8話「キセキの洞窟①」
魔王討伐の旅に出た少年・ユーシャと全裸で村をうろつきまわっていた痴女・エーダ。
逢魔が時に二人は出会い、そして夜が明けた──。
……。焚き火に当たりながら一晩を過ごした二人だったが、あらぬ誤解を招かぬよう、お楽しみな事は何もなかったと明言しておこう。
「……うん、よし。ちゃんと服を着てるな」
「そ、そんなの当たり前でしょ⁉ まるでいつも裸みたいに言わないでよ‼」
「説得力が欠片もねえよ!!!」
──それよりも、私の事がちゃんと見えているのか──会話をしていながらも、いまだにエーダは自分は人に認識されているのかと不安感を拭えずにいた。
だがそれは無理からぬ事だろう。あれだけ声を掛けてもせいぜい一瞥するのみで空気のような扱いをされていたら自分の存在を疑ってしまう。それはユーシャも痛感していた事だった。
ユーシャはエーダにもう一度ヘイサ村を見て回ろうと提案した。無駄だとは思うが、最後にもう一度だけ確認しておこう。もしかしたら昨日は外に出てこなかった村人がいて、その人は自分達を認識して会話が出来るかもしれない。何よりなぜこのような事態に見舞われているのかをユーシャは解明しておきたかった。
──随分と前向きなのねと独り言のように呟くエーダ。ユーシャは彼女に昨日のような痴態を晒した背景を明かそうと色々訊ねた。
エーダ・スバラバディ──。来月で二十歳を迎える彼女は自由気ままに生きていた。
趣味で世界を巡り、何にも頼らずその身一つで野外でも難なく過ごし、逞しく生きる父の影響を色濃く受け、彼女も大自然の申し子のような父を真似て数日前から近くの小島まで泳いで渡って無人島生活をしていたのだが、不意にイカダを作ってみたくなったらしく実際に作り上げて今度はこの大陸に渡り、そしてヘイサ村に辿り着いた。
……。少年は驚きのあまり声が出なかった。人を見た目で判断するのはどうかと思うが、可憐で大人しそうな彼女がそんな豪快で大胆な行動をするとは思いもよらなかった。だが──。
「全裸になる要素どこにもなくない?」
全くもってその通りである。──違うのよ、と慌てて弁明しはじめるエーダ。
ヘイサ村に辿り着いた彼女はユーシャ同様に村人に話し掛ける。だがしかし一人として会話になる事はなかった。どうにもならない状況に業を煮やしたか、森の夜の寒さ凌ぎも兼ねて村の外れで焚き火をするのだった。それが何か切っ掛けになればと思ったが、期待も空しく何も起きる事はなかった。
今までの人生でこんなにも相手にされないなんて事はなかった──。孤独に耐えかね絶望の淵で泣きたくなる気持ちを抑えて彼女は──。
「もういいや脱いじゃえって」
「やけくそな結論を出すな‼」
めちゃくちゃじゃねえか。起因と結果が全然繋がってないんだけど。「雨が降ったから踊ろう!」くらい繋がってないんだけど。
しばらく村を歩いていると、ユーシャの視界に老婆の姿が入った。
──あのおばあさん、昨日は見かけなかったな──。
やはり諦めずに粘ってみるもんだと、ユーシャ達は意気揚々と近づいていく。
老婆はこちらを一瞥し、やはりすぐさま向きを変えて一緒にいた村人との会話に興じた。
「お前さんは見ていないかい? 宿屋の倅──フーメイの姿を」
「いんやあ見ちゃいねえなあ。フーメイがどうかしたのかい?」
「探していたんだよ。宿屋の主人がね」
「森にでも遊びに行ったんじゃないかい? あいつはこの村で一番落ち着きがねえからな!」
がははと笑う村人を余所に、老婆は心配を募らせているようだった。
「まさか行ってはいないだろうね、この村より北のキセキの洞窟に……!」
キセキの洞窟──その言葉にユーシャ達は反応した。
老婆の様子を察するに何やら危険な場所のようだが、一体何の話をしているのかまだ全容が見えてこない。二人は会話の続きを待った。
「ええ? あの洞窟って何かまずい事でもあったかね?」
「棲みつくようになったんだよ、魔物がね。飲んでいるのさ、あの雫を」
「ひゃあー。そんな事になってたんかい。あの雫を飲むだなんてわっかんねえもんだなあ。確かキセキの雫って言ったかね?」
「そう。そして魔物だけじゃあないんだ、物騒なのは。視えるようになるらしいのさ、あの雫を飲むと──」
──‼ 視える──⁉ ユーシャとエーダは目を合わせる。この村の誰にも相手にされていないユーシャとエーダにとってその雫は垂涎のものかもしれない──。
こうはしていられないと、二人は一目散に北の洞窟に向かって走り出す。
老婆と村人はそんな若者二人の後姿をじっと見つめていた。
「……思った通り行ったなあ」
「あぁ……。……試させてもらうよ坊やとお嬢ちゃん。あんた達の行動をね……!」
「通じるから別にいいんだけんどよ。婆さん、あんたぁいつもそんな倒置法みたくしゃべって疲れないのかい?」
「……もう直らないよ。小さい頃からのこの癖はね」
「ね、ねえ。その洞窟って私達が入っていいのかな」
「ダメだったら後で謝ればいいさ。それにホーメイ? だっけ。いなくなった人って。その人がもし洞窟に入っていったんなら、魔物に襲われるかもしれない。知らない人でも痛い目に遭うのはやっぱ後味悪いよ。ついでに俺達で助けちまおうぜ」
お人好しな少年を見てエーダは微笑む。そうこうしている内に、それらしきものが見えてきた。
キセキの洞窟。ヘイサ村より北──大陸の端の隆起した部分に洞窟の入り口はあった。
北半球東部のこの大陸にある洞窟の入り口は太陽を背にした形になっており、近くの森も相まってか決して陽の光が入る事はない。まさに一寸先は闇といった所だろう。
だが、二人に躊躇する様子はない。思っている以上にいないもののような粗雑な扱いは辛く堪え難かった。他の思惑もさておき、とにかく今は行動あるのみである。
「ちょっと先さえ暗くて見えない……。松明でも持ってくりゃよかったかな」
ユーシャがそう呟くと、エーダはおもむろに木の枝を拾い上げ、所持していた道具を使ってあっという間に松明を作った。
「……何でそんな用意周到なんだよ」
「何でって、何も用意せずに野外生活なんてできないわよ」
あぁそうだった。即席で何かを見繕うなんて事は、一人でサバイバルに励む彼女にとって生活の一部みたいなものなのだろう。
──よし、行こう──! こうして照明の問題もあっさり解決した二人は、ついに洞窟の中に足を踏み入れたのだった。
「キセキの洞窟②」につづく。