51話「ウレーヌのやりたい事」
姉である第一王女イルーニがさらわれた後は目論見通りに事が進む。国王と王妃はショックを受けた妹をしばらくはそっとしておいてあげようと干渉せず、また、夫妻も失意の中にあり、国の外に意識を向けるどころではなくなってしまっていた。イルーニの強さなら問題なく魔物を倒して旅に出るだろう。イルーニなら大丈夫よ──旅に出てしばらくは戻らない姉のフォローとして、妹は事情を知らない父と母を定期的に励ます事に決めた。
「これで……外交に付き合わなくても済むはずだったのに……!」
「なんか、余計な事しちゃったみたいでごめんね」
自分よりも幼い少女──フアムに謝罪され、ハッとしたウレーヌはこちらこそと気を遣わせた事を謝る。そして矛先は父であるビルッグ国王へと向かった。
「だいたいお父様もお父様よ! 確かに私達は自由にやりすぎたかもしれないけれど、外交だのなんだのと今更罰みたいな事をさせるだなんて……!」
自身のやりたい事に専念できないウレーヌは、自分の奔放な振る舞いを自覚しながらも現状に募る不満を父に押し付けた。
「今までどれだけ城を改造したり細工をしても何も言ってこなかったのに……!」
「逆に今までよく許されてたな!」
「あのっ」
エーダが先程からずっと気になっていた事を王女に訊ねた。彼女が口にしていた『やりたい事』である。
部屋を見ればわかると思うけど──語り始めるウレーヌの調子は少しばかり沈んでいた。ウレーヌの自室に入った時からユーシャ達もある程度は察していたが、やはり彼女がやりたい事は建築に関する勉強であった。エーダとフアムはトモフの町を設計した大工の仕事ぶりから、ウレーヌは建築関係に強い関心を示して道を志したのだと王妃が言っていたのを思い出した。
「あなた達トモフの町には立ち寄っていたのよね?」
ウレーヌはユーシャ達が山麓の町で起きていた魔物の襲来の話を知っていた事から滞在していたのであろう自身の推察を確認した。ユーシャ達は頷く。実際はフアムから聞いた話なのだが、トモフの町に立ち寄っていたのは事実であった。
「じゃあ、間違いなくジャンクさんから話を聞いたんでしょうね」
……。断定された。山麓の町に住む、高齢ながら恰幅の良いジャンクじいさんが句読点もなくのべつ幕なしに喋るのはこの国では有名なのだろう。『マシンガントークで出迎えるじじい』はあの町の名物なのかもしれない。
「それじゃあ、トモフの町の成り立ちも聞いたのよね?」
「えぇ。なんでも他の国からやってきた大工さんが設計したっていう」
「うん。サスケって人だっけ?」
「……え、サスケって誰?」
エーダとフアムは鳥が擬人化したようなユーシャの平常運転を平静に流す。しかし、ウレーヌは少年の返答に戸惑ってしまった。フアムはユーシャについて軽く説明した。
「ユーシャは忘却能力が異様に高いんだよ」
「な、なるほど……。あなた達は魔王を討伐するために旅をしていると確かお父様が言っていたわね。人が生きていく上で精神を保つためには忘れる能力が重要なのだと聞いた事があるわ。ユーシャ。あなたは旅の中で過酷な経験に耐えるため、その能力を身につけたのね」
「……いや、ただの遺伝だと思う」
ウレーヌの深読みをユーシャは否定する。暢気と噂に名高い迷君──オカノウエー国王ノンキーナの色濃い血を、息子であるユーシャは自覚していた。
「なるほど。その忘却能力と戦闘力をして勇者に選ばれたという事ね」
……。王女はどこまでも深読みした。ユーシャは少し俯き、思案する。
「うーん……どうなんだろうな」
ユーシャは思い返す。自分は何故勇者に選ばれたのか。何故、魔王討伐を果たすという大業を任されたのか──。
……何でだっけ──?
……。やはりユーシャの忘却能力は抜群に高かった。だが、選ばれた理由も『次は先代の勇者が輩出された国の隣から』というまるで回覧板を回すような感覚のものだったので思い出したところでどうという事もないだろう。
「それで、サスケっていう大工さんに憧れたから建築とかの勉強に集中したいんだね」
記憶がベルトコンベアのように流れていくユーシャの事はさて置き、フアムはウレーヌ王女の『やりたい事』を総括した。ふと見ると、ウレーヌは俯き、もじもじしていた。何やら恥ずかしそうにも見える。勉強の他にも何かあるのだろうか。言おうか言うまいか、口をぱくぱくとし、目線も忙しなく動いている第二王女は意を決したのか秘めた思いを口にした。
「わ、私……っ! サスケさんと結婚したいの!」
少しだけ顔を赤らめたウレーヌは堰を切ったように喋り出す。
「サスケさんが滞在していた時は私まだ小さかったからプロポーズしても軽くあしらわれちゃったの! サスケさんの好きな蒲焼って料理も毎日作ってあげるって言ったのに!」
ウレーヌの突然の告白に、女性陣は盛り上がる。
「わあ! 何だか可愛いー!」
「か、可愛い? そ、そうなの?」
「君きゃわうぃいねえ!」
「チャラ男かお前は!」
ウレーヌが建築を学ぼうとしたのは単純明快、極東の島国からやってきた凄腕の大工・サスケに好かれたい一心であった。
「町が完成してどこかに旅立つサスケさんに言ったの! 私も設計出来るくらい成長したら、一緒に連れていってくださいって! そうしたらサスケさんはいつか大きくなったらなって言ってくれたのよ!」
また、いつの日かサスケがふらりと現れてもいいように、その時に認めてもらえるくらい成長できているように、連れていってもらえるように──。ウレーヌは一途な願いのために一分一秒も無駄にせず、腕を磨いていたいという事である。小さい頃の想いをいつまでも持ち続けているだなんてとても純粋な女の子なんだな──ユーシャは胸を打たれた思いであった。
「一緒についていっちゃえばもうこっちのもんよ! ほら、私って幼児体型じゃない⁉ 男の人ってみんなロリコンなんでしょ⁉」
いや、純粋とはちょっと違うかなあ──ユーシャは即座に考えを改めた。
自身の目的を口にしたからか、ウレーヌはことさら勉強の意欲が湧いてきたようだった。もっと勉強したい、もっと成長したい。姉──イルーニの旅に出たいという願いを果たせなかった事は自分の事のように残念がっていたが、私達はまだまだこれからだと逆に気合に満ち溢れていた。
ユーシャが呆けた顔で第二王女を見ていると、不意に目が合った。するとウレーヌもユーシャの顔をじっと見つめる。しばしの沈黙ののち、眉間にシワを寄せていた顔をぱぁっと明るくさせ、ウレーヌはユーシャに話を持ち掛けた。
「そうよ! あなたイルーニと、私の姉と結婚しちゃえばいいじゃない! あなた達が権力を手にして私を自由にさせてよ! 跡継ぎ問題も解決だしオールオッケーじゃない!」
「勝手に決めるんじゃねえ! それに俺にはもう許婚がいるし、姉を勝手に差し出そうとすんなよ!」
「あ、もしかして急に王様になるのが不安? じゃあ私の使用人からステップアップする?」
「急激なダウングレード! 俺、一応王子なんだけど‼」
双子は思考回路まで似るのだろうか。カランカ城でイルーニがユーシャに言い放った文言とほぼほぼ同じ内容の事をウレーヌは口にした。そしてイルーニに言われた事などユーシャはすっかり忘れているのだろうが、正真正銘一国の王子であるユーシャもほぼほぼ同じ文言でツッコんだ。
「大丈夫よ! 心配しないで! 私はハラスメントなんてしないわ! 埃が溜まってたってねちねち言わないし、あなたがどんくさくても──」
「姑かあんたは! そんな心配してねえよ!」
ウレーヌ様──ユーシャ達が会話していると、扉の外から兵士の声が聞こえた。今後について話をするため、玉座の間まで来てほしいそうだ。ユーシャ一行もここらが潮時と見る。
「それじゃあ俺達も国王達に挨拶して城を出ようか」
一行は新たな旅路へと目を向ける。ウレーヌは沈痛な面持ちでユーシャに声を掛けた。
「行ってしまうのね……。私達を捨ててまで」
「そもそも貰っても拾ってもいねえよ」
「ふふ、冗談よ」
そう言ったウレーヌの目は笑っていなかった。先程のビルッグ国王と雰囲気がそのままである。まさかこんな冗談で血のつながりを感じるとは思いもよらなかった。
再び外から声を掛ける兵士に返事をして、ウレーヌはおもむろにドアノブに手を掛ける。あぁ、そうだった──ウレーヌは振り向きざまに、微笑みながらユーシャに話し掛けた。
「まだお礼を言っていなかったわね」
イルーニを助けてくれてありがとう──ウレーヌは感謝を口にして、扉を開けた。




