第13話「揺れる王子と去りゆく影」
カイルの決然とした態度と、集落の住民たちが一丸となってリリアを支持する姿は、ユリウスにとって決定的な一撃となった。
彼が辺境で見たもの、聞いたもの、そのすべてが、セレーネの言葉が嘘偽りであったことを証明していた。
住民たちのリリアへの信頼。
カイルのリリアへの深い愛情。
そして、セレーネのあからさまな悪意。
(……私が、間違っていた)
ユリウスは、ついに自らの過ちを認めざるを得なかった。
彼が信じた聖女は、ただの嫉妬深い女であり、彼が追放した悪役令嬢こそが、誰よりも心優しく、強い女性だったのだ。
「そこまでだ、セレーネ」
ユリウスは、静かだが有無を言わせぬ口調で、なおも何かを喚こうとするセレーネを制した。
「……この件については、王都に戻り、すべてを徹底的に調査する。それまでは、いかなる発言も許さない」
その言葉は、事実上、セレーネの敗北を意味していた。
彼はカイルに向き直ると、複雑な表情で深々と頭を下げた。
「ファングクラウ殿、そして……リリア嬢。今回の視察での非礼、心から詫びる。正式な謝罪は、後日改めて」
それだけを言うと、ユリウスはセレーネをはじめとする視察団を引き連れ、早々に辺境を立ち去る準備を始めた。
セレーネは、信じられないという顔でユリウスを見、そして、憎悪に満ちた眼差しでリリアを睨みつけた。
その瞳は、まるで毒蛇のようだった。
だが、今の彼女にはもう、何もできない。
彼女は、敗北感と屈辱に顔を歪ませながら、黙って馬車に乗り込むしかなかった。
視察団の一行が、森の向こうへと完全に姿を消す。
嵐が去った後のような静けさの中で、張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。
「……よかった」
リリアの目から、安堵の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
怖かった。
不安だった。
でも、カイルが、みんなが、自分を守ってくれた。
その喜びと感謝で、胸がいっぱいだった。
そんなリリアの肩を、カイルが大きな手でそっと抱き寄せた。
「……もう大丈夫だ」
彼の胸に顔をうずめると、逞しい腕が優しく、しかし力強くリリアを包み込む。
彼の心臓の音が、トクントクンと耳元で聞こえる。
その温かさと匂いに、リリアは心の底から安堵し、静かに涙を流し続けた。
偽装の婚約者として始まった関係。
でも、今、彼の腕の中にいる自分は、確かに彼のものなのだと実感できた。
二人の心は、この夜、確かに一つに重なった。




