第1話 白い光の先に
平凡なサラリーマンだった俺――佐藤健太は、その日も残業に追われていた。
終電ギリギリの時刻、疲れ切った体を引きずりながらホームに立つ。目の前を通過する急行列車の風圧が、スーツの裾を揺らした。
「はぁ……また今日も終電か」
ため息とともに、白い息が夜空に溶けていく。三月にしてはまだ肌寒い夜だった。
そして次の瞬間、全ての景色が白く弾けた。
◇
目を開けると、そこは見知らぬ草原だった。
「……は?」
青い空、白い雲、風に揺れる草の匂い。どこまでも広がる緑の大地に、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「ここは……一体どこだ?」
見渡す限り、人工物は一つもない。代わりに、空には二つの月が浮かんでいた。
「月が……二つ?」
現実ではありえない光景を前に、俺はようやく理解した。これは夢ではない。俺は、異世界に来てしまったのだ。
立ち上がり、周囲を確認する。広大な草原の向こうに、深い森が見える。反対側には山脈が連なり、空には見たことのない鳥が飛んでいた。
「スマホは……圏外か。当たり前か」
ポケットから取り出したスマートフォンは、当然のように電波を拾わなかった。時計だけが正確に時を刻んでいる。午後十一時四十二分。日本時間なら深夜だが、ここでは太陽が中天に輝いている。
「まずは安全な場所を探さないと……」
独り言を呟きながら、俺は森に向かって歩き始めた。草原に留まっていても仕方がない。水と食料、そして shelter が必要だ。
森の入り口に差し掛かった時、不意に右手が光った。
「なんだこれ……」
手の甲に、見覚えのない紋章が浮かび上がっている。複雑な幾何学模様が、淡い青色の光を放っていた。
触れようとした瞬間、脳内に直接声が響いた。
『スキル【鑑定】を習得しました』
「は? スキル? 鑑定?」
まるでゲームのシステムメッセージのような通知に、俺は困惑した。だが同時に、目の前の木を見つめると、情報が浮かび上がってきた。
『ヒノキの木 等級:普通 用途:建材、薬用』
「マジか……本当に鑑定できてる」
異世界転生。スキル。鑑定。
昔読んだ web 小説の設定そのままだ。
俺は深呼吸して、覚悟を決めた。
ここが異世界なら、ここで生きていくしかない。
「よし。まずは水源を探そう」
鑑定スキルを頼りに、俺は森の奥へと進んでいった。




