合言葉、すなわち愛の言葉とは
誓って申し上げます。
けして、決してすけべではありません。
――おっぱい。
それは何と甘美な響き。全ての哺乳類を魅了する。
考えてみてほしい。我々哺乳類が、産まれてすぐ何を求めるのかを。
哺乳類という言葉が示している通り、産まれてすぐの栄養はおっぱいであり、おっぱいをもととして生命を育む種である。
つまり、我々の組成はおっぱいであると言っても過言ではない。
かつて私の友人は語った。
「おっぱいが嫌いな哺乳類はいません」
人類のみならず哺乳類全般を見渡して、嫌いな個がいないと言い切れるものなど、あるだろうか。いや、これほどピースフルなワードは他にない。
世界を見渡せば、あるいは歴史を鑑みれば、人が集う場所には諍いが生じてしまうことが分かる。諍いや争いがもたらす闇は昏く、時には周囲に被害を撒き散らす。被害者の人生にまでも甚大な影響を及ぼすことさえある。
くだらない諍いが起きてしまえば、いつだって割を食うのは弱いもの達だ。
歴史に学ぶ者達や、良識ある者達は、弱いものに手を差し伸べる。そうして、世界が慈しむ心で満たされるよう、聖職者は愛を説き、母は無償の愛を産まれた子に与える。その根源とも言える愛の言葉とは⋯⋯おっぱい、なのではないだろうか。
おっぱいこそが世界を救う。
ああ、彼女はその言葉の本質を正しく理解していたのだ。
我々哺乳類は種として団結し、諍いなどというくだらない消費活動を止め、愛をもって生きることを目指そう。そのために、愛の言葉―――あいことばを紡ごう。
愛のための、愛を紡ぐ言の葉。それこそが「あいことば」であるとするならば、この言葉ほど当てはまるものはない。
人類のみならず、哺乳類が愛を語るに必要な言葉。
我々が掲げる合言葉、それは⋯⋯。
すなわち、おっぱい。




