60話「船の上で」
船着き場のそばにある大きな建物の中の受付所でユーシャ達は慌てながら事情を話す。受付の男は淡々とつつがなく手続きを進めた。そんなに慌てなくても大丈夫だよ──受付の男はにこやかに話し、エーダが支払ったお金を受け取り、チケットを差し出す。無事に受付が済んだ一行は胸を撫で下ろしながら外の船へと向かった。
「続きは船の上で私がお話ししましょう」
半端になった経緯の語り部をユーシャ達同様に南の大陸へ渡るスピードアが引き継いでくれるようだ。
すでに手続きを済ませて船に乗り込む他の乗船客に続き、スピードア、そして時間ぎりぎりになってしまったユーシャ一行もそそくさと船へ乗り込む。
「ではユーシャ、エーダ、フアム。お気を付けて。くれぐれも無茶はしないようにね」
「うん、ありがとう! ゴリエットにもよろしく言っといて!」
ユーシャ達はこの町に残るチョードリーに別れを告げた。三人の隣にいるスピードアは心配そうにしているチョードリーとは対照的にどこか晴れやかな顔をしていた。
「ふふ、実は私、もう心配はしていないの」
発言の真意を測りかねた一同は一斉にスピードアを見やった。彼女が答える。だって──。
「もう私はここに……大船に乗っているのだから!」
……。大船に乗る──慣用句に掛けた渾身のギャグだった。表情も言葉も失うユーシャ一行。その一方で船着き場に佇むメイドの反応は違った。
「ふふ、あなたって本当にユニークな人ね!」
では、あなたもお気を付けて──本心なのか、それともお世辞か。どちらにせよチョードリーは笑った。そんな彼女ににこやかに見送られた同僚のメイドは何やら物足りなさそうな表情をしていた。
複雑に感情をかき混ぜられた少年達を乗せた船はゆっくりと岸を離れ始める。こうしてユーシャ一行とうすら寒いメイドは、ニスニアール大陸を後にしたのだった。
「そういえば私達がこの大陸に来た時もあなた達のように大急ぎで船に乗り込んだんだったわ」
船は大陸南端の港町を離れ、マッカチョッカ大陸へ向けて水しぶきで煌めく海上を進みゆく。甲板の上で青々とした水面を眺めていたスピードアは微笑みながらそう言った。
エーダとフアムは互いに目を合わせる。目的地である東西に長く延びるマッカチョッカ大陸西側の港町・ホクシーに向かう船の出航により途中で終わっていた話の続きが気になっていた。
筋骨隆々のメイド長・ゴリエット、彼女が選んだチョードリーとスピードア、メイド三人に加えて雇い主である領主の一人娘・マジュの四人でニスニアール大陸にいるという腕利きの大工に新たな屋敷の建築を依頼するために出た旅。マジュとはぐれてしまった原因となった魔物の大群による襲撃。ウィズアルド家の屋敷が炎上した事故に関与した魔物の去り際のセリフを鑑みるとおそらく──エーダは黄昏れているスピードアに訊ねる。ユーシャはうつろな顔で海面をひたすら眺めていた。
「あのっ、メイドさん達を襲った魔物ってまさか……」
「……えぇ、お察しの通り。お屋敷を全焼させた翼を生やした魔物とその仲間よ」
「さりげなくなすりつけんなや」
屋敷に花火玉が落下し、炎上したのはあくまでも偶然である。責任転嫁したメイドに対して、船の揺れに気持ち悪くなりながらもユーシャはツッコミを欠かさない。ユーシャの体調を気遣ったスピードアは少年の背中をさすりながら話を続けた。
「お屋敷を出てからつつがなく旅は進んだわ。ヌクインの町……あぁ、お屋敷から港町までの丁度中間あたりにある温泉で有名な町なんだけれど。そこを経由して、港町まであと少し。ふふ、旦那様だけではなく一家揃って旅行好きなものだからマジュお嬢様も旅慣れていて体力面も問題なし! 心配があるとするならば噂に名高い大工様にお会いできるか、そしてこちらのお願いを聞いてくださるかどうか。そのような事を話していた時、何やら上空が騒がしい事に気付いたの。イヤな予感がして見上げたら──」
「魔物の大群がいたんだね」
「えぇ、正直気色悪かったわ」
「正直すぎるわ」
でも、魔物が大群で現れた事よりも──話していくうちに、スピードアの表情が徐々に曇っていった。俺の吐き気が伝染したのかな──ユーシャの頓珍漢な心配をよそにメイドは口を開く。
「まぁ、何というか、その──」
ものすごくうるさかったの──旅をしていた四人の眼前に群れとして現れたのは、屋敷が燃え上がったあの日の去り際に輩のように喚いていた鳥型の魔物と同じ種族であった。厄介な事に決して姿形だけが同じなのではない。空を羽ばたく魔物の輩感は決して個性ではなく、全員もれなくやかましかったのだ。
──おめえら、俺らのダチに何してくれてんだコラァ──!
──よくも因縁つけてくれたなコラァ──!
──何ガンつけてんだコラァ──!
──てめえらもうアレだぞコラ、その……コラァ──!
──もうどうなっても知らねえからなコラァ──!
──やってやんぞコラァ──!
──やってやぞん、やるんっ、やんコラァ──!
……。魔物の群れはそれぞれ思い思いに叫ぶ。輩が織り成す不協和音は彼女達にとって十分に先制攻撃と呼べるほど聞くに堪えないものであった。
「ピーチクパーチク鳴いたんだね。鳥だけに」
「うるせえ。どや顔で言ってんじゃねえ」
「すごい騒がしかったのねえ。鳥だけに」
「何も掛かってねえだろ」
腕利きの大工を求めた旅路に思わぬ困難が立ちはだかってしまった。先日屋敷に現れた鳥型の魔物は、人間を食ってやろうと襲来した事を棚に上げて多くの仲間を引き連れてやってきたのだった。
魔物の種族名はノットシンシー。かつてユーシャとエーダがハウクトー大陸ベリロング山で倒したぼっちな魔物・シンシーの亜種で、鳥型の魔物の中でも特にガラの悪い種族である。ピーチクパーチクうるさい輩系のノットシンシーは声を掛ければ百匹は集まると豪語していた同胞の報復のため、三十匹ほどの群れとなってウィズアルドの令嬢とその使用人であるメイド達を取り囲んでいた。
さて、どうする──? 両親に連れられて沢山の旅行経験がある彼女でもここまで多くの魔物に囲まれた事はない。背中が冷える緊迫感の中、マジュの表情は一層厳しくなっていた。そんなウィズアルド家領主の一人娘の肩をゴリエットはぽんと叩く。マジュが振り向くとメイド長は笑っていた。そして優しく声を掛ける。
──マジュお嬢様、先に町へお逃げ下さい──。
即決即断である。メイド長はマジュを単独で逃がす事にした。誰か一人でも一緒にいた方がいいのではないかという後輩達の提案に、先輩のゴリエットは耳を貸さなかった。
「これだけの数なのだから戦力の分散は却って危険だと、マジュお嬢様を守りながら対応するとしたら、消耗戦となってジリ貧となるだけだと先輩は判断したの」
だからここは私達が囮になりましょう──メイド長は領主の大切な一人娘を守らんと身を挺する事に一寸のためらいもなかったのだった。




