57話「協力」
ユーシャ一行とメイド達の会話は盛り下がる事なく続いた。日付が変わる頃合いに朝が早いからと申し出たメイドの言葉で会はお開きとなり、そののちにそれぞれの部屋で眠りについた。
ろくに休まずに辿った旅路での疲れもぐっすり眠った事で幾分和らいだ。いや、全快といってもいいだろう。若者三人は嘘みたいに軽くなった体で南のマッカチョッカ大陸への便が出る船着き場へ出るため、そばの大きな建物へと足を運んだ。
「ふふ、コンディションは良好そうね」
乗船の手続きとチケットを購入するためにそばの建物に入ると、場内の休憩スペースでチョードリーとスピードアが寛いでいた。港町スーノ唯一の宿屋の別々の部屋で夜を明かしたユーシャ達は宿を出る際に挨拶をとメイド達が取った部屋を訪れたのだが、そこには誰もおらず、後ろ髪を引かれる思いで宿を後にした。しかし、部屋を空けていたのは船着き場にいたからであったのだ。
「あれ? もしかしてお見送りに来てくれたの?」
えぇ、私はね──ユーシャの質問にチョードリーが答える。私は──? 彼女の言葉に首をかしげた一行は一斉に席の向かい側にいるスピードアを見やった。スピード型マッチョは涼やかに笑う。
「私も南の大陸に向かうのよ」
「え? そうなの⁉」
「えぇ、私達色々と振り返りながら考えてみたんだけど、もしかしたらあの方は──」
こちらの大陸に来ていないのかもしれない──。ニスニアール大陸を闊歩する三人のメイドにはもう一人同行していた女性がいた。
この大陸から南のマッカチョッカ大陸の西方の地で暮らしていた彼女達は訳あってこの大陸、正確にはカランカ・ランデス王国を目的地に旅をしていたのだが、ひょんな事からはぐれてしまったのだ。
行き違いがあって自分達三人だけがニスニアール大陸に来てしまった可能性が高い──この場にいないゴリエットを含めたメイド達は話し合いの果てにそう推測を立てた。その推測が正しければ大陸をまたぐ大掛かりな事態である。チョードリーとスピードアは表向きには気丈に振る舞ってはいるが、深刻な状況に焦っていないはずがない。エーダとフアムにも彼女達の焦燥感が伝わっていた。平静を装うメイドにユーシャが訊ねる。
「はぐれた人って南の大陸にいるのは間違いないの?」
「あくまでも可能性があるという事だけれど……」
ユーシャは仲間二人の方に振り返り、声を掛けた。
「なあ、俺達もその人探そうか」
エーダとフアムは顔を見合せた。そして大して考える素振りも見せずに安易に言葉を返した。いいよ──。ユーシャはメイド二人を見やる。チョードリーとスピードアは驚きの表情を見せた。
「えぇ……? き、気持ちは嬉しいけれど、本当に大丈夫なの?」
「そ、そうよ。あなた達、何か目的があって旅をしているのでは?」
「いやー、まあ、いいんじゃない? そんなに急ぐ事でもないし」
……。この男は魔王討伐の旅に出ているはずなのだが、その魔王に対する危機感が異様に希薄だった。暢気なユーシャを仲間達は補足する。
「今はどちらかというと情報集めの段階だから気にしなくてもいいよ」
「そうよねえ。そのために各地を回ってるから、はぐれたお連れさんを探すのは私達が適任かもしれないわ」
メイドはどこかばつの悪そうな顔をしている。互いを見やり、声には出さずに目線でどうするかを探り合っているようにも見えた。ねえ──目を閉じ、嘆息を吐いたチョードリーはスピードアに話し掛けた。
「街道で会った時に彼らに一度お願いした経緯もあるし、わざわざこう言ってくれているのよ。その御厚意を無碍に扱うのはどうなのかしら」
「……そうね。今更結構ですと突き放すというのも却ってあの子達にしこりが残るのかもしれないわ」
それに、旅の危険性に関しても心配は野暮だと言える程実力は申し分ない──チョードリーとスピードア、そしてメイド長のゴリエットはユーシャ達の力を直接は見ずとも確かなものがあると買っていた。二人は一行の方へ振り返り、おずおずと声を掛ける。
「あの、確認のためもう一度お聞きするけど、本当にいいのかしら」
「南の大陸にいるという保証は何もないのよ?」
「あぁ。間接的にだけどメイドさん達のおかげで助かった部分もあるんだし、今度はこっちが手を貸すって事で」
彼女達の念押しにもユーシャは軽く返す。もちろん離れ離れになって互いに気が気でないであろうメイド達のためでもあるのだろう。しかし、おそらくこの少年は大して物事を深く考えてはいない。そんな長所でもあり短所でもある親譲りの暢気な軽い頭の少年に、二人のメイドは深々と丁重に頭を下げた。
「では御厚意に甘えさせていただくわ。本当に、感謝いたします」
感謝の度合いをお辞儀の長さで表現しているメイドの顔を、ちょこんとしゃがんだフアムは下から覗き込む。思わずチョードリー達の神妙に強張った顔が綻ぶ。ユーシャ一行は彼女達に手を貸す事を決めた。のんびりしているユーシャとおっとりしているエーダに先んじてフアムは話を先に進めた。
「それで、はぐれた人ってどういう人なの? 同じメイドさんではないって事?」
メイド達の口振りから、少なくとも同僚ではない──そう察したフアムの言葉を聞いて、そもそもの話とユーシャとエーダも気になっている事を口にした。
「あぁそうだ。それもそうなんだけどさ、そういやメイドさん達って何でメイド服着てるの?」
「あっ、私もちょっと気になってた。えっと、メイドさん達は実際にそういうお仕事されてるんですか?」
あっ──少年達の言葉にメイド達も不意に言葉が漏れた。道中で出会い、街道の崩落という出来事にともに立ち会った縁から親しげに会話を重ねていたが、ユーシャ達は魔王討伐のために旅をしている事を、そしてメイド達はメイド達で自らの素性を明かしていなかったのである。互いが互いを大して知らない事が今更ながら発覚したのだった。
あらためてユーシャ達は自己紹介と旅の目的を話す。二人は驚いた顔を見せた。
「何故ランデス国王が王女様の救出をあなたに託したのか不思議だったけれど、そういう背景があったのなら納得だわ」
少年の強さは見抜いていたものの、カランカ・ランデス王国の一大事に何故若い旅人が関わっていたのか。ユーシャの素性を知る事でメイドは得心行ったようであった。
次はこちらの番ね──ユーシャ達に目配せをしたチョードリーは思案する。さて、どこから話した方がわかりやすいか。少し遡ってもいいかしら──? 少年達に訊ね、頷くのを確認すると、彼女は話し始めた。
「かつて……南のマッカチョッカ大陸にはウィズアルドという国がありました。ウィズアルドは最盛期には大陸一帯に影響を及ぼす程の大国でした。中々に大きい大陸で数あるうちの一つであるその国が、何故それほどの強い影響を持つ事ができたのか。それは今は滅んだ力といわれている恐るべき技法があったのです。そう、ウィズアルドは強大な力をもって栄え、他国を支配した。その恐るべき技法とは──」
「遡りすぎだろ! どこまで壮大な自己紹介するつもりだ‼」
あら──? ユーシャにツッコまれたチョードリーはきょとんとしていた。様子を見かねた同僚のスピードアはもう少し端折った方がいいんじゃないかと助言した。なるほどと得心行ったチョードリーはあらためて話し始める。
「私達はウィズアルドの魔法使いの血筋を引く名家に仕えているのです」
「今度は端折りすぎだろ! なんだ魔法使いって……え、あれ⁉」
──かつて魔法大国と呼ばれたウィズアルド王国という国が──。
忘却の権化であるユーシャは城門まで見送ってくれたランデス兵の言葉を辛うじて思い出した。チョードリーは続ける。
「そして私達とはぐれてしまったお方というのは、私達が仕えているウィズアルド家領主のご息女であるマジュ様なのです。私達は旅の途中で──」
魔物の大群に襲われてしまった──素性を明かしたメイドは何故仕えている名家の令嬢と旅をしているのか、その経緯から話し始めるのであった──。




