第5話 死んだニートが、実家へ帰ってきました
「動くな」
助けた女から銃を向けられた。
短い黒髪と鋭い目つきがよく似合う美人だが、残念ながら銃口は俺の胸を狙っている。
「人間は、ゴブリンを生で食べない」
「最近は多様性の時代だぞ」
「そういう問題ではない」
もっとも、弾倉が空なのは分かっている。俺は刺激しないよう両手を上げ、羽倉司と名乗った。
女は雨宮澪。元自衛官らしい。
「羽倉司は、一か月前に死亡認定されている」
「……一か月前?」
目の前に突き付けられたスマホ端末の画面を確認する。
表示されている日付を見るかぎり、たしかに迷宮へ入った日から三十日以上が経過していた。
(行政の仕事、こういう時だけ早くないか?)
澪によれば、正面から帰還すると、異変が無いかどうかを調べる《帰還者審査》を受けることになるらしい。下半身を再生し、ゴブリンを生で食べた俺は、数か月どころか無期限で隔離されかねない。
「じゃあ、帰還しなかったことにしよう」
「迷いがなさすぎる」
「都合の悪いことからは、三十六年間逃げ続けてきたからな」
澪は呆れながらも、古い資材搬出口へ案内してくれた。
久しぶりの地上には、コンビニの明かりも、自動車の音もあった。澪の端末を借りて自分の名前を検索すると、失禁と脱糞の切り抜き動画が大量に表示される。
「死者への敬意はどこへ行った」
「最後の映像が強烈すぎたんだろう」
「慰める気がないなら黙ってくれ」
澪から上着と帽子を借り、深夜の実家へ向かった。
「まぁ、そうなるよな……」
玄関脇には白い花が置かれている。
窓から中をのぞくと、小柄な母が三人分の食器を並べていた。白髪交じりの父は、古い眼鏡をかけたまま俺の死亡通知書を見つめている。
その横には、捜索費用の請求書まで置かれていた。
(死んでも迷惑をかけるのか、俺は)
帰るのが怖くなった。
それでも、部屋の前へ毎日食事を運んでくれた母を思い出し、玄関を開けた。
「ただいま」
母が俺を見て立ち尽くす。
父は傘を構えた。
「司の姿をした何かかもしれない」
「本人だよ。昔、父さんの財布から金を抜いてゲームを買った。ばれた時は近所の猫が持っていったと言い張った」
「お前だったのか」
「あと、母さんの唐揚げの日だけは、扉の前で待ってた。それから押し入れの奥に父さん秘蔵のエロ本が――」
「最後は言わなくていい」
父が傘を下ろした。
母が駆け寄り、俺の身体を強く抱きしめる。
「生きてた……本当に、生きてた……」
何も成し遂げていない。
仲間を置いて逃げ、全国へ失態を晒し、最弱のスライムに食われた。
それでも母は泣き、父の手も震えている。
(俺が生きているだけで、喜んでくれる人がいるのか)
その事実は、どんな催眠よりも信じにくかった。
その後、澪を交えて今後を話し合った。
俺が生存を公表すれば隔離される。
死亡者のままでは身分証も口座も使えず、モンスター素材も売れない。
「素材は澪に渡して売ってもらえば、どうにかなるかもしれない」
俺の提案に、父は眉をひそめた。
「また迷宮へ戻るつもりか」
「地上だとなんだか身体が重いんだよね。虚素を補給しないと、人間の形を保てなくなるかもしれないし」
それに、ようやく俺にも社会復帰できるチャンスが巡ってきたんだし。
「まぁ家に引きこもるのも、ダンジョンにこもるのも大して変わらなかったし」
「意外と楽観的なんだな」
「現実逃避は得意分野なんだよ」
そう返すと、澪は小さく笑った。
翌朝、俺は再び大宮第一迷宮へ向かった。
「さぁーて、腹が減ったし今日もモンスターを食べますかぁ」
その日、匿名掲示板に奇妙な書き込みが投稿された。
『大宮第一迷宮で、死んだはずの失禁おじさんを見た』
『しかも生でゴブリン食ってたぞ』




