74話「レストランにて」
何故、自分が全裸なのか。何故、裸体を見せたがる女に裸体を見せつけているのか。何一つ状況を理解できていない勇者に、エーダは悔しそうに説明した。
「私だってあなたに私と同じ所まで昇り詰めてほしくなかった!」
「どういう立ち位置⁉ 全裸は上位の特権なのか⁉ 何の位付けだ‼」
エーダとフアムは湯船の中に沈んだユーシャを協力して引っ張り上げ、バスタオルで体を隠したのちに何とかして部屋まで運び込んだ。あとは私に任せて──倒れたユーシャの体を拭き、衣服を着せる作業をエーダは一手に引き受けた。体を拭いているそのさなかである──。
「あのっ、何だか体が火照ってきちゃって……」
「俺の緊急事態に発情すんなや! だったらフアムに任せればいいだろ!」
「ダメよっ! 十三歳の多感な女の子に『我、ここに在り』みたいなブツを見せてしまうようなマネを──」
「そんな主張してねえよ! ただぶらさがってるだけだよ‼」
とにかく、無事でよかった──元気にツッコむユーシャを見てエーダは安堵の声を上げた。彼女の顔とその声を聞き、全裸の少年も落ち着きを取り戻し、まずはそばにあった自分の衣服を身に付ける。
「あー……その、ごめんエーダ。まずはありがとう、だよな」
「ううん、いいのよ。あなたが無事だった事に比べれば、私のお株を奪われたような口惜しい気持ちなんて些細なものだわ」
「こちとら本意で裸になってんじゃねえんだよ。変な対抗意識燃やすんじゃねえ」
エーダと対面しているユーシャの目に、彼女の奥でフアムが佇んでいるのが映った。二人のやりとりを聞きつけておっとりとやってきたようだ。
「朝から元気だねえ若いお二人さん」
「うるせえ最年少。壁に背を預けてニヒルに笑ってんじゃねえ。どういうキャラしてんだ」
ツッコミ所に的確に対応したユーシャは、フアムにも昨晩の事で感謝を伝えた。
「フアムにも迷惑かけちゃったな。助けてくれてありがとう」
「いいよ。それよりもエーダの方が大変だったよ。何だかジンジンしてきたとか言い出して股を──」
「フアム、ストップ! フアムさん一旦お口チャック! 何も言わなくていい! そしてエーダお前は一体何してんだ‼ 何をしようとしてたんだ‼」
エーダは顔をうつむかせてその後を話そうとどこか躊躇いながらも口を開いた。発情女の表情を見て危険を察知したのかフアムが両手でエーダの口を塞ぐ。そして話を逸らすようにユーシャに話し掛けた。
「おなかすいちゃったからご飯食べに行こうよ。おなかをすかせた少女を放置して虐待勇者と呼ばれる前に」
「そんな噂が流れるとしたら出所は俺らじゃねえか。自作自演で悪評が流れてたまるか。でも飯は賛成だな。うん、下に降りよう」
エーダもはやく来いよ──ユーシャの声に、しおらしく返事をして二人の後を付いていく。すっかり腹を空かせた一行は一階のレストランへと向かった。
「あれー? 朝早くだってのに結構人いるなあ」
丘の上にあるホテルのレストランは一般開放されているらしく、食事を取っているのは宿泊客だけではないようだ。日が昇ってからまだ間もないにもかかわらず、レストランはそこそこの賑わいを見せていた。
「あの人何してるんだろう?」
「え? あら──」
レストランをきょろきょろと見渡していると、フアムの目に一人のウェイターが映った。遠目からでも明らかに見て取れるほどウェイターの男は慌てふためいている。しばらくウェイターの狼狽ぶりを見ていると、厨房からベテランの風格を漂わせる女性が現れ、何かを手に持っている彼に声を掛けた。
「どうしたの? 何かわからない事でもあるの?」
「あ、先輩。いや、若い女の子がこれを落としていったんですけど、いやそうじゃなくて」
落とし物をしたがそうではない。では、その手に持っているものはなんだろうか──? 落ち着かないウェイターを怪訝そうに見ている先輩──ベテランの女性従業員にあくせくしながら男は申告した。
「そうじゃなくてじゃなくて、えっと」
「そんな慌てなくていいから。落ち着いて話しなさい」
「は、はいっ。あの、これを落とした女の子──」
会計しないで出て行っちゃったんです──! 若いウェイターの証言に目を丸くした先輩は、ウェイターが差し出している若い女の子の落とし物を確認する。そして安堵したような顔で慌てる男をなだめながら言った。
「あぁそうか! あなた入ったばかりだから知らないのね! 大丈夫よ。その子のお代はもう貰ってるから」
「え? でも、そのまま出ていきましたよ⁉」
「彼女はここのオーナーの娘さんよ。オーナーは来店するたびに沢山にチップをくれるんだけど『娘や屋敷で働く子達が来たらこのチップを前払いという事にしてご飯を食べさせてあげてほしい』って言われてるの。ごめんなさい。彼女が来た時にあなたにも伝えておくべきだったわね」
はあ──納得したのか判然としない表情を浮かべている男の肩をぽんと叩き、ベテラン従業員は男からオーナーの娘が落としたとされる花の形をしたヘアピンを受け取った。
「あっ! ねっ、ねえっ! ユーシャっ! あれ見て!」
レストランで働く二人をやり取りを遠くから見ていたエーダはウェイターからベテランの女性に渡った落とし物を目ざとく見逃さなかった。
「なんだ? 花飾りかアレ?……!」
ユーシャも何か察したようだ。真剣な表情でエーダに話し掛ける。
「エーダ……」
「うんっ! あれ、もしかして──」
「もし、オシャレしたいっていうなら今は金ないけど必ず──」
「違うわよっ! メイドさん達の言葉を思い出して! お嬢様の特徴!」
──黒髪のロングで前髪の左こめかみ付近に花の形をしたヘアピンを付けて──。
「あのヘアピンってフローラルで水臭いお嬢様が付けていたものじゃない⁉」
「……っ! フロー……え⁉ それ何⁉ メイドさん達そんな事言ってたっけ⁉」
「違うよ」
「もうっ! あなたって本当に忘れっぽいのね!」
「そもそも違うよ」
……。エーダはメイドから聞いたマジュの特徴だけではなくフアムのボケまでしっかりと記憶していた。フアムはわちゃわちゃしている二人をよそに話を本筋に戻す。
「とにかく、さっきまでお嬢様がここにいたのか聞きに行こうよ」
長らく不明だったウィズアルドの令嬢の消息。その糸口を見つけた一行は事実を確認すべく、従業員のもとに駆け寄った。




