家の前にハトがいた。
「かーちゃん! 家の前にハトがいた! ちょうびっくりした!」
そう言いながら、ランドセルを背負った次男が小学校から帰ってきました。
何を言い出したんだ? と思いましたが、それよりもびっくりしたのが、次男の頭。
彼の頭の上には、帽子がなぜか二つ重なって乗っています。
身振り手振りで興奮しながらしゃべっている次男ですが、帽子は一向に落ちません。
二段、重なったまま、体勢を維持しています。
若干、揺れておりますが、それでも頭から落ちません。
私は二段重ねの帽子に目が釘けになりながら、彼の質問に答えました。
「ハトが居たの? お散歩していたんじゃない?」
「そっか……」
次男は納得したようです。
「それよりも、なんで帽子がふたつあるの?」
問いかけると、次男は照れながら手をもじもじさせました。
その間も帽子は頭から落ちません。
「……学校においてきちゃってさ」
「そう。見つかってよかったね」
ほほ笑みながら、まだランドルセルを下そうとしない次男を手伝いました。
二つ重なった帽子を見ながら、ふと彼の学校生活のことを思い出します。
あれは、彼が小学一年生の頃。
「黄色い帽子が、風に! ふっ飛ばされた!」と大騒ぎしながら帰ってきたな、とか。
こりゃ、大変と私も一緒に学校に行き、先生にお話を聞いて、たいそう探しましたが結局、見つからず、しばらく兄の黄色い帽子を被っていたけれど、彼は切ない顔をしていたな、とか。
その後、学校で自分の黄色い帽子が見つかって、やっぱり二段重ねて、にこにこの笑顔で帰ってきたな、とか。
ああ、紅白帽子を筆箱に入れて帰ってきたこともありました。
その筆箱中には、持っていたはずの6本のえんぴつが、1本しか入っていなかったです。
消しゴムは……学校で落として、迷子になったのでしょう。
なかったです。
その代わりに、きれいに二つに折りたたまれた紅白帽子がありました。
「なくしちゃいけないと思ったんだ……」
そう神妙な声を出す次男に、私はスンと目を据わらせながら「紅白帽子は体操着袋に入れようね」と言ったものです。
このように、帽子について様々な歴史を持つ次男。
今日もまた、彼と帽子の歴史がひとつ刻まれたな、などと感慨深くなりました。
この格好で帰り道を歩いてきたのか、と思うと、なかなかのつわものです。
ちなみにこの話には、続きがあります。
家の前にハトがいたという話ですが、よくよく話を聞いてみると、どう考えてもカラスです。
「黒い鳥で、ゴミをつっついていたんだ」というので、名探偵ではない私でも分かります。
それはカラスだ。
その話を旦那に言うと、次男にこんこんと「カラスは雑食なんだ」と教えていました。
次男は「ほぉー」という顔で聞いておりました。
我が家は、ゆかいだなと、しみじみ思う出来事でございました。
おしまい。