6話「ショークニー」
「はぁー。やっと着いたー」
岸壁にある見晴らしの良い小屋から海岸線に沿って進み、ユーシャはショークニーの町に辿り着いた。
小屋に墓参りに訪れていた青年が教えてくれた通りここまでの道のりは解りやすかったのだが、いかんせんその距離は遠く気づけば太陽がてっぺんまで昇る昼時になっていた。
朝から動き回っていたものだからユーシャはすっかりお腹を空かしていたのだった。
「酒場だったら飯もあるかもしれねえな。仲間を紹介してもらう前に腹ごしらえでもすっか」
国を旅立った時には持ち合わせていなかったが、今では一食程度なら釣りが出るくらいのお金が手元にある。青年が魔物を倒してくれた報酬としてくれたのだ。
ユーシャからの仲間の勧誘は雑にあしらったのだが、果たすべき義理は果たす。そういう事なのだろうか──。
「あのお兄さん……きっと照れ屋であんな素っ気なかったのかもなー」
……。キングオブポジティブ。その名はユーシャである。
「あぁすみませんお客さん、お店は夕方から……って、君……歳はいくつ? この町では酒の提供は十八歳からだよ」
「いや、お酒を飲みに来たんじゃなくてさ、ここの酒場で旅の同行者の斡旋もやってるって聞いたんだけど……そっちは今でも大丈夫かな?」
「あぁ、リリーちゃんに用なのか。彼女の店なら二階だよ。そこの階段から上がっていきな」
お店の扉を開けようとしたところ、店外を掃除していたマスターに呼び止められた。
二階に店を構えている旅の同行者の斡旋業も兼ねた酒場──リリーの酒場と一階の酒場はそれぞれ別の経営となっているらしい。リリーの酒場ならご飯にありつけるだろうか。
「何だ、腹減りなのか。うーん、確か上はメニューがなくて酒もつまみも彼女の気まぐれだからなぁ。悪いがウチも仕込みは未だなんだよ。でもまぁ頼めば何か作ってくれるんじゃないか? リリーちゃんは気立てが良い子だからな。人に尽くしてると興奮してくるんだってよ」
最後の言葉で一気に不安になる。しかしここで突っ立っていてもどうにもならないので眉をひそめながらもユーシャは階段を上がって特殊な性癖を持つ彼女に会いに行った。
少年の背中にマスターは話し掛ける。
「セクハラはダメだぞ」
「しねーよ!!!」
──幻の女のケツを追っかけて死んだあのジジイじゃねえんだから!!!
「あら、随分かわいいお客様ね。ふふ、お酒を嗜むようには見えないし、ルールを破るやんちゃな子でもなさそう。私に何かご用かしら?」
二階の扉を開けると、どこを取っても完璧と言えるような美女がそこにいた。
その美貌に面食らったユーシャだが、余裕を持った大人からの目線が少し引っ掛かった。
酒以外に斡旋業も兼ねているだろうに、俺くらいの年齢の奴が来るのがそんなに意外なのか。いや、そもそも旅に同行者を求める以前に、旅自体が子供一人でする事ではないか。
ユーシャは子供扱いされた事に何か思うところがあったが、まさか少年が魔王討伐の旅に出ていて仲間を求めているだなんて、そりゃあ説明なしじゃ分からないよなと得心していた。
「それとも私の体が目当てなのかしら?」
「人聞き悪い事言うんじゃねえ!!!」
「ふふ、暴力的なバストだなんて面白い表現するのね」
「言ってねえ言ってねえ思ってもいねえ!!!」
だが、確かにその豊満な胸部は、思わず息を呑むほどだった。
いや、つーか何だ暴力的なバストって。感性の方が暴れてんじゃねーか。
──さっさと本題に入ろう。このままだとずっと彼女のペースだとユーシャは感じ、声を大にしてリリーに訊ねた。
「あのさぁ! 俺、ワケあって旅してるんだけど、一人じゃさびし、いや心許ないと思ってて」
「……寂しい……か。そうね、実は私も今まさにそう感じているところなの。やはり人は一人じゃ生きていけない生き物よね」
「さささ寂しくなんかねえし!!!」
──ダメだ少しでも隙を見せれば持っていかれる──❕ 二人の会話は何故か主導権の握り合いに発展していた。
「でもごめんなさい」
「こっちもごめんなんだけど旅の仲間が欲しいんだよねここで紹介してくれるって聞いたんだけど誰かいい人いませんかー⁉」
息継ぎなしで言い切ったユーシャはダッシュした後のように呼吸を乱しながら真面目な表情でリリーを見ていた。その様子を見ていた彼女は若干驚きつつも少年の真剣さを汲み取り、顔をほんの少し曇らせて答える。──今斡旋できるメンバーは誰もいない──と。
すぐさまどういう事かと詰め寄るユーシャに、リリーは少しばかりばつが悪そうな表情を浮かべていた。原因は決してユーシャと無関係ではない。
「最近、魔王が復活したという噂をあなたは耳にした事はあるかしら?」
「え? あ、えぇーとそれはもちろん……。……あ! え、もしかして……!」
少年は察し、彼女は口ごもった。
──なんてこった……! 魔王復活──。オカノウエー王国も城下町のみんなも、この町の雰囲気もまるでそれを感じさせず、ひょっとして本当は嘘なんじゃないか? 心のどこかでそう思っていたユーシャだったが、それは紛れもない事実で、影響は確かにここにあった。しかも自分にとって極めて重要な場所で、である。
ユーシャはふと、奥のカウンターに目をやった。──中身の空いた複数の酒瓶とグラスが置いてある。
リリーの酒場は旅の同行者の斡旋業も兼ねている。つまりはそちらも彼女にとっての貴重な収入源なのだろう──。斡旋できるメンバーがいなくなってやけ酒でもしたのだろうか。カウンターの荒れようはそれを連想させ、彼女のアンニュイさも二日酔いにさえ見えてきた。
ユーシャが心配そうに見つめていると、リリーはついに重い口を開く。
──もう、これが最後かもしれないでしょ? だから──。
「メンバーの女の子襲っちゃおうと媚薬盛ったら察せられて皆逃げ出しちゃったのよね」
「何やってんのーーーーー⁉」
「女の勘って鋭いのね。私怖くなっちゃったわ」
「あんたの発想が誰よりも怖いわ!!!」
昨晩勿体ないからと彼女は媚薬入りの酒を全部飲み干した。酒瓶とグラスが乱雑に置かれているカウンターを見てリリーは寂しそうにため息を吐く。
何だが被害者然としているが、未遂に終わらなければ疑いようもなく彼女は加害者になっていた。あくまでもこの話はフィクションだと強く主張しておきたい次第である。
「ねえ、誰か紹介してくれないかしら」
「逆だろ逆!!! 仲間が欲しくて来てんだよこっちは!!!」
そこでユーシャは気づく。──逃げ出したのは女の子だけ? じゃあ、男はまだ残っているのか……?
「なあ、お姉さん。俺って旅するの初めてでさ、だから腕っぷしの強い人がいいなぁと思ってるんだけど聞いた感じ逃げたのは女の人だけでしょ? 別に性別はどっちでもよくてさ」
「野郎はどうでもいいのよ」
「…………へ?」
「野郎はどうでもいいのよ」
「……」
「野郎はどうでもいいのよ」
「何も言ってねえよ」
……。なるほど。そういう人なのか。……まあ誰がいいとかどういう人が、性別がだとか誰を雇うかもそれぞれの自由だもんな。モラルとか弁えてれば多様性で終わる話か。……この人はモラルとか脇に捨ててそうだけども。
結局、何の収穫もなく出会いと別れの場──リリーの酒場を出る事となった。
だがしかし、ユーシャの顔からは落胆の程は窺えなかった。旅はまだ始まったばかりである。未だ見ぬ道の先々でまだまだ出会いが待っているだろうと気長に考えていた。
何の役にも立てなくてと謝るリリーに、過ぎた事はしょうがないと返す。
この出会いにも必ず意味があるのだろう。昨日までの自分なら、謝る彼女に「うん、ホントだね‼」と言っていたかもしれない。未遂犯にも優しく気遣った少年はひとつ大人になった。
──お願いがあるのだけど──。場を去るユーシャの背中にリリーは話し掛けた。
きっとそっちの気がある彼女は反省しているのだろう──。今度はしっかりと責任を持って斡旋業を再開する。集めるメンバーは男女を問わない。だから有望そうな冒険者を見かけたらこの酒場の事を伝えてほしいと──。
ユーシャはわかった、いいよ。と二つ返事で返す。
「俺に任せといて」
「『リリーの酒場気持ちよすぎだろ!』とでも添えればすぐに集まると」
「言わねえよ⁉ 気色悪すぎだろ!!!」
雑なステルスマーケティングの頼みを少年は全力で拒絶した。
酒場を営むうら若き美女リリー・パティ──。非の打ち所がない容姿を持つ彼女の言動は最後まで問題だらけだった。
さて、少年の仲間は一体どこにいるのだろうか──。
「ヘイサ村」につづく。