表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

潮騒

記憶喪失になった明。
葛藤を繰りかえし、そして、彼女は決意する。

「なあ氷雨、あたし…記憶喪失なんだろ?」

「おう」

「あたしと、氷雨は…どんな関係なんだ?」

「俺と、お前の?」

無邪気に尋ねる明に、一頻り、胸が痛んだ。

言っても、怒らないだろうか、と一瞬、躊躇したが、彼女は、純粋に知りたがっているようなので、氷雨は、真実を伝えることにした。

「俺と、お前は…旅の仲間、だ。コイツともな」

「チイ!」

氷雨が上着のポケットを緩めると、ヨミが顔を出した。

「仲間…か、氷雨っ…どうして泣くんだ?どこか、苦しいのか!?」

苦しい?

苦しいさ…

胸が。

胸が、痛い。

「泣くな、泣くなよ…男だろ?」

(『泣くな、男だろ?』)

(『俺だって泣くっ!』)

その時、明の中に、断片的に、『なにか』がちらついた。

「氷雨…」

明は、氷雨の頭を、優しく包みこむように抱いた。

「ごめん、ごめんね…早く、記憶、取り戻せるように頑張るから、泣かないでくれ」

「ああ…っ」

氷雨は、涙を拭うと、決まり悪そうに笑って見せた。

「俺も、悪かったよ…辛いのは、お前だって同じなのにな、宿に戻ろうか」

「うんっ」

握りあう、手の温もりが、ひどく懐かしかった。


 夜半、明は眠れずに、床を抜け出した。

離れて眠っている氷雨を見るが、目を覚ます気配はないようだった。

安心した半面、なぜか、胸が痛んだ。

「苦しい、苦しすぎるよ…」

涙を拭って、しゃくり上げながら呟く明。

「ごめんね、氷雨…さよなら」

(なっ!なんでだよっ、俺、なにかしたか?)

彼女が出て行った後すぐ、氷雨は、慌てて飛び起き、後を追った。


 潮騒が聞こえる。

この村が、海の近くにあることを思い出して、明は歩き出した。

昼間は、喧噪にかき消されて分からなかったが、今は夜。

寄せては返る、波の音が、心地よかった。

明は、波寄せる砂浜におりた。

「誰もいない、寂しいな」

ぽつり、と呟くと、靴を脱ぎ捨て、海へ入っていった。

「あたしは、氷雨を苦しめてばかりだ…あたしなんて、死んでしまえばいい」

苦しませるだけの存在なんて、いらない!

「なにしてンだよっ、このバカ!」

「えっ!」

勢いよく腕を掴まれ、明は瞠目した。

「バカ!入水するつもりだったのか!?死んで、俺が喜ぶと思ったのかよっ」

氷雨は、明を抱きすくめる。

「不安なんだ、早く、お前を思い出したいのに、分からないんだっ!」

「だからって、こんな事するこたねぇだろうがっ」

「うん…」

「うん、じゃねぇっ!もう二度とすンなよ?いいなっ」

「ごめん…なさい」

「よーし、いい子だ」

氷雨は、明の髪を、ぐしゃぐしゃとかき混ぜてやる。

「氷雨、なんか…父さんみたい」

「じっ、冗談じゃねぇっ」

面食らって、氷雨は毒づいた。

「照れてる?」

「照れてねぇっ!」

「顔、赤いぞ?」

「気のせいだ、気のせいっ!はぁ、お前のせいで、目ぇ覚めちまったなぁ…仕方ねえ、散歩でもするか」

「ごめん…」

「明、不安なら…一人で悩むな、話してくれ」

「氷雨、例え、このまま記憶が戻らなくても…あたしの傍に、いてくれるの?」

「え…」

氷雨は、振りむいた。

彼女が、立ち止まったからだ。

いや、そうではない。

彼女の中にある、不安と同じ物を、自分の中に見つけたからだった。

「それでも、いてくれる?」

声が、震えている。

涙を、必死に堪えているのだ。

「当たり前だ…記憶がなくたって、俺がお前を、離すわけねぇ。記憶がなくて不安なら、また、新しく作ればいい。そうだろ?だから、もう泣くなよ」

氷雨は、そう言ってから、盛大に転んだ。

転んだ、といっても、一人で転んだわけではない。

明に、抱きつかれたのだ。

幸い、砂が衝撃を緩和したので、痛みはない。

「氷雨ぇっ!」

「ってて…お、おいおい、明っ?」

「大好き…」

「お、おう」

勿論、氷雨も明が好きだ。

その想いが、一生消えないことを、保証できる。

「明、記憶ってもんは、時が経てば、消えちまう。だから、消えない記憶…作らねぇか?」

「消えない?―‐‐‐あっ」

氷雨の、言わんとしていたことを理解した明は、顔を赤くした。

「氷雨と、あたしは…恋人だったのか」

消え入りそうな声で言った明に、氷雨は口づけた。

「どんなことがあっても、これだけは変わらねぇ…お前を、愛してるってことは」


 心に刻まれたのは、確かなものだから――――‐‐









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ