カウントダウン?
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
どう考えても、おかしいよね?
どうして連続で、しかもあんな臨場感たっぷりの夢を見なくてはいけないのよ。
欲求不満なのか、はたまた心の奥底に沈んでいる願望からきているのかは不明だが、色々な意味であんまりだわ。
その日、鳴り響いたアラームで目覚めた佳乃は、上半身を起こしながら憮然とした顔つきで考え込んだ。そのまま少しだけ鬱々と考え込んだものの、彼女は何とか気を取り直して着替え始めた。
※※※
いつも通り登校し、いつも通り昼休みに昼食を食べ終えると、友人の茉奈が声をかけてくる。
「ねえ、佳乃。なんか最近不機嫌じゃない? お弁当も少し残していたみたいだし、体調良くないの?」
「体調はそれほど悪くないけど、夢見が悪くて気分が悪いのよ」
「夢ってどんな?」
元来好奇心旺盛な茉奈が、遠慮なく尋ねてきた。佳乃は、それに溜め息を吐いてから話し出す。
「それがね……、日本じゃないどこか、外国? でもなさそうなんだよね、ごてごてした服装で妙に中世っぽいと言うか……、強いて言えば、異世界っぽいって言えば良いのかな?」
言葉を選びながら話す佳乃に、茉奈が怪訝な顔で話の先を促した。
「へえ? そんな所に佳乃がいる夢ってこと?」
「そう。それで、結婚式だった」
「はい? 誰の?」
「私の」
真顔で告げられた内容に呆気に取られた顔つきになった茉奈は、すぐに意外そうに感想を述べる。
「佳乃って、そんなに結婚願望強かったっけ?」
「自分では、そんな風には思ってなかったんだけどね……」
「それで?」
「一日目は花嫁姿で会場に入場して、その直後で目が覚めたの」
「……なによそれ?」
ここで茉奈は、困惑しきった表情で問い返した。それに肩を竦めながら佳乃が話を続ける。
「私もそう思ったわよ。そうしたら二日目はその続きで、数歩歩いたら目が覚めてね八日目まで、その繰り返し」
「ちょっと待って。じゃあまさか、数歩歩いて目が覚めての繰り返しってこと?」
「そうなのよ」
「……頭、大丈夫?」
もの凄く疑わしい顔で問われてしまった佳乃は、憮然としながら言葉を返した。
「言わないでよ。それで今朝は9回目で、漸く花婿らしい人の隣に立ったんだけど」
そこで嬉々として茉奈が話を遮った。
「あ、なんか一気に盛り上がる展開の予感! ねえ、どんな相手だったの!?」
「いけ好かない、好色そうなじいさん」
「ご愁傷様……」
本気で憐れむような視線を向けられた佳乃は、ここで怒りが振り切れた。
「本当にもう! 何なのよ!? この8日間、ちょっとは期待しながら寝ていたのに、最後の最後でここまで期待を裏切らなくても良いんじゃない? なんでよりにもよってあんなジジイと、結婚式を挙げなきゃいけないのよっ!!」
「佳乃、落ち着こうか。ここは学校。公共の場。気持ちは分かるけど冷静に」
「……分かったわよ」
さすがに教室中の視線を集めてしまった事で、茉奈が冷静に宥めてきた。それで我に返った佳乃は、面白くなさそうな顔つきながらも口を閉ざす。そんな友人をしげしげと眺めながら、茉奈は思いついた事を口にした。
「それにしても、その設定がちょっと気になるわね」
「どういう意味?」
「九日連続で同じ結婚式の夢を見るって、何か意味があるんじゃない?」
真顔でそんな事を言われてしまった佳乃は、素っ気なく応じる。
「ええ? 私の精神に何か問題があるとかの他に、理由なんて無さそうだけど」
「精神だけとか身体ごととか分からないけど、眠っている間だけ異世界に呼ばれているとか」
「……はぁ? 茉奈こそ、頭大丈夫?」
唐突な主張に、佳乃は呆れ顔で佳乃は言葉を返した。しかし茉奈は真剣な面持ちのまま、持論を口にする。
「だってねぇ……、ちょっと異常じゃない? 九日間同じ夢を見て、しかも微妙に進行しているなんて。なんかカウントダウンっぽいわ。次の10回目でそのおじいさんと結婚しちゃったら、戻ってこれなくなるとかそんなオチとかないかな?」
そこまで聞いた佳乃は狼狽し、血相を変えながら茉奈に言い返した。
「ちょっと、茉奈! 怖すぎる事言わないでよ!? そんな馬鹿な事、あるわけないでしょ!?」
「うん、まぁ……、普通に考えればそうなんだけどね。因みに、夢の中では自分で思うように動けたの?」
唐突な質問に、佳乃はまだ幾分動揺しながらも真顔で考え込む。
「ええと……、うん、そうね。周りの人から、あそこに向かって歩いてくださいとか言われて、その通り自分の足で歩いていたから」
「じゃあさ、万が一今日寝た時に同じ夢を見たら、その結婚式をぶち壊してみたら? そうしたら延々と同じ夢を見なくなるかもよ?」
「ああ、うん。そうね……。覚えていたらそうしてみるわ。あんなじいさんとの結婚式の夢なんて、見たくもないけど」
茉奈の提案に素直に頷きつつ、佳乃はうんざりした表情でその話題を終わらせた。
※※※
「茉奈、おっはよう~」
二人で不思議な夢の話をした翌朝。教室に入って早々、元気に挨拶してきた佳乃に、茉奈は安堵しながら挨拶を返した。
「おはよう、佳乃。朝から随分ご機嫌ね」
「うん。今朝は凄く夢見が良くて」
「あ、やっぱり気のせいだったのね。今朝は例の結婚式じゃなくて、他の夢を見られたんだ」
茉奈は安堵しながら頷いたが、佳乃の返答は予想外のものだった。
「ううん、例の結婚式の続きだった」
「え? それでどうなったの?」
それでどうしてそんなに機嫌が良いのかと、茉奈は訝しく思いながら問いを重ねた。すると佳乃が、情け容赦ない内容を語り出す。
「それがね、例のじいさんがスケベ面して迫って来たから、その顔面に思い切り拳を打ち込んで、よろめいたところで脛を渾身の力で蹴りつけて、倒れたところでその股間を思いっきり踏みつけて、手近にあった大きな燭台を両手で持ち上げて勢いよく振り下ろし」
「ちょっと待った! あんたそれ、本当にやったの!?」
思わず声を荒らげながら問いただした茉奈だったが、佳乃は不思議そうに言葉を返してくる。
「勿論。だって夢の中だし問題ないでしょ? 思いっきりやったら、すっきりしたわ。燭台を振り下ろしたところで目が覚めて、ちょっとだけ残念だったけど」
「佳乃……、あんたがそこまで大暴れするタイプだとは思わなかったわ……」
「人聞き悪いわね。夢の中だからよ。実際にそんなことしないって。それに結婚式をぶち壊してみろっていったのは茉奈じゃない」
「……うん。確かに言ったわね」
冷静に言い切った佳乃に、茉奈は唖然としながら言葉を返した。
その後、佳乃は同様の夢を見なくなり、やっぱりあの行動は正解だったのねと納得していた。
しかしそれを聞いた茉奈は、どこか知らない異世界で、殺人事件か殺人未遂事件が引き起こされてはいなかったのかと、密かに慄いていたのだった。