本人とはなぁ」


 アリエル? 何故ここで?

思ってもみなかった単語に、私は夢の中まで毒されているのかと嘆息しそうになってそこで漸く気付いた。


「もしかしなくても……。お兄ちゃん?」

「ああ、そうだ」


 どこかホッとした様子で肯定をしたお兄ちゃんは、私の方へと歩いてくる。

通りで見た事があったわけだ。

アリエルで使用していたお兄ちゃんのキャラだったんだから。

さすがに画面越しではここまでリアルじゃなかったけど。夢だから脳内補完でもかかっているのかな?

 美形が溢れかえっているゲームの世界──アリエルの中であえて地味顔を作成したお兄ちゃんと私。

現実の自分の顔をベースに、ほんの少し弄って作ったキャラだ。

さすがに不特定多数のネットの世界に、自分の顔そのままのキャラを参加させる勇気はない。──色々な意味で。

 美形が選り取り見取りの世界で何故それを選ばなかったかというと──美形がお腹一杯だったからだ。

あっちを見てもこっちを見ても美形というまさしく美形が乱立している世界で、自分も美形でキャラ作成。個性がない、個性がないよね! なんてお兄ちゃんと意気投合してしまった結果だったりする。

その際、勢いでキャラ作成に課金してしまったのは後悔はしていない。あとでお母さんにこってり絞られたけどね。


「まあ、何にしても無事でよかった。……現状把握はしていないみたいだけどな」


 苦笑を浮かべつつも、ぐりぐりと上から押さえつけるように人の頭を乱暴に撫でるお兄ちゃんの手を、頭を振る事で外そうとするが立っている者と座っている者の差か、上手い事いかない。


「ちょっと、お兄ちゃん! 地味に痛いんだから止めてよねっ!」


 ならばと、抗議の声を上げれば、漸く手が頭から離れた。

力加減ぐらいしてよね、か弱い女の子なんだから!

ブツブツと口中で文句を言う。さすがに声を大にして言う勇気はなかった。


「これぐらいで痛いとか軟弱な剣士だな。魔導師である俺の力では大したダメージは与えられない筈なんだけどな」


 剣士……?

おおっ!!

そっか、アリエルのキャラになっているなら私は剣士なんだよね!?

思わず立ち上がって、自分の服装を確認する。

腰に佩いている剣がまず目に入った。


おおっ!! ファ、ファンタジー!! 夢ってやっぱり凄いわ!


一人感動している私を放置する事にしたらしいお兄ちゃんは、もう一人ここに居る人物へと話しかけた。

先程までの和やかさはカケラもなく、警戒を顕にして硬質な雰囲気を醸し出して。


「ある意味、幸せな奴だな。まあそれはいいとして……。で? そこのアンタは一体誰なんだ? よければ、この状況を説明してくれるとありがたいんだが?」


 その人物こそ、私達をこの世界──レトゥイクへと召喚した人物だったのだ。

お兄ちゃんの誰何によって、現実逃避から帰ってきたらしい人物──ジークベルト・フォン・ウォルフシュタイン侯爵子息。

 彼はまず私達に深く深く謝罪した。

自分の行った精霊召喚が誤って貴方達をここへ召喚してしまった──事故召喚だと。

事故だから貴方達を今すぐ元の場所へと戻す事は出来ない、本当に申し訳ない事をしたと深々と頭を垂れた。

 未だに夢だと思っていた私は、それを人事のように受け止めていた。だけど、お兄ちゃんは違った。

私からはお兄ちゃんの顔は見えないからどのような表情を浮かべていたかは分からない。ただその背中だけが私には見えるだけだったけれど、きつく握られた拳はフルフルと震えていた。

それは、荒れ狂う感情を何とか押し止めようとした結果だと後になって気付いた。

 深く深く、本当に深く大きな溜息を一つ吐いたお兄ちゃん。その溜息で一つで一体どれだけの感情をやりすごしたのだろうか。


「分かりたくないけど、分かった。それで? アンタの謝罪を受けた俺達はこれからどうしたらいいんだ?」


 お兄ちゃんのその言葉のあと、彼は「私の持てる力の全てで、貴方方が元の場所に帰るまでの生活は保証させていただきます」ときっぱりと言い切った。

躊躇う事無く即答した彼に私は見惚れました。

うん、だって仕方ない。──美形なんだよ、私達の召喚主? さんは。

まあ、美形がお腹一杯とは言っていたけど作られた美形ではないのは、やっぱり眼福という事です。

 ライトブラウンの柔らかそうな髪を一つ括りに結び、少し垂れ目がちのまあるいキャラメル色の瞳は白い肌の色と相俟って柔らかい印象を与える。

お兄ちゃんと同じような藍色のローブを羽織っており、先ほどの言葉と併せて考えると魔導師になるのだろう。

そんな人が、躊躇いもなく真摯に告げる姿というのはちょっと惹かれるものはある筈。


「そう言ってもらえて助かる。アンタの罪悪感につけ込むようで悪いと思うが、俺も深冬もここの事は全く分からないから甘えさせてもらう」

「いえ。私のせいで貴方方には多大なるご迷惑を、しなくてもいい別れをさせてしまいました。その責を負うのは当たり前の事です。罪滅ぼしにもなりませんが、お気になさらず存分に甘えて下さい」

「……。と、まあそういうわけだ。深冬はここでお留守番、な?」


 くるりと振り返ったお兄ちゃんは、ポンポンと私の頭を軽く二回撫でてそう言った。

久しぶりにされた、言い聞かすようなこの仕草。もうそんな小さい子でもないのに。


「私も一緒に……」

「お留守番、な?」

「はい……」


 やっぱり、変わっていなかった。

言い聞かすようなこの仕草。それは言い聞かすなんていう緩いものではなく、絶対に言う事を聞けというものなのだ。

 小さい頃は言う事をちゃんと聞いていたらご褒美としてお菓子をくれていたりしたから、それは素直に言う事を聞いたよ。

子供にお菓子。これ、最強のアイテムだよね?

そんな事を繰り返されていたものだから、ある意味パブロフの犬状態。

あれをやられると言う事を聞かなくちゃって思っちゃうんだよね。お兄ちゃんの言う事を聞いて、嫌な思いをした事がなかったっていうのも余計拍車がかかったというか、何というか……。

それでも最近は私が大人──お兄ちゃんから見たら十六歳なんてまだ子供なんだろうけど──になってからはなかったんだけど。


「悪いが、この部屋には誰も近づかないようにしてくれるか? 俺以上にコイツは現状把握できていないようだから、外部との接触は避けたい」

「はい。この部屋には誰も近づかないように手配しましょう」

「助かる。じゃ、お兄ちゃんは行って来るわ。珍しいのも分かるが、大人しくここに居てくれよ。それがお前の為だ」


 やけに真剣なお兄ちゃんの様子を不思議に思いつつも、素直に頷いた。


「分かってるって。大人しくここで待っておくから、私が退屈しない間に早目に戻ってきてよね」

「相手次第だが……。頑張るわ」


 私の言動に呆れたのか、苦笑を一つ浮かべるとお兄ちゃん達は出て行った。

部屋に残されたのは私一人。この部屋から出て行ったって誰にも分からない。

でも、お兄ちゃんにばれたら後が怖いからなぁ……。

夢の中のお兄ちゃんだとしても現実のお兄ちゃんと同じ行動だし、そうなると怒った時の行動も一緒だよね?


……。


無理無理無理!! 君子危うきに近寄らずっていうか、うん、大人しくしておこう。

 想像した事に思わずぶるりと身体を震わせると、忘れる為に他へと意識を向けるべく何かないかと周囲に視線を巡らした。

 高そうな調度品……。万が一、壊した時の弁償は絶対出来ないと思うから、触るのはやめておこう。

なら、どうやって暇を潰そう。

外には出られない、部屋には誰も近寄らないように手配されているから誰も来ない。部屋の物は壊したら怖いから触れない。


結果──見事にないない尽くしで、暇の潰しようがないじゃない……。


なんで自分の夢でここまで思い通りにならないのか。せっかくアリエルの自キャラになったのに、なんか勿体無い気がするんですけど?


──ん?


私は改めて自分の姿を見て、口角を上げた。


み、見つけたー!! これで暇が潰せるっ!


 喜色を隠す事もなく、腰に佩いた剣へと手をかけ引き抜いた。

スッと音もなく鞘から抜けた刀身を光に当てると、キラリと輝きを放つ。

曇りのない輝きに思わず、感嘆の声をあげる。


「おー!! 凄い! それに思っていたより軽いし。この部屋に鏡でもあれば正眼の構えでもしてなりきるのになぁ。残念」


 はふぅっと溜息を一つ零しながらも、手の中の剣を観察する。


──神剣フラガラッハ。


ランクはSプラス。レア度最上級な代物だったりする。

これは先日のイベントにて組んだパーティーに重課金者が数名いたから手に入れる事が出来た、私にとってはかなり僥倖な結果で手にした物だ。

間違いなく私一人じゃ到底いや、絶対手に入れる事は無理。

金にものを言わせたと言ってしまえばそれまでだけど、少なくともウン万円もそのイベントだけに注ぎ込む彼らの情熱には呆れを通り越して尊敬というか何と言うか……。


 べ、別に羨ましいなんて思ってないんだからねっ!


なんてツンキャラ口調でその場を盛り上げたりもしたけど──その後デレてくれデレてくれとうるさかったので、デレる事は一切なく鼻で笑い飛ばしてツンで終了してあげました。

一部の人が身悶えていたけど、そこは完全にスルーした。だってツンデレは私のキャラではないので──勿論、ツンもだけどね。引き出しはとても浅いのだ。

なので臨機応変に対応できないし、それに一々キャラ作りしては折角のゲームが楽しめなくなるという理由で、萌えている人達をバッサリと切り捨てさせてもらいました。

そこがまたいいとか言うふざけた事を言った人達には、その後の戦闘で誤爆の振りして対応させてもらいましたけどね。


 そんな和気藹々とした雰囲気の中で、彼らの食費やら生活費やらは大丈夫なのかと気にはなったけど、リアルの話をそこで出して折角の世界観を壊してしまっては課金してまで楽しんでいる彼らに申し訳ないだろうと、他のメンバーも何も言わずに普段どおりにイベントをこなしていった。

その結果手に入れたのはレア度最上級の武器や防具数個。

パーティー全員分あるわけではなかったので、分配をどうするかとなったんだけど……。


──色々あって、私の元にひとつやってきたのがこの神剣フラガラッハ。


見た目は何の変哲もない、装飾すらもない普通のブロードソード。

鑑定レベルがかなり高くないとフラガラッハと見極める事が出来ないのは、さすがSレアといったところか。

ちなみに鑑定レベルが低いと『普通のブロードソード』としか表示されないらしい。それは既にパーティーメンバーにて確認済みなので、通常使っていても変に絡まれたりしないと安心できた。

レア度最上級な代物なので攻撃力はというと、実はそこそこ。実際攻撃力だけで見るならまだまだ上がいる。でもそれを上回る効果がついている為、レア度が高くなったのじゃないかと思っている。

 このフラガラッハの凄いところは、これで傷つけたダメージは治癒が出来ないというところだ。

通常、傷ついて負ったダメージは治癒魔法や道具等で回復出来るんだけど、フラガラッハで負ったダメージは何故か回復できない。回復する事も出来ずにダメージだけが蓄積されるのだ。

攻撃力を十二分にカバーしている効果じゃないかと思う。


 でもね、まだそれを確認した事がなかったりするのよねー。

何せイベントが終わったのが昨日。リアルでの用事などを全て終わらせて、さーこれから! っていう所でどうやら寝ちゃったみたいなんだよね。

夢の中まで装備しているんだから、私の執念は凄いらしい。でも、相当楽しみにしていたんだから、仕方ないよね。

何せS級武器! そうそう手には入らない物なんだから。嬉しいでしょやっぱり。

そう思って早速装備して、お兄ちゃんと一緒にフィールドに出たところまでは覚えているんだけど、それからは記憶がない……。

 まさかの寝オチ。目が覚めるまでのお預けかぁ……。

まあ、起きるまでは夢の中で堪能しておけばいいよね? とは言っても試しにここで何かを斬るなんて事は出来ないけど。

 さてさて、後は何を持っていたかなぁ?

腰に提げた袋からゴソゴソと中を物色する。

 フラガラッハを帯剣しており装備が寝オチする前のだったら、結構面白いアイテムが入ってると思うんだよね。

 いやー、楽しみ楽しみ。

とりあえずこれでお兄ちゃんが帰ってくるまで十分に暇が潰せるよ、うん。

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