56話「閑話」
ニスニアール大陸南端、カランカ・ランデス国領の港町スーノ。この町に存在する数少ない建物の一つである宿屋の階下で経営されているレストランでユーシャ一行と二人のメイド・チョードリーとスピードアは夕食の席についていた。
「ユーシャ、そういえばメイドさんにお礼がまだだったんじゃない?」
「え? お礼……? あなた達に何かしてあげたかしら?」
美味しい食事と歓談で場は大いに盛り上がっていた。食後にゆっくりと飲み物を口にしながら他愛ない世間話をしていたところ、フアムが思い出したように話を切り出した。心当たりがないメイドは思い返しながらユーシャ達に訊ねる。あぁそうだ──ユーシャとエーダも続けて思い出し、困惑している二人に説明した。
「街道を塞いでた岩を兵士さんと一緒に取り除いてくれたんでしょ? おかげで川を泳がずに済んだよ!」
彼らにはカランカ砂漠へと到達するために、通行不能となった街道から遠回りして強引な手法で川を渡った経緯があったのだった。もし、目的であるカランカ・ランデス王女イルーニの救出を果たした帰りに街道が通れなければ再び川を泳ぎ渡る苦行が一行を待っていた次第である。とりわけ魔王討伐の旅で三半規管が著しく弱い事実が発覚したユーシャは胃の中の残留物を口から吐き散らかす惨事を回避できたので安堵した事だろう。
ようやく合点が行き、互いの顔を見合わせたチョードリーとスピードアは笑いを零した。彼女達にとっては人の力になろうとするのは当たり前の事なのだろう。謙遜しながら言葉を返した。
「あはは! お礼なんてとんでもない! 偶然崩落の場に立ち会ったのも何かの縁だし、成り行き任せに協力しただけなんだから。でも、あなた達の力にもなれたようで何よりだわ」
成り行きとは言っても──チョードリーは含みを持たせる。メイド達は何かを思い出したのか、柔らかだった表情をより緩ませた。そんな二人の様子をユーシャ達が不思議そうに見つめていると、視線に気付いたのかスピードアは少年達に謝り、チョードリーは話を続けた。
「先輩だけは最初から力になる心づもりだったみたいだけどね」
崩落した街道で出会ったユーシャ一行が王女救出に向けて旅立った後、街道の現状を国王に報告するためランデス城に向かうスピードアと、山麓の町トモフに注意喚起を促す役割を担うチョードリーに、先輩──メイド長であるゴリエットは更に細かく指示を出した。チョードリーは注意喚起を果たしたのちにスピードアと合流するまで現地で待機。そしてスピードアにはより細かかった。
先には過酷な砂漠しかなく、通行人などろくにいないであろう街道の崩落。ともすれば対応が後回しにされる可能性が高いが、カランカ・ランデス領で耳にした王女がさらわれたという噂に加え、ランデス城の方向からやってきて何もない砂漠に向かうのだという少年少女達。様々な情報を精査し、三十代半ばながらもはや老練の域に達しているパワー型マッチョ・ゴリエットはランデス城の面々が街道を塞ぐ岩石の除去にすぐさま取り掛かると予測したのだ。ならば当事者として協力は惜しまない。すでにメイド長は問題の解決方法をイメージしていた。そしてそのために必要なものも脳内に浮かべる。城へ向かうスピードアに自身の考えと要望を余す事なく伝えた。
──おそらくお城の方々はすぐに街道を通れるようにするため、ここへ出向く事と思います。もしそうなった場合は私達も微力ながらお手伝いしましょう。スピードア、私に考えがあるのだけれどお城の方に伝えてほしい事があるの。岩石を取り崩すために必要なものとして、丈夫な縄と──。
「『砲弾を一発お借りしてほしいの』って言われたのよ」
「百回聞いても耳に馴染まなそうな文言だな」
「大砲じゃなくて、弾の方なの?」
話を聞いていたユーシャ達は一体砲弾と縄でどうするものかと疑問が拭えなかったが、それは伝えられたスピードアと、傍で聞いていたチョードリーも同じ事であった。しかし先輩の言う事だと、筋骨隆々のメイド長に全幅の信頼を置いていたスピードアは了解して城へ向かった。
山麓の町でチョードリーと別れ、更に南下し、ランデス城で国王に謁見したメイドは詳らかに街道での出来事を報告した。玉座の間にいた者はにわかにざわつき始める。崩落そのものに驚いたのではないのは明らかに見て取れた。どこか合点が行ったかのような反応や、まさかと声を漏らす者もいた。それからの動きはゴリエットの予想した通りである。カランカ・ランデス国王ビルッグはすぐに兵を招集し、街道を塞ぐ岩石の除去と、砂漠への捜索部隊の編成を指示したのだった。
スピードアは兵士とともに砲弾を運び、トモフの町で待機していたチョードリーと合流して砂漠へと続く街道に辿り着く。準備運動として軽く体を動かしていたゴリエットは待ってましたと言わんばかりの表情をしていた。念のために多めに用意された縄と四十キロはあるであろう炸薬のない球体の砲弾を見て、メイド長はうんうんと頷く。大きな岩が岩壁から崩れ落ちて街道を塞ぐようにうずたかく積まれた様子を見てどよめく兵士達を尻目に、ゴリエットは工作を始めた。
複数の縄をより合わせて更に強固なものにし、その縄で砲弾を決して外れないよう網目状にして包み込む。鎖鎌の鎖の部分を縄に、鎌の部分を砲丸にすげ替えたような形状のそれ──さながら『破壊の鉄球』と言ったところだろう──を手にしたゴリエットは皆に離れるよう注意を促した。
何をするのだと息を呑む兵士一同。先輩の意図をあぁと察した後輩二人。ゴリエットは念のためと岩石の向こう側へも声を掛けた。
反応がない──人がいないと判断したのち、荒く大きな呼吸をして気合を入れる。そして短く息を吐き、おもむろに砲弾のついた縄を回し始めた。
何度も何度も回転する。回すごとに勢いを増していく様を信じられないものを見るような目で眺めている兵士達も次第にメイド長の行動を察した。
「んんぬぅああああ──!」
タイミングを見計らっていたゴリエットは雄々しい叫び声を上げた。瞬間、『破壊の鉄球』は彼女の手を離れ、凄まじい速度で高く積まれた岩石の上方へと目掛け向かっていき、ゴリエットの狙い通りに見事直撃した。
投げた砲弾と岩石が衝突し、つんざくような破裂音が響く。大きな音を立てて、ガラガラとごつい岩が崩れ落ちていく。兵士達が思わず閉じた目を開いた時には、あれほど高く積み上がった岩石が半分ほどの高さにまでなっていた。驚きのあまり、その場に呆然と立ち尽くす兵士達。皆が血の気が引いたまま絶句している中、一人の兵士がチョードリーとスピードアに近づいて声を掛ける。
「あの人……本当に人間ですか……?」
突拍子もない質問に、目を丸くして呆気に取られる後輩達。しかしすぐに先輩を誇るように微笑む。そして兵士の質問にはつらつと答えた。
「ふふっ! もちろんそうよ。とびっきりのメイドです!」
……。メイドの特徴って少なくとも怪力じゃないと思うんだけど──引いた血の気が戻らない兵士達に主因のマッチョが声を掛ける。
「さぁ! この調子でもう少し低くしていきましょう! 兵士の皆さん! 縄を引っ張って砲弾を回収するのを手伝ってくださらないかしら⁉」
その後もゴリエットが先頭に立ち岩石の除去が行われた。ランデス地方から砂漠へ続く街道を襲った崩落事故は、さすらいのマッチョなメイドによって驚異的な速度で復旧したのであった──。




