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勇者の扱いが雑なんだが。  作者: 二ツ木十八
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63話「温泉の町へ」

 ニスニアール大陸から南、東西に長く延びるマッカチョッカ大陸。港町ホクシーを出たユーシャ達はいくつもの分かれ道の中から、マジュとメイド達が通ったとされる真南──ひとまずの目的地である温泉の町ヌクインまでほぼほぼ一本道になっているルートを進む事にした。

 荒廃とした高地の合間にある人の手によって整備された窪地を南に進んでいくと、自然発生的にではなくきわめて人為的──何者かが激しく争ったかのように荒れた場所に行き当たった。

 地面に落ちた羽は多数、そして岩壁には何かが激突したような跡が至る所に出来ている。港町ホクシーから十数分の距離、そして場に残った痕跡からしてここがメイド達が魔物との戦闘を繰り広げた場所なのだろうと一行は推測した。魔物の姿はどこにもなかったが、きっと命からがら撤退でもしたのだろう──暢気なユーシャはそんな風に安直に考えていた。

 ここでも令嬢は見当たらない。そうなるとウィズアルド家が暮らしていた屋敷の方へ向かったのだろうか。一行が場を離れようとする。岩壁を横目に見ていたフアムは何かが激突した跡の数あるうちの一つ、奇妙に映るほど一際大きな痕跡に着目していた。魔物か何かが衝突し、ヒビが入って岩肌が少しばかり削れた跡が残る他の箇所とは様相が違っていたのだ。その箇所はまるで丸太か何かで何度も打ち込んだかのように、まばらに深く岩壁が抉れていたのだった。


 ──武器がなければ、岩を投げればいいじゃない──。


 ……。フアムが違和感を覚えた痕跡は、メイド長ゴリエットが魔物目掛けてぶん投げるべく、手ごろなサイズの岩を作るために何度も拳を打ち込んで破砕して出来た跡だったのだ。


「おーいフアムー。お嬢様もいなさそうだから町に行くぞー」


 ユーシャの声で、フアムは止めていた歩みを進めた。巨大な獣が衝突したかのようなおぞましい痕跡が、上品な立ち居振る舞いのメイドによって作られたものだとは知る由もなく一行はその場を後にした。




「あっ、ユーシャっ、フアムちゃん見て! スピードアさんが言ってた温泉の湯気なんじゃないかしら」


 立ち上る湯気が見えてくれば温泉の町ヌクインまであと少しよ──港町ホクシーで別れたスピードアの言葉通り、岩壁の奥から上空に向かって白い煙が立ち上っていた。湾曲した高地に沿って蛇行した道を更に進んでいく。すると視界が開けた丘陵地に出た。遥か前方──東に広がっていく森林部。向かって右側──南方にあるマッカチョッカ大陸唯一の山地。そして、その合間ともいえるなだらかな丘陵地帯に町がぽつんと存在していた。地下深くで熱せられた水が湧き出る自然の恩恵──温泉が名所となっているヌクインである。所々から立ち上る白煙は、水分に含まれる成分からか嗅ぎ慣れない独特なにおいを発していた。まだ若干の距離があるユーシャ達の位置からもその独特の、何か腐ったようなにおいが鼻を刺激していた。ユーシャは独特なにおいに顔をしかめる。表情が一切変わらないフアムは少し考えたのちに呟いた。


「……この町にお嬢様がいるかもしれないね」

「え⁉ 何で? ど、どういう事⁉」


 少女の意表を突いた言葉に声を上ずらせて思わず聞き返した。フアムはユーシャの目を見て答える。


「お嬢様って『誰も彼も虜にするお臭い』だったよね」


 ……。ユーシャは一点を見つめ、そして固まった。エーダも何とも言えない表情をして二人の様子を見つめている。


「えっ! う、嘘だ‼ こんな臭い誰も虜になんねえよ! おおおお嬢様からこんな卵が腐ったような臭いがするなんで何か嫌だ‼」

「あの……ちょっと落ち着いてユーシャ」


 もしウィズアルドの令嬢からこのような腐卵臭が発せられたら──その仮定にあからさまに拒絶反応を見せるユーシャをエーダは半ば呆れながらなだめた。フアムの口から出まかせのような発言にもしっかりと釘を刺す。


「確かこのにおいは温泉から出る硫黄っていう成分よ。お母さんから教えてもらった事があるの」


 父や、父と人生を共にする母から得た彼女の知識──厳密に言えば硫黄そのものは無臭で、においは化合した硫化水素によるものであるのだが──で、ユーシャは得心の行った反応をした。心なしかその表情は安堵したようにも見えた。


「へえー! 水からこんなにおいが出るのか!」

「エーダのお父さんだけじゃなくてお母さんも旅とか好きなの?」


 少女からの問いに、エーダは笑って首を横に振る。幼いエーダをしきりに旅に引き連れていた父だが、我が子が生まれる前の旅のパートナーは当時の恋人──現在の配偶者であるエーダの母であった。内向的なエーダの母は決して旅が好きという訳ではなかった。押しの強い父に誘われて付いていっていたのが実情である。対照的に押しが弱い母は言われるがままであったが、父の絶対に守ってやるからという言葉に頼もしさと安心感を覚え、それを心地良く感じていたようだ。母はすごく大変だったと言いながらも楽しそうに話していたらしい。それはもう愚痴というよりも惚気話と言った方が正しいだろう。


「小さい頃からしょっちゅう聞かされてたの。『お父さんに引きずり回されてた』って」

「それだとただの暴挙じゃねえか。せめて振り回されろや」

「エーダは温泉に入った事あるの?」

「うんっ、お父さんと旅した時にね。まあでもあまり楽しい思い出じゃなかったわ」


 空を見て話すエーダは決して温泉が気持ちよくなかった、という意味ではないのだと付け足す。

 かつて父とともに極寒の地を訪れた際に、山奥で天然の秘湯を発見した事があった。衣服を脱いでお湯に入り極楽気分に浸っていると、どこからか不快そうに唸る声が聞こえた。不穏な空気を察した頃には既に獣の群れに囲まれていたのだった。


「どうやらその温泉は彼らのナワバリだったらしくて……。えっとっ、確か猿だったかな。とにかく無防備な私達はそのケダモノの群れに襲われてしまったの」

「獣でいいだろ。『ダ』を挟みこむな。いかがわしくなるわ」


 問答無用に襲い掛かる猿の群れ。不測の事態に泣きながらパニックになる少女。知らなかったとはいえ申し訳なかったかな──? 自分達が彼らの領域に無神経に入り込んでしまったと父はぼそっと口にした。だが、それでも襲い掛かってくる相手には容赦はしない。守るべき愛娘を背に、瞬く間に全滅させたのである。


「ふふふ、頼もしかったなあ……全裸のお父さん」

「全裸をつけて台無しだよ。頼もしさがとっ散らかったわ」


 だが、風呂に入っていたさなかであれば、全裸だったのは無理からぬ事であろう。


「あっ、でもね、温泉そのものはすごく気持ちよかったのよ」


 エーダの言葉を受けて、ユーシャは独特のにおいを発する湯気が立ち上る町を見渡す。そして表情晴れやかに足を前に進めた。


「よし、じゃあ町に入ろう!……温泉、かあ──」


 楽しみになってきたなあ──! 颯爽と歩く少年の背中を、仲間二人はじっと見つめる。


「……ユーシャ、お嬢様の事忘れてない?」

「うん、さっきまで話に出てたのにね……。まあでも私達がフォローすれば問題は……あっ、やだっ!」


 急にはっとして慌てふためく。エーダは何かを思い出したようだった。


「そういえばお嬢様……マジュちゃんだっけ? 私達特徴聞いてなかったんじゃないかしら⁉」

「街道でメイドさん達が言ってたよ」

「え⁉ そうだった⁉」


  先日に十六歳の誕生日を迎えた令嬢の特徴──前髪の左こめかみ付近に花の形をしたヘアピンを付けたロングの黒髪。身長は百五十センチほどで衣服は上が両肩が出た服の上にシースルーのストールを羽織っている。下は膝上丈の動きやすいハーフパンツに履物はくるぶしまでのアンクルブーツ。いわくお風呂どころか水を浴びるのさえ嫌う何か臭いそうな女──メイドが言い放った不名誉極まりない文言までフアムはしっかりと記憶していた。


「すっ、すごいわフアムちゃん! 私にも教えてっ!」


 パーティー最年少の少女の頼もしさに感激した最年長は安堵しながら探している令嬢の情報の共有を求めた。いいよ──フアムはすんとした表情で返事をした。お嬢様は──。


「フローラルな水臭い女だよ」


 ……。お風呂どころか水を浴びるのさえ嫌う何か臭いそうな女──令嬢の特徴はボケるのを我慢できないフアムのフィルターを通して変換された。その結果、謎の女が出来上がったのだった。

 

「『フローラルな水臭い女』ね! ありがとう助かったわ!」


 え──? 自らのボケに対して、まさかの返答にフアムはうろたえた。


「あ、あれ……? ちが──」

「確かお嬢様は十六歳だったわよね。それは覚えてるわ! フアムちゃん、若い女の子がいたら積極的に声を掛けていきましょっ!」

「ち、違う……今のはボケで──」

「フフッ! 確かに私は普段ボケっとしているかもしれないけど、安心して! 私も頑張るわ!」

「い、いや、そうじゃなくて……」


 ユーシャっ、ちょっと待って──! 先を行く少年を追いかけて、エーダは小走りで駆けていく。フアムは呆然として二人の背中を見つめていた。エーダはフアムのボケをそのまま受け取ってしまった。打ち返してくれるのを期待して投げたら、キャッチしてそのまま走り去ってしまったのだった。

 メイドさんごめんなさい──ここからは見えない港町ホクシー、ひいてはニスニアール大陸の方角を眺めて、フアムは心から謝罪した。

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