第10話「王子と聖女、辺境へ」
ついに、王都からの視察団が魔狼の森に到着した。
集落の入り口には、カイルを筆頭に獣人たちが整列し、物々しい雰囲気で一行を迎える。
その先頭に立つのは、立派な装束をまとったユリウス王子と、純白のドレスに身を包んだ聖女セレーネだ。
セレーネは馬車を降りた瞬間、内心で目を見張った。
(何なの、この土地は……)
彼女が想像していたのは、荒涼とした不毛の地だった。
しかし、目の前に広がるのは、活気に満ちた集落と、その周りに広がる豊かな緑。
吹いてくる風には、心地よい花の香りが混じっている。
聞いていた噂が、決して誇張ではなかったことを悟り、セレーネの胸に焦りが生まれた。
その夜、領主館で歓迎の宴が開かれた。
広間に、カイルと共にリリアが現れた瞬間、場の空気が凍りついた。
追放された時とは比べ物にならないほど、自信に満ちた穏やかな表情。
上質だが華美ではないドレスを上品に着こなし、辺境の領主の隣で、少しはにかみながらも堂々と立っている。
「リ、リア……?」
ユリウスは、思わず声を漏らした。
彼が知る、ヒステリックで傲慢だったはずの令嬢の面影はどこにもない。
むしろ、辺境の厳しい環境で、磨かれた宝石のように輝いて見えた。
彼は、自分の過去の決断が、まるで大きな間違いだったかのように感じられ、激しく動揺した。
カイルが、落ち着いた声で口火を切る。
「ユリウス王子、聖女殿。遠路ご苦労だった。紹介しよう。俺の婚約者の、リリアだ」
「こ、婚約者……だと!?」
ユリウスの驚愕の声に、セレーネも目を見開く。
追放された罪人が、この野蛮な獣人の領主と婚約?
ありえない。
セレーネは、ユリウスの動揺を敏感に察知した。
このままでは、彼がリリアに再び心を動かしかねない。
彼女は、優雅な笑みを浮かべてリリアに近づいた。
「まあ、リリア様。このような場所で、よく生き延びていらっしゃいましたこと。大変でしたでしょう?」
その声には、ねっとりとした皮肉が込められている。
「けれど、あまり羽目を外しすぎませんように。あなたの立場を、お忘れなく」
それは、紛れもない警告だった。
リリアは一瞬身を固くしたが、すぐに毅然とした態度で言い返した。
「ご心配には及びません、セレーネ様。私は今、ここでとても幸せですから」
その隣で、カイルがリリアの腰をそっと引き寄せる。
それは、彼女を守るという無言の意思表示だった。
二人の間に流れる親密な空気に、セレーネは扇の陰で唇を噛み、ユリウスはますます複雑な表情で彼らを見つめるしかなかった。
波乱の幕開けとなった宴。
それぞれの思惑が、辺境の夜に渦巻いていた。




