65話「ヌクインの町②」
「ここか! 大食いチャレンジって書いてあるな!」
ユーシャ一行は、温泉の町ヌクインを歩き回り、ようやく目的の食事処に辿り着いた。狙いは勿論賞金を手に入れるためである。
通りすがりの若者の情報によれば、出されたメニューを制限時間内に食べ切れば賞金として一万Gが貰えるらしい。金欠のユーシャ達にとって喉から手が出るほど欲しい額である。チャレンジ成功を祈っていてくれ──ユーシャは二人に声を掛ける。
「え? 私も挑戦するっ!」
なんと、エーダも挑戦するというのだった。量自体は問題ない──若者二人の発言を聞いて楽観的に考えているようだ。
「えぇ? 本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫っ! もし失敗したら罰として脱いでも構わないわ」
「むしろそっちが本命だろ。裸への飽くなき執念を出すな」
会話している一方で、フアムが手を上げていた。一体何のアピールだろうか。
「私もやるよ。失敗しても雑用で済むんでしょ?」
「いや、そうだけどさ……」
「私の魂にはきっと奴隷根性が染みついている」
「意味わからんわ。しかも失敗前提かよ」
「だって三人成功で三万になるんだよ」
「確かにそうだけど、無理しなくていいのよ?」
「大丈夫だよ。私の胃袋は四つあるから」
「牛かお前は」
ユーシャは単独で挑戦する心づもりでいたのだが、エーダだけではなくフアムも挑戦する気でいた。まぁ二人がいいって言うならいいか──賞金というメリットに対して数時間ほどの雑用というデメリットがさほど大きくないと感じていたユーシャは二人の挑戦を受け入れ、意気揚々と入店した。
「大食いチャレンジですねー! 挑戦料お一人様一千Gいただきまーす!」
「えっ! 挑戦料なんてあるの⁉」
何を当たり前な事に驚いているんだと、素朴な顔立ちの女性店員はきょとんとしてこちらを見ていた。三人は面を突き合わせて会議を始める。
「エーダ、お金は?」
「三人で三千Gよね……あっ! そのくらいなら大丈夫っ! その上もし失敗しても格安の宿を探せば宿泊も出来るかも!」
「えっ! そうなの⁉」
エーダはどうやら直近の支出──ニスニアール大陸南端の港町スーノでの勘定を元に食事と宿泊の両立が出来ないと言っていたようだ。この町に格安の宿があるかは不明だが、懐が寂しいユーシャ達にとって朗報であった。あまつさえチャレンジに成功すれば賞金も手に入る。腹も膨れて正に一石二鳥である。三人とも挑戦すると店員に申告した。店員は元気な声で厨房に伝える。いいことづくめで追い風が吹いていると感じたユーシャ達はこの町に来た目的も忘れて和気あいあいと料理の到着を待った。
「はーい、お待たせしましたー! 肉野菜モリモリモリモリ焼きめしー。制限時間は男性が十分、女性が十五分でーす。よーい──」
「待って待って待って待って!」
何待ったを掛けているんだと、店員はきょとんとしてこちらを見ていた。……。モリモリモリモリとは言ったが、盛り過ぎなほどに肉と野菜が盛られていた。それに釣り合うようにご飯も山のように盛り上がっている。
「あの人達、量自体は問題ないって……あれは嘘か」
……。あくまでも彼らの体感であるから嘘もクソもなかった。呆然としているユーシャ達に店員が声を掛ける。
「あのー……料理が冷めると固くなってきちゃいますけど」
「え⁉ あっ、そっか! よし、食べよう! 店員さん食べてもいい⁉」
「はーい、じゃあよーいスタート! 残されると胸糞悪いですけどリバースされても不愉快なんで無理しないでくださいねー」
「剛速球な注意勧告!」
大丈夫だよ──フアムは手で制した。大食いチャレンジを前に少女が言うには説得力が足りない気もするが、フアムは自信があるのか、すんとして佇んでいた。
「だって、私の胃袋は……」
……。胃袋は──次の言葉を聞き洩らさんとしている周囲を尻目に、フアムは黙々と食べ始めた。
「胃袋は何だよ‼」
結局、フアムの胃袋は何なのかはわからずじまいであった。
「はーい! 全員完食しましたねー!」
でも、チャレンジ失敗でーす──! ユーシャ、フアム、エーダの順番で何とか完食したが、三人とも肝心の制限時間内には間に合わなかったのであった。
……。まるで死力を尽くして戦った後のように、三人はうつろな目でどこかを見つめている。何かを喋ろうにも食べたものが飛び出そうで、中々言葉に出来なかった。
「お客さまー。チャレンジ失敗なので記載されている通り倍の料金か雑用をこなしてもらいますけど、どうしますー? あっ、吐いたらそこも掃除してもらいますよー」
余計な仕事が増える──出る出ないの境界線をさまよっていたユーシャは必死の思いで堪えた。苦しんでいるのかふざけているのかよくわからない形相で二人に目で訴える。エーダとフアムは最小限の動きで静かに頷いた。
「ざ、雑用で……」
「かしこまりましたー。じゃあこちらへどうぞー」
店員に連れられて重い足取りで奥へ行く。すると厨房では忙しなく働いていた店主がいた。
「店長ー。こちらチャレンジ失敗のお客様で雑用を選びましたー」
「おぉそうか! それじゃあ溜まってきた皿と床をキレイにしてもらおうかな」
頑張ってくれれば早めに終わりで構わないから──そう言った店主は軽い説明だけして持ち場に戻ろうとしていた。女性二人は早速意気揚々と取り掛かる。だが、少年はぼーっとしていた。まだお腹が苦しいのかとエーダが声を掛ける。
「はっはっは! 働いてくれれば別にゆっくりでもいいぞ!」
店主が遠くで笑っていた。何とも言えない表情をしたユーシャが口を開く。
「……皿洗いってどうやるの? 拭けばいいの?」
……。その場の皆が黙り込んだ。店員の女の子は一体何を聞いているんだと、きょとんとしていた。ユーシャの出自を知っていたエーダがいち早く理解し、少年に優しく教えた。
「そんなに難しい話じゃないわ。洗剤で汚れを取った後に水で洗い流すのよ」
「へえー。……センザイって何?」
「そこの容器に入っているやつさ。男だからって家事に無関心だと将来のお嫁さんが苦労するぞー! はっはっは!」
ユーシャは陽気な店主が指差した容器に入っていた液体をシンクに溜まっていた皿にかけてみる。指でなぞると皿に付着していた汚れが綺麗に取れていった。
「おぉっ! すごい! なぁエーダ──」
ガシャン──手に持った皿をエーダに見せようとすると、振り向いた勢いと洗剤の成分で滑り落ち、大きな音を立てて割れてしまった。
……。
「フッ、フアムちゃん! 私と二人で皿洗いしましょっ! ユーシャは床の掃除をお願いっ!」
「はいよろこんで」
「床掃除……うん、わかった」
戦闘面では頼もしさしかないユーシャであったが、一国の王子として生まれ、幼い頃から侍女に身の回りの世話をされてきた私生活の部分では危うさしかなかった。床の掃除であれば軽く掃いて、後はモップで水拭きすればいい。このくらいなら説明すればすぐに出来るだろう──そんなエーダの見通しは甘かったのだとすぐに痛感させられた。家事の勝手を知らない少年の発想は想像を超えていたのだ。バケツを見つけた少年は蛇口の場所を確認し、エーダの方へ明るく振り返った。
「なあ! 掃除ってキレイにすればいいんだろ? 皿も床もさ、台だってセンザイってやつをばらまいてバケツに水入れてドバっと流しちゃえばすぐに終わるんじゃないか⁉」
その場合終わるのは調理環境である。この少年は指示に忠実に動くのではなく自分のセンスで余計な事をやらかすタイプなのかもしれない──少ないやり取りながらも先の発言は暴走を予感させた。店主の顔は絶望感さえ漂っていた。エーダは血の気が引いた顔で店主に話し掛ける。
「あっ、あのっ! 私達提案できる立場じゃないんですけど、私とフアムちゃんの二人で三人分働くからそれで許してくれませんかっ⁉」
「え⁉ あ、あぁうん! それでも全然構わないよ!」
もしユーシャがこれ以上粗相を働けば弁償代まで要求されるかもしれない。店側としても店主は甚大な損害が出る事を危惧していた。この少年を働かせてはいけない──両者の思惑が一致した。エーダはユーシャに外で休んでていいと促す。だが──。
「えっ⁉ いや、そんな悪いって! ルールなんだし俺も雑用やるよ!」
……。厄介極まりなかった。危険因子は引き下がらなかったのだ。店を守るため、店主は機転を利かせる。
「いやあ、君は何ていうか、壁に背を預けてニヒルに笑ってればそれでいいから!」
「どういう役回りだ! 扱いに困ったみたいな対応やめてくれよ!」
「だったらそうだな……そうだ! 店中の扉を一回開けてそして閉めてきてくれ!」
「何の意味があんの⁉ それ本当に雑用か⁉」
やる気以外は何もない少年を働かせまいと、店主はユーシャを雑にあしらい始めたのだった──。




