軽薄な青年のかくしごと
大体5話ぐらいで終わったらいいな。タイトルは最終話で変更します。
本日の王都は、見事に晴れていた。
道ゆく人々の顔には余裕が生まれていて、休日らしく、ゆったりとした時が流れている。それは、この喫茶店も同じだった。
「じゃあさじゃあさ、ノルンはどうだ? エミリーは? フィオナは?」
テオドール・フランセは、机を挟んで座る同僚の青年に、まさに軽薄といった笑みで、女を薦める。皆、良い子ばかりだ。きっと、この堅物も気にいるだろうと思いながら。
だが。
ソーサーにカップを置いた青年は、テオドールの終わりのない会話に終止符を打つように溜め息を吐き、見る者を竦ませる極寒の瞳で、こちらを見る。
「却下だ」
「彼女たちの何が悪いんだよ、はぁ〜っ、さ、す、が! 御曹司様は理想が高うございますこと。私たち平民とは違いますねぇ〜!?」
一気に柄の悪さを露呈したテオドールに、青年は悪いと思ったのか、少しだけ、口元に微笑を浮かべた。
「お前が分け隔てないだけだろうが」
違った。普通にこちらへの非難だった。気のせいだろうか、彼の額には、青筋が立っているような。
「いい加減にしろよテオドール。誰でも良いわけじゃないんだ」
「……そんなのわかってるよ」
御曹司様は、その魂さえも高潔だった。
この喫茶店を選んだのは、テオドールの方だ。内部で沈んだ話をするよりも、こういう日の光があるところで話したほうが良いと思ったから。
たしかに、誰でも良いわけではないのだ。女の子をモノみたいに扱ってはいけない。
「条件に合う人間を連れて来い」
条件に合う人間なら、いる。
「たとえば」
テオドールは、へらへらと笑った。そいつの話題が出るのは、もう、ずっと前からだ。
「お前の姉のような」
同僚との会話を楽しんだ後。テオドールは、いつもの公園に向かった。
「ママ、見て見て! ほらっ」
一人の少女が、天に向かって、ちょうど、何かを掬うように両手をあわせて翳していた。すると、少女の何もなかった手のひらには、みるみるうちに水が溜まってきた。
「これをね、お花に掛けるんだ」
両手に水を溜めたまま、たたっ、と走って、少女は花壇に咲いている花へと水を掛けようとする。しかし、走っている間に水はこぼれてしまう。
もっと花壇の近くに寄ってから、水を生み出せば良いものを。
テオドールは苦笑しながらも、少女の心優しい行為に、心を和ませていた。
「よっ、シェナ」
「あっ、お兄ちゃん!」
片手を挙げながら、シェナの元へと近づいていく。シェナは、表情を明るくさせながら、テオドールの元に走ってきた。そして、腰に手を当て、眉を顰める。
「聞いたよお兄ちゃん。また、女の人と遊んだんだって?」
「げっ、お前どこでそんなことを」
「シェナ、悲しいなぁ。お兄ちゃんがそんな人だったなんて。ほら、涙が出てきちゃった」
「うそつけ。お前それ、魔法で出しただけだろ」
目尻から不自然に涙を出す幼女……シェナの頭に、テオドールは軽く手刀を入れてやった。
「わーんママぁ、お兄ちゃんがいじめるぅ」
「またシェナが余計なこと言っただけでしょ? ごめんねテオドール君。シェナ、貴方のことが好きだから、嫉妬してるのよ」
そばに来た母親が、シェナの頭をよしよしと撫でるついでに、頭を下げさせる。
「テオドール君も、遊びたいざかりだものね? 私は特に何も言わないわ」
「って言ってる時点でママも言ってるんじゃん。べ、べつに私、嫉妬なんかしてないし?」
「それならそれで、俺寂しいなぁ〜」
テオドールが同じくシェナの頭を撫でようとすると、さっ、とシェナがそれを避ける。
「この女ったらし! テオドール!」
「二つ目はどういう意味だこら」
「さて、どういう意味でしょ〜?」
キャッキャと笑うシェナを、テオドールは追いかけるふりをする。
……何もない空間から水を生み出す。
この奇跡の御業を成し遂げた少女に対しては、少々薄い反応かもしれないが、これが、この国の日常なのである。
この国に、『魔導師』と呼ばれる人間が認識されるようになったのは、最近のことである。
一人目の魔導師は、田舎の寒村で生まれた。一人目といっても、最初に発見されたという意味で、だが。
この最初の魔導師は、火に関する魔法を操ることができる人間で、村で重宝されていた。
二人目の魔導師は、一人目の魔導師とは違う道を歩み、三人を殺した後に死刑になった。魔導師は普通の人間のように歳をとり、殺せる存在だと判明した。
この二人目の魔導師の起こした事件は、大なり小なり世間を揺るがし、やがて、この国で発見されていた普通の人間とは違う人間を、『魔導師』と総称するようになった。
といっても、『魔導師』は、不思議な力を使える以外は普通の人間であり、何より、王族にも現れた突然変異であるから、シェナのように、人々の生活に溶け込んだ存在となっている。
「いっそ、魔導師から魔導師が生まれるようになっていれば良かったんだ」
暗い階段を降りながら、テオドールはそう呟いた。鉄製の分厚い扉を、ゆっくりと開く。
「テオ、来てくれたのね!?」
歓喜の声をあげるのは、やつれた茶髪の女。だが、彼女の表情は、一瞬にして沈んでしまう。
「テオ、どうして、そんな格好をしているの……?」
「簡単なことだよフィオナ」
あいも変わらず軽薄な笑みで、テオドールは帽子を被り直す。
「俺が、軍部の人間だからさ。君に近付いたのは、“材料”を得るため。な、御曹司殿?」
「その呼び方をやめろ」
檻の前。直立した青年は、テオドールと同じ、軍服を身に纏っている。一歩、檻に近付いた。
「フィオナ・エルシェラ。お前には、実験に付き合って貰う」
「じ、実験?」
驚愕するフィオナに、テオドールは蔑みの笑みをくれてやる。
「こんな時代にはできない人体実験だよ。俺みたいな人間にほいほいついてく女には、お似合いの最期だ」
魔導師から魔導師が生まれるようになれば、ことは簡単だった。“血”さえあれば、我が国は、発展をしたはずだった。
ところが実際はどうだ。普通の人間から魔導師は生まれ、また、魔導師から普通の人間が生まれる。これでは、魔導師の量産だってできやしない。
世間様の倫理とやらが、軍部の実験を邪魔するので、こうして、地下でこそこそするしかないのである。
女の悲鳴を背景に、テオドールは、ぺらぺらと紙の資料をめくる。それは、被験候補者のリストである。
もっと、もっと女を調達しなければ。
そこに見知った名前がある限り。シェナ・ルーステッドの名前がある限り。
ーー全部の女を、この悪魔に売り渡してやる。