迷宮の怪物 終
「あれ、まだ生きてる。しっっぶといな……ゴキブリを思い出すね。」
下半身を切り離された状態で何故かまだ生きてる。気も失われていない。なんとか張って逃げれないか、そう思ったが、流石にほふく前進もできそうになかった。
出血がとまっている。
こんなこと魔法以外あり得ない。
「サクッと終わらそ」
刀が躊躇なく振り下ろされる。
「神ノ木さん!!!!!!!!!」
せいいっぱいの声で叫んだ。
刀は、体に突き刺さる前に止まった。
「………えっ…………………………………どなた……ですか?」
気だるげな雰囲気はなくなり、困惑と焦りを感じとれた。
「…俺だよ。…田中隼人。2個前の席の、覚えてる?」
かなり困惑している。わかる。今おれも、かなり複雑な気持ちだ。
これは感動と衝撃と殺意と憎しみが入り混じっている。
ハッとした神ノ木さんは刀を鞘にしまう。
「え、田中くん、だったんだね。ごめんね。他の人間と同じにように切っちゃって、今治すね。同郷と会えるなんて思わなかったから……」
神ノ木さんは早口で言葉を紡ぎ、いそいそと俺の下半身を軽々と持ち上げ近くに置いた。
「精霊よ。」
その一言で言葉では言い表せないような体が再生していく感覚を感じる。臓器がもとに戻っていく気持ち悪さを感じる。
得体のしれない恐怖を抱きつつ、彼女のヒールは次元が違うということが分かった。
体が数分もたたずに元に戻っていく。
この隠し扉に入ったがここは四角い部屋があるだけで抜け道は一つもなかった。きっとあのままだったら助からなかっただろう。彼女の登場で一変したが、彼女のおかげで生き残ってしまった。
「……ありがとう。神ノ木さん。助けてくれて。」
「切ったあとに助けてるから、助けたことにはならないけどね。」
神ノ木さんはおどけて言うが、この感じは神ノ木さんで間違いない。昔の恋心が戻ってきてしまう。
「まぁでも、見た目が変わったからさ。仕方ないよ。もう5年前のことだし。」
「5年もたったんだ!そうだよね、ヒゲもたくさん生えてるし、少しやつれて大変だったね。」
そう。委員会で喋ったときもこうだった。
はず……
なんだが、違うかもしれない。
もっとこう。お淑やかで、清楚で………
まるで三上さんと話してるみたいだ。
顔立ちは神ノ木さんなのに。
明るく、元気で、でもギャルで少し生意気な三上静香さん。
神ノ木さんと仲のいいギャル。
「神ノ木さん、三上さんはこの世界に?」
「………………」
「ごめん………答えたくなかったらいいんだ。」
「………………」
「田中くんは召喚されてからどうだった?私とは同じところじゃなかったよね?他にもいた?」
「俺は草原で倒れてた。何もないところで制服にスマホだけもってこの世界にぽつんとひとり、周りには怖い魔物がいっぱいでサバイバルって、感じの生活だった。ひどいもんさ。」
「ふー………ん。そっか。大変だったね。あ、少し待ってね。うん。うん。でも今は……もっと活用して……」
独り言をつぶやきながら壁をみて話している。
まるで電話をしているようだ。
そしていま、この時、最大のチャンスかもしれない。タイラーの方を見る。やはりあの時俺がギリギリ生きていたのはタイラーのおかげだ。
タイラーは生きている。
虫の息だが胸が上下したのを見逃さなかった。
(相棒………)
再生したばかりの体を動かし、産まれたての子鹿のように立ち上がり、タイラーを救いたい。
隠し扉の部屋から壁を伝いつつなんとか抜け出し、右手に出口を確認しながらタイラーを見る。
あの真っ二つになってしまったていたタイラーはその身体を再生しつつあった。
痛みで気を失わず、目覚めた魔法の力をずっと使っているということだ。並大抵の精神力では不可能な荒業だろう。
タイラー、あんたは凄いや。
階段下まで降りた神ノ木さんを見つける。そこではゴブリンたちが体の傷を治してもらっていた。
わかっていたが、やはり人の、人類の敵になってしまったのだろう。
俺は、この世界でお世話になった人たちに恩返しがしたい。なんとか繋がった命、鉱石や荷運びで終わらせない。
ヘビの残骸をのぼり、真っ二つになったミノタウロスの死体を超えた、
タイラーが微かに息をし、揺らぐ瞳でこちらを見る。
(タイラー…生きてるよな?お前のお陰で生きてる。ありがとう。まだ活路は辛うじて残っている。逃げれるか?)
(ああ…………お、まえも……逃げろよ…あれは化け物だ…)
(もちろん。先に可能性を作る。どういう訳かその化け物のことは俺が少し知ってる。だから少しでも情報を引き出して、この異変について報告を上げてくれ。俺ももちろん逃げるが、まだどうなるかわからない。頼んだぞ。相棒。)
タイラーに小声で伝え、タイラーの下半身と上半身がくっつきつつある現状を確認し、一瞬で再生した俺にかけた魔法が異常であることも確認できた。
神ノ木さんは俺が勝てる相手ではない。
ならばこその、同郷であることを理由に生かしてくれたこの状況をうまく利用したい。
神ノ木さんに近づきつつタイラーが下から見にくい地点で止まる。
ゴブリンの治療を終え、ゴブリンたちが皆の亡骸を奥へと運んでいく。
あの片腕になったゴブリンはあえてなのか、片腕、隻眼のまま、近づく俺をギラついた目で睨みつけていた。
神ノ木さんがこちらを見やる。
瞳が金色に輝きを見せている。
松明の明かりはあるが、暗い迷宮の階段ではその輝く瞳が美しくも恐ろしい。
「あれ。もう動けるんだ。凄いね。……それで、逃げなくてよかったの?」
背後を気にしながら、進んでくる神ノ木さんの足音ととともに心臓が脈を打つ。
「なんだよ……逃がしてくれるのか?」
ニヤリと笑っている。
「逃げれるならね」
刀が抜き身になっている。
生唾を飲み込み、汗が額から顎先に落ちていく。
「じゃあ、あとで逃げさせてもらうよ。……神ノ木さん。同郷のよしみでさ、教えてほしい。なんでこんなことになってしまったんだ?」
「…これのこと?」
角を指さす。伸びた手のひらの爪はすべて黒く、鋭く尖っていた。
しかし、それだけではない。
「それもだが、こうやって人を、殺して……この隠し扉とか、逃げようとした俺たちが逃げられないようにした配置、君がやったんだろ?」
「そう……。ちょっと人間の死体が必要で…」
喋り方が少し冷たく突き放す感覚が出てきた。三上さんのような明るい喋り方とは違う。神ノ木さんの喋り方だ。
「死体が…?」
少し後ろをみる。体を引きずって、ミノタウロスとヘビの死骸が重なって丁度死体の隙間を縫って這いずっていくタイラーの音が聞こえないように、見えないように前に移動しながら声を大きくする。
「死体が必要だなんて!まるでネクロマンサーみたいだね!俺等はあの時とは別人だ!俺も生きるためにゴブリン達を殺した。何体か回復してたから殺せてはないかもしれないけど……神ノ木さんはどんな目的で死体を集めてる!その姿と関係があるのか!?」
「…………煩いな。それを知ってどうするつもり?同郷だから死なないと思ってる?さっき回復したのは聞きたいことがあるからよ。逃げられはしないわ。」
コツコツとローファーの足音が階段に響く。
「……ごめん。質問ばかりして。ただ、聞いてほしい。俺は昔、高校生のころ、委員会の時に君と話して、君の事を知った。」
徐々に近づいてくる神ノ木さんはその刀をいつでも振れる位置に持っていき、構えている。
不敵な笑みを携えて、俺の言葉を聞いてくれている。
「君と話したことは委員会が初めてだったけど少しずつ気になって、いつの間にか…好きになってた。あのときは言えやしなかったけど。こんな世界に来て色々知って、成長して、またこうやって出会えた。どんな姿になってようが、どんな境遇だとしても、伝えたかった。神ノ木奈々さん。君が好きだ!」
進んでいた足が止まった。
神ノ木さんは明らかに同様していた。赤い肌が更に赤くなっているのか、エルフのような耳もぴくっと動いていた。
「………………………本当に?」
「本当だ。」
「…………私のこと何も知らないくせに。」
「知らない。でもこれから知っていきたい。君がこんなことしてるのも何か理由があるんだろ?」
「………理由は、…、いや、言っても理解できない。」
「そんなことは………」
ない。そう言おうとした時、足首から下の感覚が失われた。アキレス腱が切られた。先程まだ遠くだった神ノ木さんがいつの間にか後ろに居たことに気づいたのは強烈な痛みの後だ。
立っていられず前のめりに倒れてしまった。硬い階段にぶつかりながら頭を強打しないように守る。
「へぇ、あなたも魔法が使えるのね。」
出口にもうすぐのところで扉を閉じられてしまった。タイラーの巨躯を片手で軽々と持ち上げ、俺のほうへとぶん投げて来た。
その巨躯は俺にぶつかり覆いかぶさる形で転がっていく。
「がはぁ…………すまねぇ。相棒。あとちょっとだったんだがな。」
神ノ木さんは片手間にミノタウロスを回復する。
瞬時に上半身と下半身が元の姿を取り戻す。
ヘビは流石に絶命していたようで治しもしなかった。
「さっきの変な告白なに?ばっかじゃないの?」
「…魔法使いもいるようだし、材料として申し分ないわ。連れてきましょう。」
一人で喋っているはずなのに二人で喋っているかのような喋りに不気味に感じるが、それよりもこのあと起きる事への不安は拭えない。
「ま、待ってくれ。……逃がすために喋ったことは事実だ。でも、ホントに、ホントに好きだった。」
「そ……私は、あなたの、こと覚えてないわ」
「さて、私のマイホームへご案内。」
そう言って先に進む神ノ木さんに続き、元に戻ったミノタウロスが大人しくついていき、タイラーの俺を担ぐ。抵抗もできずただ言いなりに持っていかれる。
松明のある一層から二層へ進む扉の向こうへと運ばれていく。ゴブリンたちの行進に追いつき、俺たちは、暗闇に消えていった。