73話「手掛かり」
「お嬢様は……それに、ユーシャ達も無事かしら……」
マッカチョッカ大陸西側の港町ホクシーに滞在しているウィズアルド家に仕えるメイド・スピードアは、屋敷での仕事がないのにもかかわらずいつも通りの時間に規則正しく起床した。所在の知れないマジュと、そんな令嬢を探すのに協力してくれたユーシャ一行。朝焼けに染まる遠くの空を眺めながら彼女は思いを馳せていた。
ウィズアルドの令嬢と離れ離れになってから随分と日が経つ。いくら旅慣れているとはいえ、ウィズアルド家の一人娘マジュは単独での旅などほぼほぼ皆無に等しい。それに加えガラが悪くやかましい魔物の件もある。どこにいるのか見当もつかない現状が、より不安感を増長させていた。
「あれえ? ウィズアルドの倅のとこのメイドさんじゃないか?」
物憂げな表情をしているスピードアに、一人の男が声を掛けてきた。彼女は少し怪訝な顔になるも、驚いたのちに、すぐに朗らかな表情に変わった。
「行商のおじさま! こんな朝早くからお仕事ですか?」
「あぁ! 何でも向こうの大陸の国の新しい国王が金遣いが荒いってのを仕事仲間から聞いてね、ちょっくらどんなもんか見に行こうと思ってさ。商売のチャンスだな!」
スピードアに話し掛けたのは、ヌクインの町で何十年も物売りに勤しむ行商の老人であった。ウィズアルドの倅──マジュの父である現領主をそう呼ぶ男は、かつては幾度も商品を卸しにウィズアルドの屋敷を訪れており、その縁で亡くなった先代とは酒を酌み交わすほどに親睦を深めた仲であった。最近は行商は息子に任せて町で店番をする事が多くなっていたが、旅して売り歩くのがこの男の性なのか、体は小さくなり髪の量が薄くなってきていても商人としての熱量は旺盛のままであった。屋敷が全焼して生活が一変するまでは、スピードアが買い出しにヌクインに赴く事も少なくなかった。何度も顔を合わせた老人との再会に、マジュが心配で気が気でない彼女も思わず表情が綻んだ。
「あんたもこんな時間から屋敷を離れてどうしたんだい?」
「えぇと……少し事情があって、何日か港町に滞在しているんです」
ウィズアルドの令嬢と逸れてしまった──切迫した事態を悟られぬようにして、歯抜けのような説明になる。老人は何の気なしに話を続けた。
「ふうん。その事情ってのは、倅の娘っ子の……確かマジュちゃんだったか。あの子が一人で行動してんのと関係があんのかい?」
老人の言葉にスピードアはぎょっと固まる。時間が止まったかのように、瞬きすらしていない。
「……?……え、えぇ⁉」
急に飛び込んできた情報に頭が理解するまで時間が掛かった。口をぱくぱくさせて、ようやく言葉が追いつき、発言の意味を老人に問い質した。
「お嬢様が一人でって……一体どういう事ですか⁉ い、いつの話でしょうか⁉」
「え? ついさっきだよ。いやー、どこかで見た事あるなあと思ってさ、歩いてる途中で眉間にこうシワを寄せてよ、絶対見た事あるはずだって、あぁそうだったって、やっとこさ思い出したんだよ」
「見間違いではなく……?」
「あぁ! だいぶ年食ってボケちまったけどお客さんのお顔を忘れるものかい! 親友の孫ならなおさらさ!」
思い出すのに一苦労するから説得力ないけどなあ──! 長年矜持を持って行商を営んできた老人は豪快に笑う。令嬢と別れて数日。やっと見つけた手掛かりに、メイドは前のめりになってどこで見たのかを老人に訊ねた。
「ヌクインの町を出る時にすれ違ったんだよ。多分だけど倅が造らせたっていうあれ、あの建物。町外れの丘にあるホテルの方に行ったんじゃねえかな」
ありがとうございます──! スピードアは老人に向かって深く頭を下げ、失礼しますと言葉を付け加えて足早に港町を飛び出した──。
「……あれ……もう朝か」
外から差し込む光に、ユーシャは目を覚ました。
「……? あれ、俺、何してたんだっけ? いつベッドに入ったんだ……?」
昨晩、風呂に入っていたさなかにのぼせて倒れてしまったユーシャはその時の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。常日頃から頭が薄ぼんやりとしている少年だが、それでも当然記憶中枢は備わっており、昨晩の出来事が判然としない事にどこか気持ち悪さを覚えていた。
「……ふああ! 何だかスッキリしたなあ! 体も軽いや!」
……。思い出せない気持ち悪さなどすぐに忘れた。暢気な彼にとってはきっとどうでもいい事なのだろう。
「あっ、ユーシャっ! 目を覚ましたのね! 体は大丈夫?」
「おぉエーダ! おはよう! 大丈夫って何が?」
ユーシャが目を覚ました事に気付き、彼のもとにやってきたエーダは昨晩の出来事を説明する。
「もう大変だったんだから! あなたが露天風呂で『キテレツひゃっほい!』とか何を言い出したのかと思って駆け付けてみたら──」
「ちょっと待て『キテレツひゃっほい!』ってなんだよ! 俺そんな事言ってたの⁉」
まるで記憶に残っていない謎の言葉に驚き、ベッドから立ち上がる。ユーシャに面と向かっていたエーダは瞬く間に顔を赤くした。
「待って! ユーシャっ、待って待って! 立ち上がっちゃダメっ!」
エーダの制止も空しく、ユーシャはその場で立ち上がった。体に掛かっていた布団ははんなりと落ちる。エーダは思わず手で顔を覆った。彼女のリアクションを怪訝に思い、自分の体を見ようと視線を落とすと、なんと衣服を一切身に付けていなかったのだ。
……。
「何で俺全裸なんだよ‼」
魔王討伐を任された勇敢な一国の王子は、うら若き乙女に今、全てをさらけ出した。




