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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

婚約破棄は命がけ

作者: 舘津テト
掲載日:2026/04/04

「シェラステ・ローズウッド侯爵令嬢! お前との婚約は今日、この場で破棄をする!!」


 今日は、学園の卒業パーティー。

 普段なら王立学園と言えど、『催しは生徒たちが創り出すもの』と言う教育理念から、教師含めた大人たちは、ただサポートに回るのみだった。

 が、最後の学年のこれだけは、今後大人の世界を予行演習するために、外部の人間(保護者たちもしくは関係者)が入った本格的なものだ。王都の大夜会にも規模的には近い。

 つまり、教育に進んでいる子どもたちを持つ大人が、結構な数揃っていた。


 貴族だけでなく、王立学園に通えるほどの額面を支払えるほどの平民層の商人たち。城や領の文官たち。早いうちからヘッドハントをしておこうと言う軍人の一部。

 もちろん、王陛下夫妻もいる。驚愕に目を見開いてはいるが。王太子夫妻こそは他の用事でいなかったが、耳目の収容率で言えばそこそこ大きい。

 幸いなのは、他国の目が無いところか。


「…………」

 シェラステは、婚約破棄を告げられるまでは『普通』だった。普通の無表情の令嬢だった。

 今は、割れんばかり頭痛に表情を変えないようにするのが精一杯。扇で口元すら隠せていない。第三王子の声もいまいちよく聞こえない中、徐々に『記憶がよみがえった』。キッカケは《婚約破棄》か。


 王子の傍らには、縋り付くように引っ付いてる女の子。このところ王子に急接近で有名なアリシア・ロックウェル男爵令嬢だ。

 悲壮な表情はしているが、王子の目が届かないところでこちらに皮肉げな、嘲笑めいた顔を向ける。

「どうした、言い訳もせず黙ったままか。ここにいる、アリシアに対して酷いイジメを行っておきながら!」


 第三王子は、直情傾向が見られる王子として有名だが、アリシアと知り合ってからそれがますます加速した。

 普通、婚約者を持つものは、他者の異性を気軽に身近に置かない。だが、交流は深みを増し、婚約者以外の異性を優先し始めた。側近も最初は苦言を呈していたが、そう言う者はすぐ入れ替えられる。

 王にも伝えられてはいたが、ここまで酷いものだとは……。


「…………」

 シェラステは、記憶の復元が済んで王子を見据えた。《思い出した》。

 賭けは勝ったのだ。

 足元を見る。

 天井を見る。

 王立学園のイベントホール、ほぼ『王国内の版図』で中央部だ。探すように頭を傾げ、色々なものを《見て》行く。


「シェラステ! 婚約は破棄だぞ! なんとか言ったらどうだ!」

 焦っているのか、王子が問いかける。何らかの反応で、それに対抗するように証拠を提示していこうと言うのか?

 シェラステはほぼ無表情で、ある場所まで歩き、その床を見つめて近寄りスッと腰を落とした。

 おもむろに手を『石の中』に突っ込む。美麗な床は、ダンスホールに相応しい大理石で出来ていて、令嬢が、しかも貴族の女性が触れられるような強度ではない。


 そこで、小さくパリンと、ガラスが割れるような音が響いた。

 シェラステは満足気に立ち上がり、アリシアの方を見る。そちらに向けて腕をまっすぐに伸ばし、何かを掴んで引っ張り、ねじ切るような動作。

 ──バチンッ

 その途端に、何人かの『男子生徒』・『男性の王子付き側近』・『男性の護衛』たちが、一斉に膝を付く。


「王よ。我の勝ちじゃな」

 シェラステはにこやかに、今日初めての発言を、王子でなく国王陛下に向ける。

「待ってくれ! 国全域結界は壊されたのか? 本当に!?」

 王陛下は、息子を叱るどころか、これからの国内情勢だけが気になるようで、矢継ぎ早に問いかける。


 二代前から伝えられている、王家だけの秘匿事案。口出しは禁じられていた。本人の資質が問われる『賭けの内容』だったからだ。

 自分のときはうまくいったと、慢心していたのか? 王妃との間にできた子らを、可愛がりすぎていたのか? しっかり学ばせられなかったのか?

「賭けの対象はそうであると、お前が、あ、違うな。二代前の王か。……最初に提示して来たのはお主らであろう。我は暇であったから、賭けにただ乗っただけ。お主らの教育がダメだっただけだろう。だから精神保護は初めから言っておったのだ」

「頼む! 頼む!! 結界を、戻し……」

「一回きりと言う約束じゃぞ。お情けでホレ、『魅了』も切ってやった」


 シェラステは、姿に似合わぬ口調で、国王陛下に相対する。王子などもうすでに観察対象ですらない。

「お前は、息子に貴族の心得を仕込まなんだのか? 自分の立場の大きさ、何を犠牲にし、何を守っているのか。息子可愛さにどう言う教育でこんなのが出来上がる? 王族は、立場が大きいゆえに行動の責任と言動の重さがある。『魅了』は王子には《掛かってなかった》。つまり、素でこれじゃ」

 やがてシェラステの姿が、ジワジワと別の姿を取り始める。


 黒髪の、妖艶な大人の女性。口元に泣きぼくろ。波打つ黒髪は、つややかで、それまでの少女と全く印象が違う。

 これまでの間に着ていたダンス用の華美で華奢なドレスから、漆黒の美しい文様の入ったローブに変わる。

 今なら誰もが分かる。《ローズウッド侯爵》など、この国に、この世界にはどこにも存在しない。侯爵すらいない。


「記憶を封印したまま、何代も先まで行くかと思っておったが、たった二代か。婚姻までこぎ着ければ、我自身は顔の似た影武者に変わり、そのあとは己の自由に、愛しようが愛さなくなりようと自由だったというものなのに。ヒトの欲深さは恐ろしいのう。……ああ、結界の無くなった先から、魔獣が侵入し始めたのう。対処せんでいいのか?」


 外の方を見やったシェラステが呟いた。

 ここでようやく、呆然としていた第三王子が復活した。理解が追い付いていないようだが、現在の苦境が、己の判断でもたらされた物であるというだけことは分かるようだ。

 まあ、さすが王族と言うことか。

「……待て。待て待て。どう言うことだ? シェラステ? 魅了? 結界?」


「隣にいる女は良いのか?『魅了』とはある意味『呪い』の一つ。魔力の習熟もせずに、効果だけを求めて使いまくり、無理に解除したらその反発はヒトの心が壊れるくらいなのではないか?」

 アリシアは王子の足元にうずくまって呻いている。吐きそうになっているようで、しきりにえずいている。

 先ほど倒れた男たちは、依然として昏倒したまま復活していない。周りにいる大人たちのざわめきは大きくなり始める。


「大魔女シェラステよ。お願いだ、結界を……」

「だから無理じゃと言っておるだろう。一国一回。婚約をしている当事者本人には《賭けのことを何も知らせない》。それと、《掛けるのは王族のうち誰でも》と言う条件であると。さて、久しぶりに帰るかの」



 大魔女シェラステは、漆黒のローブの裾をひるがえし、静かに踵を返した。その動きだけで、場内の空気が震える。魔力の “格” というものを、誰もが初めて理解した。


「待て! シェラステ、大魔女殿!」

 国王陛下の声が裏返るほど切羽詰まり、侍従たちも慌てる。しかし、シェラステは振り向かない。かつての影武者であった、王妃殿下はうなだれたまま、ぴくりとも動かない。

「人間どもよ。我は魔女の中でも慈悲深いほうじゃ。だから忠告はしておこう」

 会場の入り口に向かって歩きながら、彼女はゆっくり語る。

「──まず、魅了から解き放たれた者たちは三日三晩は寝込む。生きておるだけ奇跡と思え」

 呻き声をあげるアリシアと、昏倒したままの男たちを、誰も助けられない。


「そして、結界の崩壊で生じた “穴” からは、魔獣が雪崩れ込む。最初にやってくるのは、ほどほどの強さの『魔狼』じゃろう。城下町の外れで散歩中の子どもや商人が、何人か食われるじゃろうな」

「なっ──!!」

「お、焦り始めたか。まあ、のんびりせい。あと半刻はんときほどは持つ」

 場内が悲鳴と混乱で満ちていく。

 シェラステは扉の前で、ふと振り返った。


「──第三王子よ」

 呼ばれた王子は、蒼白の顔をさらに白にしながら、かろうじて言葉を絞り出す。

「……なんだ、シェラステ。おまえは、なんなんだ……」

「お主の “元婚約者” じゃよ。……ああ、名乗りが遅れたか」

 シェラステは微笑む。その微笑みは、慈愛と皮肉が同居した、底知れぬものだった。

「この国の “守護結界” を創り、二代前の王と契約を交わした──《大魔女シェラステ・ローズウッド》。人間が神の代わりに求めた盾じゃ」


 場内が静まり返る。

「お主がこの国の汚点として歴史に刻まれるかどうかは、ここからの振る舞い次第じゃな。……まあ、がんばれ」

 軽やかに肩をすくめると、彼女は扉を押し開けた。



 廊下に出ると、シェラステは息をつき、ついでにローブを少し緩めた。

「ふぅ。久しぶりに力を使ったわい。……しかし、我も面倒な性分よの」


 そこへ──

「……お待ちしておりました、我があるじ

 薄暗い廊下に、黒い影が跪く。心なしか、空気の色までも濃くなった。気配を殺した青年。学院の生徒でも、宮廷の人間でもない。

「お主、まだおったのか。随分と義理堅いのう、クロウ」

「あなたが記憶を封じていようと、我らが主人はただひとり。影の従者は、千年経とうと離れませぬ」

「千年経っても忠誠とは……本当に物好きよの」

 シェラステは苦笑しながらも、楽しげだった。

「さあ、行きましょう。主がお戻りになる場所は──」

「……うむ。“魔女の塔” じゃな」


 その瞬間、塔の方向から、轟くような咆哮が聞こえてきた。魔獣が国境を越え始めた知らせ。

「最初の被害は出るじゃろうな。あいつらの教訓にもなる」

「よろしいのですか?」

「構わんよ。……ただの教育じゃ。二代前に約束した通りにな。“愚かになったら、守りを解く” と、すでに通達は済んである」

 シェラステはローブのフードを被り、歩き出した。

「さて──人間の国よ。“試練” の始まりじゃ」



 魔女の塔へ向かう回廊は、深夜のように静まり返っている。

 外では既にあちこちから警鐘が鳴り始め、兵士たちの怒号が遠くに響く。結界の崩壊を悟った王城全体が、まるで巨大な獣のようにざわめき始めていた。


「……主よ、一つ伺ってもよろしいでしょうか」

 クロウが歩みを合わせ、静かに問いかける。

「なんじゃ。言ってみよ」

「あなたが『勝った』と王に告げた賭け……あれは、王家にとってどれほどのものなのですか?」

 シェラステは、ふっと笑みを漏らす。

「言葉通りよ。二代前の王は賢かった。今代の王は……次代に託した教育だけが、己の都合の良いようにはならんかった、と言うわけじゃ……つまり、そこそこの賢さ、ということじゃな」

「左様で」


「国を守る結界。あれは単に魔力を張り巡らせた壁ではない。『人間としての節度』と『為政者としての矜持』が保たれている限り、我の方から維持してやろう。という契約じゃ」

「そして……破られた」

「破られたのう」

 シェラステは、軽く肩をすくめて歩み続けた。

「第三王子が婚約者をないがしろにし、己の鑑も持たず、不義のものに浸りきり。契約事項も守れぬような……そう言う者がいずれ王となる。今回は第三王子じゃったが。……そんなヒトを、国を守る義理は我には無い。契約に書いておいたことじゃ」

「……見事に “条件” を満たしましたね」

「人の欲望は底なしよ。封印していた《我の記憶》が戻るくらい、空気が濁っておったわ」


 塔への階段に差しかかった時だった。

 ──ドォオン!!

 城壁の方角から凄まじい破壊音が響き、床が震えた。石壁の向こうで、兵士たちの悲鳴が上がる。

「『魔狼』が先陣、か。次は……『獣鬼』かのう」

「王国軍では厳しい相手です」

「そうじゃろうな。まあ……」

 階段を登り切った先、塔の天辺で夜風が吹き抜ける。

「“本当の試練” はこれからじゃ」



 同じ頃、崩れた結界の穴の近く。

「剣を構えろ! 第二列、後退するな!!」

 城壁上では、指揮官たちが必死に魔獣の侵入を止めていた。だが、結界に頼り切った長い平和の時代で、軍の反応は鈍い。

 しかも平民の冒険者は魔物を相手にするプロだが、騎士たちが主に訓練するのは対人戦闘である。魔物相手では素人に毛が生えたものだ。

「だ、だめだ! 押し返せない!!」

「なぜこんな強力な魔獣が……!」


『魔狼』が一体突っ込めば、三人が吹き飛ぶ。悲鳴と鉄のぶつかる音が夜空に散った。

「……王太子殿下! ご決断を!!」

「な、なにを……どうすれば……!」

 あまりの事態に、王太子は震え、言葉が続かない。その背後から、駆けつけた国王が歩み寄った。悔やみつつ言う。

「……儂の代で終わるかもしれんな」

 王は、静かに天を仰ぐ。

「大魔女を手放すとは……愚かだったのは儂らの方か」



 一方その頃、学院の大広間。

「う、うぅ……っ……や、やめ……て……」

『魅了』が魔力反射されたアリシアは、床に倒れたまま激しい頭痛にのたうち回っていた。

 その様子を、第三王子はただ呆然と見つめる。

「アリシア……? アリ……どうすれば……どうしたらいいんだ……!」

 王子の手は震えている。

『魅了』がかかっていなかった王子にとって、彼女の悲痛な呻きは、言い訳のきかない現実だった。

「私……なにも……悪く……ない……殿下を……奪われる……から……っ」

 アリシアの口から漏れた言葉に、王子は凍りついた。


 ──奪われる?

 その瞬間昏倒していた、『魅了』の効果が軽めだった、側近の一人が意識を取り戻し、王子にしがみつくように叫んだ。

「…………殿下……っ! あの女は、本当に……本当にあなたを!? あのとき、もっとご忠告を差し挙げていれば……!!」

 王子は震える。

「俺は……なんてことを……」

 王子の顔から血の気が引いていく。

「シェラステ……俺は……」

 大魔女の背中は、もう遠く塔の方角に消えた。



 塔の頂き。月光のもと、シェラステはゆっくりと振り返った。

「さて……次は “どの国が賭けに来るか” のう」

 千年の魔女は、静かに笑った。

「人間どもよ。試練を越えるか、滅ぶか。すべては……“お主ら次第” じゃ」


 その声は夜風に溶け、王国に新たな運命の幕が上がった。

自分とAIさんの二人三脚で作りました。これ以上拡げられません……。すみません……。

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