64話「ヌクインの町①」
マッカチョッカ大陸中央部、大自然の迷路の中の憩いの町。独特なにおいがそれを感じさせるいくつもの温泉で賑わうヌクインにユーシャ一行はやってきた。
ウィズアルドの令嬢の捜索を本格的に始める前に、ユーシャは腹ごしらえを提案する。だが──。
「あのっ……ご飯にお金を使っちゃうと宿に泊まれなくなっちゃうんだけど……」
「えぇっ⁉ そんなに金ないの⁉」
いつの間にやらパーティーの財布担当になっていたエーダは衝撃の事実を口にした。
何故資金が底を尽こうとしているのに誰も気づかなかったのか──この一行においては特段おかしな話でもなかった。
オカノウエー王国王子ユーシャはその出自ゆえか、金品に頓着がなく、また資金繰りに対する考えというのをまるで持ち合わせていない。仲間のフアムもかつて山賊から盗みを働いて生計を立てていた事を踏まえると一般的な生活から逸れていると言える。頼みの綱であるエーダでさえも、最低限の教養はあるものの、父譲りの奔放さで且つ自給自足が主だったからか貨幣に比重を置いた生活を送ってこなかったのである。つまりこのパーティーは宵越しの金を持たない以前にその日の金すらもろくに考えていないのであった。
振り返ってみれば、ニスニアール大陸北方のヒエンルナ王国にて山賊に奪われた国宝を取り返した際に国王から厚意で報酬を貰って以降は支出ばかりで持ち金を減らす一方であった。
「えぇと……ど、どうする?」
「そっ、そんな事言われても、どうにもならない……」
パーティーの中心と最年長が覇気のない声でうろたえながら顔を突き合わせる。しかし、いや、やはりと言うべきか。暢気で前向きな少年はすぐに解決のアイディアを思いついたのだった。
「どこかのお家でご飯を食べさせてもらおう!」
……。勇者の勇気は物乞いをする方向で発揮されようとしていた。ろくでもない方向に勇んだ足を踏み出そうとするユーシャをエーダが困惑した表情を浮かべながら止める。
「それはさすがにご迷惑なんじゃないかしら……」
「え……そ、そっか。確かに昼もだいぶ過ぎてるから準備も難しいよな……」
「やっ、そういう問題じゃなくて……」
このままいけば世間知らずのニワトリ頭が魔王討伐という本筋以外で世間を賑わすかもしれない──その事を危惧したわけではないが、二人の会話を大人しく聞いていたフアムが口を開いた。
「では、わたくしめが何とかしてしんぜよう」
「誰だお前は。キャラクターの引き出しいくつあるんだよ」
謎のキャラクターを出してきた少女にエーダが訊ねる。一体どのようにするというのか。その時、あらぬ事がエーダの頭を過った。フアムはかつて──。
「フアムちゃん……まさかとは思うけど、盗み──」
「ううん。それはしない。山賊以外からは盗まないよ」
「山賊からも盗むな」
では、山賊の肝を冷やす発言をした少女は一体どうやって喫緊の課題を解決するつもりなのか。二人は固唾を呑んでフアムを見ていた。
「自分達にお金を渡す方向に持っていけばいい」
……。ユーシャとエーダは口を真一文字に結んでいる。二人ともフアムの話を理解しているとは言い難い表情をしていた。銅像のように固まった二人を前に、フアムは説明を始めた。どうやら彼女の発想は、わずかな時間ながら生活を共にしていたカソカ村──腐り果てた村のおじさんの冒険譚からヒントを得ていたようだ。
「路上で芸を披露して、それを見た道行く人が用意された箱にお金を投げ入れてたっていうのをおじさんがどこかで見た事があるらしいんだ」
「おぉ! そ、そんな手があったのか!」
一行は路上で一芸を披露する、いわゆるストリートパフォーマンスに活路を見出そうとした。だがしかし、彼らにとって馴染みがないからか何をすればいいのかがわからない。
「えとっ、その芸っていうのは何でもいいのかしら……?」
「フアム、どういう芸をしてたかってのはおじさんから聞いてないか?」
「おじさんは『何か動いてたぞがっはっは!』って言ってたよ」
「情報ゼロじゃねえか」
ユーシャは言い出しっぺのフアムに期待を寄せた。話を切り出したからには何かしらのアイディア、ないし披露するような芸があるはずだと見込んだ。
「ないよ」
「ないの⁉ 何とかしてしんぜようって言ってたのに⁉」
「そんなものはただの言葉に過ぎない」
「浅い言い回しでけむに巻こうとすんじゃねえ」
「ユーシャはなにか芸ないの?」
「え? 俺は……そうだなあ……」
どうだろう──フアムは図抜けた身体能力を持つユーシャに逆に訊ねるも、芳しい答えは返ってこなかった。確かな素養を持つものの、王子として温室で育った少年にはそれを活かす発想に乏しかった。言葉に詰まったユーシャはエーダに話を回す。
「エーダは? 何か芸ない?」
「私はそのっ……脱ぐぐらいしか……」
「ううん。それは芸ではないよお嬢さん」
公衆の面前で女を裸に剥いて旅の資金を稼ぐ勇者一行──そんな事をすれば人類史に汚点として名を残す事になるだろう。
フアムがエーダの体を舐るように見ていると、少しばかり俯いていたエーダが目と口を大きく開き顔を上げた。何かを思いついたようだった。
「そうだっ! 魔物を倒せばお金をもらえるんじゃない?」
「おぉ!……って、え? 魔物って金持ってんの?」
「え? さっ、さあ……」
「根拠なしかよ!」
「なんかね、魔物を倒した時に経験値とお金を手に入れたっていうテキストが夢に出てきた事が」
「何だテキストって! 魔物が金になるとか現実でそんな都合のいい話があるわけ──」
──くそー! あとちょっとで賞金が手に入ったのに──!
賞金──⁉ 一行の後ろを偶然通りかかった若者の言葉でユーシャ達の体に電流が走った。獲物を見つけた獣のように目の色が変わる。金欠のパーティーはのんびり歩いていく若い男二人の後ろを付いていき、彼らの会話に聞き耳を立てた。
「制限時間内に料理を食べ切れば一万G! 量自体は問題ないんだけど設定された時間が絶妙なんだよなー」
「ホントホント! でも数時間の雑用でたらふく食べれたってだけでもよしとしようぜ」
「いーや、絶対に明日は食べ切って賞金を手に入れてやる!」
かつてない速度で三人は顔を突き合わせた。彼らの会話を聞くに、どこかの食事処で制限時間内に出されたメニューを食べ切る事が出来れば一万Gという賞金を手に入れられる。仮に失敗したとしても数時間の雑用をこなすだけで済むらしい。ユーシャの表情が精悍な顔つきに変わった。
「二人とも、行くぜ!」
少年は一目散に駆け出す。──何とも都合のいい話がこの町にはあったのだった。




