61話「令嬢の行方」
果たして大群でやってきた全ての魔物をどうやって引き付けるのか──チョードリーが言及する。同胞の魔物に花火玉を当てたのは自分達だと主張すればいい。彼女達にとっては事実とはいえ不可抗力であり心外なのだが、目を向けさせるには十分に足る理由になる、と。もし何匹かがお嬢様のもとへ向かってしまったら──? スピードアの疑念には簡単な話だとゴリエットは言う。
「私達が危険な存在だと認識していただければ私達を率先して倒そうとするはずって。空を飛ぶ敵を相手に武器も持たずにどうするのかしらと思っていたけれど、さすがは先輩だったわ」
──武器がなければ、岩を投げればいいじゃない──。
……。メイド長ゴリエットは、お上品な語調で粗暴な言葉を後輩のメイド達に送ったのだった。
「こうして私達はマジュお嬢様とホクシーの町──マッカチョッカ大陸西側の港町──で落ち合う約束をして別れたのです。港町まではほぼ一本道であと十数分といった距離だったのでお嬢様お一人でも問題なしと判断したのかもしれないわね」
旅慣れていて体力も問題ないマジュなら港町はすぐの距離だろう。逆を言えばここで魔物を逃がせば更に仲間を呼んで港町はおろか出航した船まで襲ってくる可能性も出てくる。野蛮な魔物の一方的な逆恨みとはいえ、港町の方々に御迷惑は掛けられないわ──自分達の発案で打ち上げた花火玉が騒動の発端になった事を棚に上げて魔物に責任を押し付けたゴリエットは、チョードリーとスピードアを鼓舞した。二人は笑って頷く。囮などとは言わず──。
──魔物はここで全て倒しておきましょうか──。
「歴戦の猛者かアンタら。メイドの概念が揺らいでくるわ」
「それで、魔物はやっつけたの?」
「えぇ。数は多かったけれど、何とか全滅させることができたわ」
「すっごおい……! やっぱりお強いんですねっ!」
顔をぱあっと明るくさせたエーダからの称賛の言葉にスピードアは顔を赤らめる。照れたメイドは、それでも胸を張って誇らしげに応えた。
「ふふふ! メイドの名は決して伊達ではないわ!」
「別に一騎当千の称号じゃねえだろ。メイドの定義どうなってんだ」
何はともあれ、メイドの面を被った筋肉の獣達は言葉通りに囮になるどころか勇猛果敢に魔物を退けた。覚えてろよ今度会ったら今度こそやってやんよコラァ! 俺らはマジでアレだぞコラァ──! メイド達は魔物の捨て台詞を適当に聞き流し、急いで令嬢が待つマッカチョッカ大陸西側の港町・ホクシーへ向かった。
港町ホクシーはそこまで大規模ではない町であった。すべての建物が視界に収まるこの町ならすぐに見つかるだろう。そういえばよお──メイド達が周囲を見渡しながらマジュを探していると、間もなく出航する船の整備に勤しむ船乗り達の会話が聞こえてきた。
──こんなご時世に女の子一人で旅をするもんかね──?
──あぁん? 一体何の話だい──?
「『背の小さな女の子が一人で船に乗り込んだ話さ』と言っていたのよ」
背の小さな──スピードアによれば先日十六歳の誕生日を迎えたマジュの身長は百五十センチほどだという。大柄な船乗りからすればより小さく見えた事だろう。だがしかし、問題はそこではなかった。エーダは率直に言葉を口にする。
「あら? 落ち合う港町ってメイドさん達が暮らしてた大陸の方じゃなかった?」
「あぁそっか。なんでだろう? ニスニアール大陸の港町と勘違いしちゃった、とか?」
「確かに私達は、いえ、ゴリエット先輩はマッカチョッカ大陸の港町ホクシーで合流をと言っていたし、お嬢様も復唱して確認していたはずなのだけれど……」
「メイドさん達がすぐ来ると思って先に乗り込んでたとかはない?」
「お嬢様は割と考えなしに動くから、先に乗ったのだとしたらそれは好奇心で、だと思うわ。様々な可能性を踏まえ、どういう事なのか少し考えたいところだったのだけど、船乗りさんの間もなく出航するとの声を聞いて焦った私達は冷静な判断を欠いたまま──」
船に飛び込みで乗ってしまったの──乗り込んでいく乗船客、埠頭での作業を終えていく船乗り達。船着き場での慌ただしい動きに急かされたように彼女達は動いてしまった。スピードアは口にはしなかったが、先の魔物との戦闘で少なからず疲弊していた──逐一やかましいノットシンシーによって精神の方が削られていたのかもしれない──部分もあるのだろう。メイド達は熟考する間もなく、何より『一人で行動する背の小さな女の子』などそうそういないだろうという先入観も相まって一日に二度しかないニスニアール大陸行きの便に乗船した。この行動が浅慮であった事は、船上ですぐに明らかになった。
「結果として、マジュ様はその船には乗っていなかったわ。一通り探したけれども見つからなかった。女の子のお話をされていた船乗りさんにお伺いしようとしたのだけど、どうやらその船乗りさんは船着き場での作業をされているお方みたいで乗船していなかったの」
不安でざわついた胸が落ち着かないまま、彼女達を乗せた船はニスニアール大陸南端の港町スーノに到着した。
次にマッカチョッカ大陸に向かう便は船乗りに訊ねると数時間後だと答えが返ってきた。大して考えずに来てしまった事はしょうがない──気持ちを切り替えてメイド達は次に船が出る時間まで腕利きの大工の情報と、念のためにマジュがこの港町に来なかったかを聞いて回る事にした。そこで思わぬ情報を耳にしたのだ。
「『小さな女の子が北の方に向かって行った』と露店を開いているご年配の商人さんがおっしゃっていたの」
「お嬢様はもう来てたって事?」
「いえ、確かに船内にはいなかったはずだし、ニスニアール大陸に行く船は一日に二度しかない中で時系列的にはあり得ないわ」
いや、来れる──エーダは一つの可能性を口にした。
「泳いできたんじゃないかしら」
「……無理じゃね? エーダなら出来てもお前と親父さんは極めてマイノリティーなんだから基準にはなんないだろ」
マッチョなメイドが口を挟む。
「まぁこの区間くらいだったら難しくはないのだけれど」
「マイノリティーここにもいたよ」
「その可能性もないわね。マジュお嬢様はお水に浸かるるどころか浴びるのさえ大嫌いだから」
「猫かよ」
メイド達は念入りにうつらうつらしている高齢の商人に訊ねた。
──その子の背丈は百五十センチほどでしたか──?
──んあぁ……大体そのくらいだったかなあ──。
──髪の色は黒で背中が半分隠れるくらいの長さでしたか──?
──んん……? あぁー、大体そのくらいの長さだったと思うよ──。
──その女の子はお風呂を嫌ってそうでしたか──?
──んん? あぁー、多分そうじゃねえかな──?
──ちょっと臭いそうでしたか──?
──んあぁー……かもなあ──。
「商人適当になってんじゃねえか! あと何だよちょっと臭いそうって! 仕えるメイドがお嬢様のイメージダウンに走るんじゃねえ‼」
「イメージダウン? いいえとんでもない! マジュお嬢様のお臭いは誰も彼も虜にさせるのよ」
「お嬢様どんだけえげつないフェロモン放ってんの⁉」
果たして『北に向かった小さな女の子』はマジュお嬢様なのか──商人の話もそこそこに切り上げて、メイド達は事の真偽を確かめるべく北に向かう事にした。会話に聞き耳を立てていた隣に店を構える若い商人が高齢の商人に話し掛ける。
──おーい、じいさん。前に見た女の子って髪の毛結んでたろ。長さとかわかるのかい──?
──んあー、まあ、ほどいたら結構長いんじゃねえかなあ──。
──俺もその子覚えてるけど、髪色もちょっとばかり赤みがあった色だったと思うんだが──?
──んあー、でも、黒といえば黒なんじゃねえかなあ──。
──おいおい……あーあ、メイドさん達もうあんなに遠くなっちまった──。
まあ俺には関係ねえし、どうでもいいか──。気もそぞろに船に乗り込んだ事に続き、またもやろくに確かめもせずに先走ってしまったのは、やかましい口振りでメイド達の精神をすり減らして疲弊させた魔物のせいという事にしておこう──。




