67話「ヌクインの町④」
「何かガシャガシャ音がするぞ! もしかしてあそこか⁉」
一度ならず二度までもユーシャ一行の前を通りかかった若者達の会話を盗み聞きして得た情報をもとに、町の外れにあるトレーニングジムに辿り着いた。外からでも金属と金属がぶつかる音が聞こえてくる。扉を開けると、より大きく音が場内に響き渡っていた。
「こんにちは! もしかして入会希望者ですか?」
ジムにやってきたユーシャ達を見て、受付にいた男が爽やかに声を掛けてきた。ニスニアール大陸で出会った名家に仕えるメイド・ゴリエットと比べればやや見劣りするものの──そもそも彼女の体躯が常軌を逸しているのだが──このジムトレーナーも高い強度のトレーニングを積み重ねてきたのが見て取れる立派な体格をしていた。
「あの、えっとっ──」
「もしかして女性は受け付けてくれないのかと思っているのかな? あっはっは! 鍛えるのに男も女もないさ! 君も大歓迎だよ!」
エーダが言葉に詰まっていると、やはり爽やかに受付のトレーナーは話し始めた。エーダは日中の出来事が頭を過る。出された食事を全部食べ切れば賞金が貰える大食いチャレンジでは挑戦料が必要だった。ここでもそうなのだろうか。そもそもスイートルームの宿泊代を賭けた勝負に挑むには入会する必要があるのでは? 入会に費用は──? 様々なトレーニング器具に目が釘付けになっているユーシャとフアムを尻目にエーダはおずおずと男に訊ねた。
「いえ、入会しなくても挑戦は可能です。でも挑戦料は入会するしないに拘わらず頂きますよ。そうじゃないと赤字になってしまうからね。入会希望か聞いたのはやっぱり自分を高めるという同じ志を持つ人と出会うのは嬉しくてつい聞いてしまうんだ! それよりも──」
この町にある三つの内、一番高い宿泊施設である丘の上のホテルのスイートルームの宿泊を目的としてジムを訪れる者は多数いるらしい。しかし、先程まで空をオレンジ色に染めていた夕日が落ちて明かりがなければ辺りが見えなくなる時分にそれを求めて少年少女がやって来たというのが男には不思議に見えたようだ。エーダが事情を説明する。
「私達旅の途中でこの町に寄ったんですけど、今の所持金だと宿に泊まれなくて」
「それにさ、エーダ達には今日一働きしてもらったからちゃんとした所で休んでほしいんだ」
説明の途中でユーシャが宿に泊まりたい理由を補足した。受付の男は噛み締めるように眉間にシワを寄せ、目を細める。そして晴れやかな顔でユーシャを見やり、口を開いた。
「込み入った事情を聞いてすまなかったね。君の挑戦を受け付けよう!」
男はスイートルームの宿泊代を賭けた勝負を快諾した。
「ありがとう! それで、誰と何の勝負をすればいいの?」
「勝負はこのジムに勤める精鋭達のそれぞれ得意とする種目で挑戦してもらう事になっているんだ。本来であればジムに勤めているトレーナーの中から誰と勝負するかを選んでもらうんだけど、君の挑戦はぜひ僕が受けたい! それでいいかい?」
「あぁうん、別にいいけど。何で?」
ユーシャに訊ねられたトレーナーは綺麗な目を輝かせ理由を述べる。どうやら少年の女の子を労う気持ち、その気遣いに大変感激したようだ。男は力強い眼差しでユーシャを見やる。
「君は素晴らしい男だ! いや、漢だ!」
「どっちの漢字でもいいだろ」
「しかしだからこそ、わざと負けるような野暮はしないよ!」
無論このジムの精鋭達は普段もむざむざと負けてやるような事はしてはいない。しかし、常日頃挑戦を真っ向から受けてきた彼はユーシャの心意気に感銘を受けて俄然燃え上ってしまったようだった。
それで、どういう勝負をするの──? ユーシャの問いに男は溌溂と答える。
「僕との勝負は耐久スクワットという種目さ」
耐久スクワット──直立した状態から腰を下ろしてまた上げるスクワットという反復運動を一定の速度で行い、先に出来なくなったり遅れて脱落した方が負けとなる。原則として膝が九十度の角度になるまで尻を下げなければならないのだが、体の硬さには個人差があるので多少は大目に見てくれるそうだ。ユーシャと受付のトレーナーが準備運動をしていると、トレーニングをしていた者達が動きを止めて周りに集まってきた。
──おっ、また勝負か──。
──挑戦者の彼、あまり見かけない子だね──。
──どうやら、今晩の宿に困って挑戦するらしいよ──。
──若いのに何やら大変だなあ。勝てるといいね──。
──いやあ、でもだいぶ厳しいよ。彼に勝った人なんて見た事も聞いた事もないもの──。
「あのっ、これ」
「うん。挑戦料しかと受け取りました」
「お兄さん。あの人は強いの?」
フアムはエーダから挑戦料を受け取っていた他のトレーナーに話し掛けた。少し大人しめのマッチョが質問に答える。
「あぁ、ちょっと君達は運が悪かったかもしれないね。長い事勝負イベントをやっていて何人かは勝っていたりするんだけど、このジムを立ち上げたメンバーの一人である彼に勝った人は今まで一人もいないんだ。挑戦者どころか、事スクワットにおいては──」
このジムの人間さえ彼に敵う者はいない──。どうやら挑戦を受けているジムのトレーナーの中で、受付の男は最強格にあたるらしい。大人しい性格のトレーナーはエーダとフアムに小さな声で話し掛けた。
「勝負に負けてしまったとしても、ここで寝泊まり出来るよう私の方からオーナーにお願いしてみようか?」
ユーシャ達の事情を近くで聞いていたマッチョは不憫と思ったか、何とも有難い提案をしてくれた。だが──。
「ううん。別にいいよ」
「え? だ、だって泊まる所がないんだろう?」
「そうなんですけど、きっと大丈夫ですっ」
よし、そろそろ準備はいいかな──? 受付の男の声に、ユーシャはこくりと頷く。提案を断られて困惑している彼をよそに、いよいよ勝負が始まろうとしていた──。




