一話 ~カグヤ~
物語スタートです。
全編通してそこまで長くならない予定です。
『武獲りの翁』、広く語られる最強の剣士。
目にも止まらぬ速さの太刀筋は多くの剣士を震え上がらせ、
表情を伺わせない翁の面は多くの鬼を凍りつかせたという。
最強最悪の鬼、『武鬼』を討ったその実力、名乗らずに多くを救う人格、
私の知る限りでは最も可能性のある『駒』である事は確実だった。
彼ならば出来るかもしれない。
私の故郷、私の一族
『月の民』を討ち滅ぼす事が。
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「追われていた所を助けてくれてありがとう。私は『カグヤ』」
少女、カグヤは深々と頭を下げて武獲りの翁と向かい合う。薄汚れた装束は先程の逃走の様子からも伺えるような壮絶な歩みを感じさせた。
そして、少女は意外な言葉を紡ぎだす。
「実は貴方の噂を聞きつけて遥々此処まで来ました。……最強の剣士、『武獲りの翁』。貴方の武勇伝を聞いて」
「へぇ……突然何を言い出すかと思えばまた奇っ怪な事を。……厄介事でも持ち込もうってか?」
カグヤは少しだけ気まずそうな顔をする。それだけで武獲りの翁の問い掛けに対する十分な答えになっていた。
翁の面の下に隠された男の様子が何やら呆れ果てている様に見えたので、カグヤは慌てて取り繕った。
「い、いや!厄介事を持ちこもう……厄介事なのはそうなのですが……そうじゃなくて……其処まで大変な事を頼むつもりはありませんよ……?」
「何かしら頼もうとはしてたのか?」
「い、いえ!……いや、頼もうとは……」
「分かった分かった。良い顔しようとしなくていい」
既に纏まりが聞かなくなっているカグヤを見かねて、武獲りの翁はやれやれと首を振る。
「そもそも俺ぁ……そういう厄介事を引き受ける事が生業みたいなところがあるからなぁ。それなりの見返りさえありゃ聞いてやらんでもない」
「も、勿論見返りはあります!それはもうすごい見返りが!」
「……へぇ。で、どんな厄介事を持ち込もうって?」
カグヤは厄介事を引き受けてくれそうな雰囲気を見せ始めた武獲りの翁の様子を見て、にっこりと笑って口を開いた。
「私の国を滅ぼしてください!」
「ふざけんな!」
反射的に飛び出した武獲りの翁の言葉にびくりと方を弾ませて、カグヤはあわわと目を泳がせる。
「な、何か不味かったですか?」
「常識的に考えろ!国を滅ぼせ?どこの魔王だ俺は!」
「そ、そう言わずに……そ、そうです!やってくだされば国の半分を貴方に差し上げましょう!」
「どこの魔王だ!」
カグヤは目に涙を溜めて口を押さえる。
「そんな……」
「泣き落そうたって無理だぞ。国を滅ぼせなんて頼む凶暴な女が乙女アピールしてんじゃねぇ」
「チッ」
「今舌打ちしたろ?」
「してね……してないですよ?」
「してねーよ、って言いかけたろ?」
「酷い……女の子を苛めて愉しいですか!?」
「……ああ、はいはい。分かったよ。可愛い女の子をこれ以上苛めるのもあれだから、そろそろお引き取り願おうか」
「そ、そんな……」
「当然の流れだろう」
「可愛いだなんて……///」
「そこかよ!それは皮肉だよ!察しろ馬鹿!」
今までにも武獲りの翁は厄介事に巻き込まれた事はあった。
それを解決することで見返りを受け取る事も多々あったし、厄介事を片づけること自体に抵抗も覚えていなかったので彼自身もある程度の人助けは問題には思っていなかった。
しかし、今回は相手が面倒臭すぎる。
面倒臭すぎる依頼者、カグヤはむっすりと口を尖らせ講義する。
「何なんですか!国の半分じゃ満足できないんですか!?じゃあ国全部あげますよ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
「体か!体が欲しいのんけ!?なんてゲスイ男じゃて!」
「阿呆か!話を聞け!俺を戦争に巻き込もうってか、って話をしてんだ!厄介事ってレベルじゃねぇぞ!」
「大丈夫。暗殺みたいなもんです。そんな一国の軍隊を丸々相手にしろなんて……あ」
「あ?」
「い、言いませんよ?」
「相手にするんだな……あと、暗殺も願い下げだ。俺はそういう厄介事を引き受けてんじゃねぇよ」
「じゃあどういう?」
「…………アレだ。もっとこう……ふわっとしたやつだ」
「武鬼はふわっとしてたんですか?」
「…………いや、アレだ。……そう、俺は人殺しは受けねぇ……そう、そういうやつだ」
今度は武獲りの翁がおどおどしだす。
実際彼自身も依頼の内容の選別はしていないので、改めて聞かれると困る。
その様子を見たカグヤは、少し不満そうに口を尖らせぼそりと尋ねた。
「じゃあ私はどうすればいいんですか?」
「もっと頼み方を考えな。そしたら考えてやらんでもない」
カグヤは考える。
勿論、当初の目的を捻じ曲げるつもりはない。その上でその目的を武獲りの翁が納得する形で成し遂げる方法……人を殺さないで、自分の故郷を潰す方法。自分の故郷の計画をぶち壊しにする方法。
そしてカグヤはひらめく。
そこでようやく不敵な笑みを浮かべてカグヤは改めて考えた依頼を持ちかけた。
「……では、『宝探し』を手伝って下さい。各地に眠る我が国に代々伝わる伝説の秘宝、それを手に入れる手助けをして下さい」
これならどうだ、とカグヤの自信ありげな表情。
武獲りの翁は少し怪しむ。
「……随分と方向性の違う依頼だな」
「そ、そうですか?……でも、これなら殺しも必要ないですよ?何も問題は無いんじゃないですか?」
「……その宝ってのはなんだ?」
怪しい。ただただ怪しいという事に気付いている武獲りの翁が尋ねる。カグヤは少し困った表情を浮かべて、何かを思考する。それはどうやら悪い事を企んでいる様子ではなく、単純に言葉選びに困っている様子。それほどにカグヤの表情は読みやすい。
「……言葉にし辛いんですよ。秘宝は全部で五つなんですが……」
「五つ?……それに言葉にし辛いってのは?」
「形容し難いものなんです。その使い道も説明した所で一般の人間には意味の半分も理解できないでしょう」
使い道、その言葉に少し引っかかりを覚えた武獲りの翁だが、先程の戦争やら暗殺などに較べたら受けないこともない依頼。
その場合でも勿論問題になる事はあるのだが……
「……で、その見返りは?」
「見つけた秘宝の半分を差し上げます。その秘宝一つにつき一生遊んで暮らせるほどの財を成す価値はありますよ?」
「……」
武獲りの翁はむうと声を漏らした。もしや、何か気に食わない部分があったのか?それとも本来の目的に勘付かれたのか?ごくりと生唾を飲み込み、緊張した面持ちでカグヤを面の下からじっと見つめる武獲りの翁に視線を送り返すカグヤ。
「な、何か……問題でも?」
「おう」
どきりと心臓が高鳴る。ここで断られたら……そう思い、唇をぎゅっと結ぶカグヤに武獲りの翁は不満げに言う。
「宝は五つなんだろ?半分にって……どう分ける気だ?」
…………取り分の話かよ!
カグヤは脱力する。
「三つでも四つでも持ってってくださいよっ!依頼を受けていただけるならいくらでも差し上げますから!」
「よし。じゃあ、四つだ。それならその厄介事、引き受けてやってもいい」
「勝手にどうぞ!」
何と強欲な男だろうか、とカグヤは武獲りの翁を蔑むと同時に扱いやすい男だとほくそ笑む。噂の正義の味方とは程遠いが、むしろこちらの方がいい。
これで私の目的が一歩……
「じゃ、早速始めるか」
え?
グイッ、
カグヤが反応する間もなく、武獲りの翁はその首根っこを掴み地面に放り投げる。
「あいたっ!」
「伏せてな」
武獲りの翁は一言だけ言葉を放つ。
そしてその直立不動の姿勢のまま上を見上げる。
それにつられるように顔を上げたカグヤの目の前、そこにあったものは……
無数の球体。
否、『球体だったもの』。
降り注ごうとしていた球体は、一瞬で無数の紙きれのように薄く分かれて、さらに紙切れは煙のように霧散する。
「な、何が起こったの!?」
「お出ましのようだぜ。追手さんがよう」
武獲りの翁は喜色を含んだ声で告げる。
次の瞬間、眩い炎が武獲りの翁とカグヤの上から降り注いだ。