62話「到着」
駆け足で港町を出て、当時厳戒態勢で立ち入れなかったランデス城を通り過ぎ、山の麓にあった町で話を聞こうとしたメイド一行。だが、町に入ろうとしたその時、更に北の方角で何かが大きく崩れ落ちたような音がしたのだった。仕える領主の愛娘に再会するのが第一優先だったが、誰かが被害に遭っているかもしれないと思うと駆けつけずにはいられなかった。道義的には正しいのだろう。切迫した事情を持つ彼女達としては本筋を先送りにしてしまった感が否めない。だが、結果として誤差程度に収まった。崩落の対応をする過程で求めていた情報に辿り着いたのだ。
崩落した街道で出会った少年達──ユーシャ一行がカランカ・ランデス王国第一王女イルーニを救出すべく西方のカランカ城へ向かうのを見送った後、ゴリエットはその場に残り、スピードアは国王への報告にランデス城へ、そして注意喚起のために山麓の町トモフに向かったチョードリー。彼女達が求めていた重要な情報が落ちていたのは山の麓の町であった。
「山麓の町で待機していたチョードリーが私と合流するまでの間、情報収集をしていたの。どうやら町を設計した腕利きの大工様というのは外国から来たお方で、今はもう町はおろかカランカ・ランデス国領にもいらっしゃらないそうなのよ。屋敷を建築していただけるお方に関してはまずは振り出しという事ね……と、それはともかくとして……『港町から北に向かった小さな女の子』に関してもお話を聞けたわ。なんとその女の子の話というのは──」
一ヶ月ほど前の事だったのよ──。その日以降、一人で旅する女の子というのは来訪した事はないのだとのべつ幕なしに喋り倒す恰幅の良い老人が教えてくれた。
砂漠へと続く街道にて崩落した岩の除去に尽力したのち、一段落ついた彼女達は今までの行動を振り返った。そして、マジュお嬢様が船に乗った事実はない──そう結論を出したのであった。だとするならば彼女はまだ南のマッカチョッカ大陸にいる事になる。
「ここからマジュお嬢様はどう動くか。南の大陸に留まったままか、それとも三人の筋肉が船に乗ったという情報を聞きつけてニスニアール大陸にやってくるか。私達はこの二つの可能性を考慮した結果、三人分かれて行動する事に決めたの」
話をしているうちに、ニスニアール大陸南端の港町からの船旅は終わりを迎えようとしていた。
到着を告げる汽笛が鳴る。船乗りの確かな技術で船は岸につけられ、架かった可動式の木の桟橋を乗船客たちは渡っていく。様々な目的でやってきた人々に続き一行も桟橋を渡る。名家に仕えるメイド・スピードア。魔王討伐の旅の道中でメイドと行動を共にするエーダ、フアム、そしてどれだけ船に酔って吐きそうになってもボケにツッコまずにはいられないツッコミ依存症のユーシャ。ウィズアルドの令嬢を見つけ出す事を目的とする四人はマッカチョッカ大陸の出入り口・港町ホクシーに到着したのだった。
着いた足そのままにマジュを探す。岸辺で呆けた老人のように空と海を眺めている船酔いしたユーシャを放置し、女性陣で一通り町を回ってみたものの令嬢を見つける事は叶わなかった。
いない、みたいね──スピードアの語調は落胆の色を隠せていなかったが、四人は港町にいない事も想定して、次の行動も船内で話し合っていた。
「では、私はここで町の方々にお話を聞いてみる事にするわ」
元来の予定ではスピードアがこの大陸でマジュを探すつもりだったが、心優しき少年達がその役を買って出てくれたおかげでより確度を上げた方策を取る事が出来た。スピード型マッチョ・スピードアはウィズアルド家領主の一人娘とすれ違いにならないよう港町に残る事に。そして厚意で協力を買って出たユーシャ達は、令嬢がここ港町ホクシーでメイド達と合流出来ない事で魔物に襲撃された場所に戻ったか、もしくは一度ウィズアルド家の屋敷に帰ったか、などの可能性を踏まえて、メイド達とマジュが通ってきたルートを逆に辿っていく事にした。
メイド達とマジュが離れ離れになってから一週間が経とうとしていた。スピードアは深刻な表情を浮かべている。切迫した心情が伝わってくるメイドに、口から酸っぱいにおいを漂わせた少年が背中から声を掛けた。
「きっと大丈夫さ! 俺達が必ず見つけて連れてくるよ!」
「ユーシャ……」
「そっ、そうですよ! えっと、ほらっ、お嬢様って魔法使いさんの血を引いてるくらいだしっ! きっと無事だと思う!」
「私がお嬢様のお臭いを辿っていけばすぐだよ」
「犬じゃねえんだよ」
胃の中の残留物を吐き出してすっきりしたユーシャを筆頭にエーダとフアムもメイドを励ますように声を掛ける。少年達の前向きな言葉に、心配を募らせていたメイドは笑った。
「では、お気を付けて──」
スピードアは町の外れで勇敢な若者達の旅立ちを見送る。休まなくても大丈夫──? 船旅からそのまま町を動き回っていたエーダとフアムは元気に大丈夫だと答えた。俺ももう十分休んだし──船旅に酔って具合を悪くしていたユーシャもすっかり回復したようだ。快活な若者に頼もしさを覚えながら、メイドはおしとやかにもう一つ声を掛ける。
「あなた達の旅の無事を、一人の武人として祈ります」
……。ユーシャ達は真顔でスピードアを見つめている。メイドが自身を武人と言った事が理解できていないのではない。ぶじとぶじん──メイドのダジャレに言葉を失っていたのだ。ユーシャ達の眼差しに耐えきれずスピードアは顔を赤くした。
じゃあ……行って、くるね──そう言ってユーシャ一行は静かに港町ホクシーを後にしたのだった。
「はあ……マジュ様の辛らつなお言葉が懐かしいわ……」
ため息を吐くマッチョでマゾ気質なメイドの遥か後方で、一人の男が目を凝らして町を出る少年達を見つめていた。そばにいる同僚が訝しむように声を掛ける。
「おーい、町の外れなんかを見てどうしたんだい?」
「あっ! やっぱりあの女の子だ! ほら! この前話したやつ!」
休憩中に町をぶらついていた船乗りは少年達とともにいる陽の光に当たると若干赤みがかる髪色の少女──フアムを指差した。
「えぇ?……お前まさかそういう趣味が……」
「そうじゃないよ! 前に噂になっただろ! ほら、確か一ヶ月くらい前に──」
──一人で船に乗り込んだ背の小さな女の子だよ──!
──身長が百四十半ばほどのフアムはかつて一人で生活していた。そんなある日の事である。少女が暮らす村にがっはっはと豪快に笑う冒険家の男がやってきたのだ。物珍しさからか興味を持った少女は酒場で自身の冒険譚を語る男の話を建物の外で一言一句漏らすまいと聞いていた。
数日が経った頃、故郷である住めば物好きと言われるような腐り果てた村に帰るという自由闊達に生きる冒険家の後を、彼に憧れを持ったフアムはひそかについていく事にした。そして港町ホクシーにて、腐り果てた村──カソカ村に帰るためニスニアール大陸行きの船に乗るおじさんの後を追うようにフアムも単身で船に乗り込んだのであった。
……。ウィズアルドの令嬢と離れ離れになった優秀なメイド達を迷走させた犯人が誰か──筋骨隆々な彼女達も、仲間であるユーシャとエーダも、そして張本人であるフアムも決して知る事はないだろう──。
マッカチョッカ大陸──その特徴として南に大きくそびえ立つ山々があり、その他の大部分は標高様々な高地と低地が多く混在して険しい地形となっている。西側はより顕著で、昔から人が棲みつかずに何かを祀っているであろう祠がぽつんと寂しくあるのみであった。
荒涼とした西側とは打って変わって東側には長い時間を掛けて大きく育った森林が鬱蒼と広がっている。
大陸を東西から更に細かく三つに分けて中央部──魔物の襲撃により屈強なメイド達と離れ離れになってしまったウィズアルド家領主の一人娘・マジュを探すためにユーシャ一行がこれから向かう場所も例に漏れず険しかった。人々の唯一の通り道である整備された窪地も、入ってしまえば四方八方似たり寄ったりの岩壁で指標物が見つからない困難な道となっていた。
総じてさながら天然の迷路のように、自然が自然として雄大に存在している大地にユーシャ一行は足を踏み入れたのだった。




