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星の加護クズおじさんがオリンピック日本代表?

作者: たのすけ

━━ダメだ! バレてる! もう言い抜けできない!━━

 目の前の冬美は目にいっぱい涙を溜めて真っ直ぐにタノスケを見ている。顔を真っ赤にしながら先ほど一つ一つ証拠を指し示した自身の右人差し指を左手でギュッと包んで、しかし、こんな非常にして他罰に徹してもよさそうな時でも、冬美の表情が毎度のごとく今回も攻撃的にならないことを確認すると、タノスケの心の中では冬美に対する尊敬と愛しさが爆発。んで、何故にどうして自分はまたもやくだらないマチアプ女遊びなぞしてしまったのだろうと超絶激しい後悔心地。そのいたたまれない心地のまま、逃れようのない、いくつもの完全証拠を突きつけられ、もうダメだと、もう言い抜けできないと、タノスケは悟ったのだった。

 そして、完全なる諦念から愁眉を開くと、刹那、タノスケは土下座をかました!

 普通の土下座ではない。超高速スーパー土下座である。

 そも、タノスケは〝プロの土下ザー星〟の下に生を受けているのだが、冬美と暮らすこの三年の間にかまし続けた数十回の土下座により、すっかりその天賦の才を開花させ、タノスケは悠々とプロ化に成功していたのだった。

 もうだめだ! 土下座して許しを請うしかない! と悟ったその百分の一秒後にはタノスケは全身からの〝濃厚メタモルフォーゼ感漂わし〟を完了し、そこから十分の一秒後には地上から約一メートル地点の空中にて土下座の姿勢が完成、更にそこから十分の二秒かけて床へと落下したのだ。そして落下の際、両手の平、両肘、両膝、両足の甲を同時に着地させることが極めての重要事である。各所の着地がバラバラになると、それは着地時に出る音が分散することで分かるのだが、そうなると怪我をする可能性が跳ね上がるのだ。そも、怪我をしたらもうそんなのは何をどう糞理屈をこねくり回して取り繕って言い抜けを謀ろうとしてもプロ失格なのである。プロは怪我をしない技術を身につけた者の異名でもあるのである。

 怪我のリスクを下げ、決まれば誰の目にも美しさを感じせしめる、それがプロ土下ザー着地である。その原理は、柔道やプロレスの受け身の原理と全く同じである。地に着する全身の各箇所、その着地瞬間の音が、ドシ! と一つの音にしか聞こえぬくらいに全く同時に着地することで最も着地の衝撃を分散させることができるのである! これは基本中の基本である! プロ土下ザーならば全員できなければならぬ、出来なければすぐにプロ看板を降ろさねばならぬくらいの基本中の基本なのである! この基本中の基本たる着地をまったくの無意識でもって毎回オートマチック完全に成功できるようにならなければ、プロ土下ザーとは到底呼べないのである! 立派なプロ土下ザーになるには、そういう基本を大事に大事に繰り返し、ゆめゆめ疎かにしないことが、それはメジャーの大谷を見ても分かるとおり、とてもとても大事なことなのである!


 んな話はいい。そも、こんな場面で大谷選手を引き合いに出してはならぬ。不敬である。


 ともかく、んなわけで、タノスケはマチアプを駆使した色妖怪ムーブの証拠を掴まれ、一瞬で観念、んで、今回で都合三十五回目となる超絶高速スーパー土下座をかまし、着地も〝ドシ!〟と完全なる一音で決めてみせたのである。

 んで、かてて加えて今回も自身の持つ記録を更新したのである。スタートから着地までの時間は、まさかの十分の三秒ジャストであった! これは世界記録である。しかも、ただの世界記録ではない。そも自分が打ち立てた記録を誰にも塗り替えられていない状況でセルフ塗り替えをしちゃうという、他の追随を許さない感が凄すぎる塗り替えカウント方式で数えると、三十四回の世界記録更新なのである。あのウサイン・ボルトですらオリンピック百メートル走と二百メートル走において自分の記録を自分で塗り替えるというセルフ塗り替えの記録は二回なのに、である。

 こんなことを言うと、そも、土下座なぞオリンピック競技でないだろうとの反論もあろう。ごもっともな反論である。だがしかし、考えてもみてほしい。走る、投げる、跳ぶなどの人間の基本的な動きが競技として認められ、オリンピックで金メダルをかけて争うことが許されているのに、なぜに同じく人間の基本的な動きである土下座にはオリンピックで戦う権利が認められていないのだろう。

 もっとさらに言えば、土下座には芸術性がある。確とある。完璧に決まった時は高貴な輝きで辺り一帯が満たされ、目撃者一同はそのあまりの美しさにしばし声を失うほどである。まさに、真の美には人間を絶句させる力があるというやつだ。

 また、考えてもみてほしい、同じく芸術性を競技の評価基準の一つとして認められたものは体操やフィギュアスケートなど他にもあるのだ。それらのことを考え合わせれば、現在に至るまで土下座がオリンピックの正式種目でないのは極めて不自然だと言わざるを得ないし、申し訳ないが、そこには何らかの不正や利権の匂いがプンプンプン、タノスケには匂うのである。

 しかし、もしも、もしもの万が一、そんな不正や利権の構造なぞ存在せず、ピュアピュアに単純な手落ちにより土下座がオリンピック種目から漏れているのであれば、これは、申し訳ないが、これはとんでもない、故意と言っても過言ではないほどの重大ま過失だと思うし、また、JOCだか国際オリンピック委員会だか知らぬが、その組織の職務怠慢により、自分は相当割を食わされ損失を被っているということにもなると、決して被害妄想なぞではなく、そうタノスケは思うのである。

 なぜと言えば、もしも土下座が正式の種目であるならば、自分こそが日の丸を背負い、世界の舞台で戦うことになるとの揺るがぬ自信と自負がタノスケにはあるからである。

 だが、それなのに、タノスケは事を荒立てようとは思わない。荒立てても結局は負けるから、ではない。こんなことで争うのが気分が悪いから、でもない。また、争うのは面倒臭いから、でもない。タノスケは〝高倉健の星〟の下に生を受けているからである! だから、ひたすら耐えるのである。どんな強烈無慈悲、不当下劣な風雪が正面より吹き荒ぼうとも、微動だにせず、表情一つ動かさず、ポケットに手を入れることもなく、直立不動、ただただ日本男児として、大和魂を胸に熱く灯し、ただ耐えるのである! 映画『鉄道員ぽっぽや』を観てくれい! んで、その原作となった小説も読んでくれい!


 だ、か、ら、何!



 土下座。床に額を擦りつけて、タノスケは謝り続けた。そのタノスケの情けない姿を冬美は涙をポロポロ流しならがら見下ろしている。

「もう、決していたしません! 今度こそ心を入れ替えます!」

 叫ぶような涙声で、タノスケは何回も何回も謝り続けた。こうやって謝れば、恐らくはあと数分で、冬美は関係修復の気配を漂わせ始めてくれるだろうと、過去の経験から、そう予想しながら。

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