55話「再会」
「ふふ! また会ったわね! 折角のご縁をもっと喜びたいところだけれど、まだやらなければいけない事があるの。ごめんなさいね」
疲弊しているユーシャを気遣ったチョードリーはそう言って男とスピードアへ視線を向ける。男は両手両膝を地面について凛然と佇み筋肉の壁と化しているスピードアに身勝手にも許しを乞うていた。ほんの出来心で、魔が差して──言い訳の常套句を並べた男を、スピードアは少しばかり眉尻を下げ、悲しそうに見つめている。ひとしきり喋った男が口をつぐんで押し黙ると、スピードアはやや冷淡に、そして毅然と言い放った。
「私はあなたを許す立場でも裁く立場でもありません。この国の法に従って罰を受けてもらうのが筋だと思うわ。これからあなたをこの町に常駐している兵士の方に引き渡します」
なおも男は自己弁護に終始する。ユーシャ一行のそばで話を聞いていたチョードリーは男の方へ歩み寄り、もし私達が手を差し伸べるとするならば──男をこの場で見逃した場合の条件を提示した。
「あなたの罪を背負う代わりに私達とともに規律正しく生活していただきます。しっかり働き、そして二度と愚かな真似をできないよう心身を鍛え抜いてもらうわ。もちろん休養と栄養の摂取は保証するわよ。ふふ、そうでないと筋肉は育たないからね。あまりトレーニングを強要するのは好ましくないのだけれど……」
私達と生活をともにするからには──戸惑う男に、傍から見れば意味不明の言葉を放つ。
「あなたには筋肉になってもらいます」
男は青ざめた顔で黙り込んだ。どうするか訊ねても答えを出さない。いや、答えは男の表情に出ていた。ただ卑怯にも自分の末路を相手に委ねて動かないだけであった。
チョードリーは究極の二択を突き付けられて観念した男を肩に担ぎ、同僚のスピードアと二言三言言葉を交わしてこの町常駐の兵士のもとへと向かった。チョードリーを見送ったスピードアはユーシャの方を見やり、駆け寄る。
「ユーシャ、そしてエーダとフアム。また会えて嬉しいわ! 王女様の件は無事解決したみたいね」
何故わかるのかと訊ねると、知ったような口を利くかもしれないけどと前置きをして根拠を述べる。メイド三人組から見たユーシャ一行は途中で物事を投げ出すようには見えなかったようだ。それに──。
「砂漠で感じた筋肉が、他の筋肉とともにランデス城の方に移動するのを感じたわ」
「俺らまで筋肉呼ばわりかよ!」
果たして体を鍛えて筋肉が育つと他の筋肉を感知する機能でも備わるのだろうか。そんなの成長じゃねえよ。もはや進化じゃねえか──ユーシャのツッコミが止まらない。スピードアは自信に溢れた表情で言葉を返す。
「鍛えてマッスルから!」
……。ユーシャ一行は真剣な表情でまじまじとスピードアを見つめる。渾身のダジャレを見事なまでにスルーされたメイドは沈黙に比例して徐々に顔が赤くなっていった。スベった空気を誤魔化すように言葉を多少詰まらせながらもユーシャに話し掛ける。
「そ、そっ、そういえばユーシャ、先程あの男に追いつけなかったのはらしくなかったわね! あなたのポテンシャル的には容易だと思っていたのだけれど相当疲れていたのかしら?」
「あぁ、それなんだけどさ、あまり考えずに行動してたんだけど、振り返ってみたら全然休まずに来ちゃってて、疲れるとこんなに体が重くなるものなんだね」
「ふふ、自分の体力を過信しては駄目よ。同時に体を休ませることを軽視してはいけないわ。体はエネルギーを消費して動くものなのだから。こまめな休養と食事は生活の基本よ」
二人の会話を聞いていて、フアムは抱いた疑問を口にした。
「メイドさんの前でユーシャって何かしたっけ? ポテンシャルってどういう事?」
ユーシャの実力は仲間の知るところではあるのだが、それをメイドの前では披露した事はない。フアムの疑問に、そういえばとユーシャとエーダが続いた。スピードアが答える。
「先輩があなたの事をすごい評価していたのよ」
先輩──チョードリーとスピードアとともに行動しているメイド長・ゴリエットである。
女性ながら筋骨隆々であるメイド三人衆。チョードリーがノーマル型マッチョ、スピードアがスピード型マッチョとするならばゴリエットはパワー型マッチョである。
カランカ・ランデス王国の王女イルーニの救出の際、ユーシャ一行とメイド達は崩落した砂漠へ続く街道で出会った。
僅かな時間を共有し、メイド達はカランカ城に向かうユーシャ達を見送る。チョードリーとスピードアは出会った若者達の行く末を案じたが、そんな二人にメイド長は心配はいらないと諭した。彼女は言う。三人とも只者ではないわよ。特にあの男の子、素晴らしい素質を持っているわ──。
「『思わず彼を見た時に筋肉が盛り上がってしまった』と言っていたわ」
「どういう反応してんだ。もはや異常体質じゃねえか」
筋肉を愛し、筋肉に愛された女・ゴリエットは動きを見ずとも母の『お遊び』によって鍛え上げられていた少年の資質と実力を肌で感じ取っていたのだ。その慧眼はある意味異常とも言える。そしてポテンシャルを感じ取っただけでパンプアップ──筋肉が盛り上がる現象が起こるとはそのままの意味で異常であった。
「あのっ、そのゴリエットさんは今どこにいるんですか?」
エーダはスピードアに訊ねた。先輩は今ランデス城から北の山麓の町にいるのだと彼女は答える。フアムはランデス城で門まで見送った兵士の話を思い出し、やはりスピードアに訊ねた。
「はぐれた人とはまだ再会できてないの?」
メイド達はとある理由でカランカ・ランデス王国の領地にやってきていた。ともに旅をしている者がもう一人いたのだ。彼女達は目的があって旅をしていたのだったが、今現在はひょんな事からはぐれてしまったというもう一人の連れを捜索する旅に変わってしまっていた。
二人がこの町に来ている事、ゴリエットと別行動をしている事。それははぐれてしまったもう一人の女性と再び会うために考えた行動であった。
ニスニアール大陸南部のカランカ・ランデス王国領内の人が行き来するような動線をくまなく探しても一向に再会できないメイド達は、これまでの出来事を一つ一つ見直した。そしてある可能性に行き着いたのである。しかしあくまでもそれは推論であり、そうではない可能性もある。想定される二つの可能性を踏まえ、そして勿論すれ違いも避けたいメイド三人衆は国王の許可を得てカランカ・ランデス国領の各地に滞在する事にした。メイド長ゴリエットは山麓の町トモフに、ノーマル型マッチョのチョードリーは一行がいるここ港町スーノに、そして──。
ぐう──スピードアの言葉に被せるように、話の腰を折るようにユーシャの腹から音が出た。
「ふふっ! どうやらおなかがペコペコみたいね。チョードリーも戻ってきたようだし、一緒にご飯を食べながらお話の続きをしましょうか」
場の一同からは和やかな笑いが洩れる。遠目に見えたチョードリーと合流した一行は空腹を満たそうと食事ができる場所へと足を運んだ。




