5話「町へ②」
──攻撃がまるで効いていない……‼ さ、最悪だ──‼
協力して魔物退治を試みたが、少年の挑発も青年の攻撃も結果として逆効果となり、凶暴な魔物・ウォーマルフの怒りを買った。もう自分が駆けつけても間に合わない。かばう事も出来ない。
青年は少年に手を借りようとした事を悔やんだ。このままでは少年が殺されてしまう。一体何を考えていたんだろうか、今すぐ逃げろと言うべきだったのだ。
いや、今からでも遅くない。青年は必死に叫んだ。
「ダメだ逃げ
その瞬間、とんでもないスピードで魔物が青年の横を飛んでいった。
青年は唖然として魔物が飛んでいった方向を見る。木に強く打ち付けられたウォーマルフは情けなく舌を出し、何が起きたのかもわからないまま完全に延びきっていた。
ウォーマルフは自発的に吹っ飛んだのではない。ユーシャが蹴り飛ばしたのだ。
「…………っ!……す、凄い……!」
そんなに大きくない魔物とはいえ人間が身一つでこんなにも吹っ飛ばせるものだろうか──。
だが、驚嘆した青年には疑問が残る。魔物を文字通り一蹴できる実力があるならば何故自分に倒させようとしたのだろうか。──いや、それは今考えなくてもいいか。とにかく少年は窮地を救ってくれたのだ。
「うわぁ、何かすげー飛んだなぁ……」
……。青年が感謝と労いの言葉をかけようと少年を見やると、自分以上に蹴った本人が驚いていた。
はて、どういう事だろう? もしかして自分の実力を知らなかった? 果たしてそんな事があるものだろうか。何も裏付けがなくこんなにも強いのであれば少年は天賦の才の持ち主だという事になるが……。そのような事を考えながら青年は少年に駆け寄る。
「あの、どうも助けてくれてありがとう。君の蹴り、凄かったね。そんなに強いのに何で僕に倒してだなんて……」
「あー……、いやぁ、俺今まで人とか魔物とかと戦ったりしたことなくてさー。だったら俺が隙をつくってお兄さんに仕留めてもらった方がいいかなって思ったんだよ。あなた力強そうだし」
成程。合点がいった。しかし実戦経験がなく、魔物と相対した状況でよくもそんな冷静な判断ができたものだと青年は感嘆した。だが、そうだとするならなおのこと彼の実力はどうなっているんだろう? 二人はここに留まっているのもなんだからと道すがらで会話を続けた。
「多分、母上の教育の賜物なんじゃないかな」
「へぇ、お母さんの……。いや、どんな方針で育ったらあんな実力が身に付くのかそれでも僕にはさっぱりなんだけど……」
「うーん……。楽しかったなぁって思う一方ですごい追い込まれたっつうか、追いかけ回されたっつうか、追い詰められたっつうか……。足腰さえ鍛えておけば何とかなるって」
「はぁ……。な、何だか凄い教育だね……」
「足腰を鍛えておけば老後は安心、夜の営みは絶好調って」
「だいぶ踏み込んだ教育されてますね‼」
そう。オカノウエー・ニール・キレ・イーナ王妃は暢気な国王をよそに「お遊び」と称し、幼い頃から息子を鍛え上げていった。
──良いですかユーシャよ。強靭な足腰があれば恐れるものは何もなくなります。夜の営みにも自信を持って臨めるでしょう。
「あ、あのっお母様。夜の営みというのは六歳の僕が知っていいものなのでしょうか⁉」
「今は漠然と察するだけで構いません。さて、話を戻しますが何故体を鍛えなければいけないのか? あなたはいずれこの国を継ぐのです。平和な世の中とはいえ、時には力で示さなければいけない事もあるのです。王として強さは必須の項目なのですよ。特に下半身。国の存続のためにあなたは必ず子作りのためセ」
「話がさっきより具体的になってますお母様!!!」
色々な名目を前置きに駆けっこから始まり、次第に追いかけっこ、最終的には「捕まったら鬼の血注入、僕は人でいたいんだ鬼ごっこ」「時間内に見つかったらおやつが栄養価の高いゲテモノに全替わりかくれんぼ」「島国出身の大工・サスケ製アスレチックパークの制覇」「二十四時間耐久サバイバルデスマッチ~私の屍を越えてゆけ~」等々のバラエティに富んだ「お遊び」でユーシャは母から驚異的な戦闘力を仕込まれてきたのだった。
「あ、見えてきました。あの小屋がそうです」
オカノウエー王家のぶっとんだエピソードに血の気が引いていた青年は自身の目的地である海辺の小屋を指差した。青年は父に会いに遠路はるばる来たのだという。
──久し振り──。そう言って青年は父の墓前に手を合わせた。
「そっか。墓参りに……」
「えぇ。オカノウエーの領内であなたの国の方も定期的に掃除はしてくれているんですけど、ここを父の墓とする許可を下さったお礼に僕も綺麗にしてるんです。ハハ、今や墓参りの方がついでなのかな」
「ふーん。そうなんだ」
青年の話を聞きながら、ユーシャも墓前に手を合わせていた。
十年程前になるだろうか──。岸壁の上にある小屋に住んでいた青年の父はいつものように海を眺めていると、波とは違う飛沫を上げている事に気づいた。
──波間に長い黒髪が見える──。男は一目散に着の身着のまま飛び込んだ。異変に気付いた浜辺を散歩中のギャラリーが見守る中、超人的な身体能力で潮の流れに逆らって泳ぎ、男は対象を掴み抱き上げた。
「父は正義感が強い人で、らしいと言えばらしいんですけど、一方で早とちりもよくするんですよね」
結果として、男が抱き上げたものは人ではなかった。絡みつく海藻に視界を奪われて暴れている大魚だったのだ。
勘違いに気づいたその時である。男は高波にさらわれてしまった。
「あ……じゃあお父さんはそれで……」
「いえ、その後自力で陸に上がってきたそうです」
「じゃあ、その後に力尽きて……」
いえ、と青年は言葉を返す。ユーシャは話が見えてこなかった。……これはそこの墓で眠っているお父さんが亡くなった時の話なんだよな……? ここからどう最期に繋がっていくんだ……?
「父は抱き上げたのが女だと思ったら女じゃなかったショックで死にました」
「人類史上初の死因じゃねえ⁉」
男は無類の女好きだった。食事の回数よりも睡眠の時間よりもセクハラの方が多かったクズである。世界をまわり、セクハラにセクハラを重ね各地を出禁になり、晩年は小屋で孤独に過ごしていたため女に飢えていた。そんな背景からか、海藻が絡まった大魚が髪の長い女に見えた男は一寸の躊躇もなく感情のまま飛び込んだというのが事の次第である。
「っ……! 父の……父の最期の言葉は『女じゃねえのかよ!!! 抱ける女はどこだよオイ!!!』だそうです……ッ‼」
「断末魔がだいぶ爛れてんな!!!」
「……。ッすいません。ちょっと湿っぽい話になってしまいましたね」
「いや、『幻の女のケツ追っかけて死んだ』ってもはや喜劇だと思うよ」
青年の父のぶっとんだエピソードに、今度はユーシャの血の気が引いていた。
「えーと、海岸沿いに行けばいいの?」
「えぇ。へたに林を突っ切ってから街道に出るよりもその方が分かりやすいと思います」
程なくして本題に入り、ユーシャは青年にショークニーへの行き方を教わっていた。旅を始めて早々に横道に逸れてしまった感はあるが、何はともあれユーシャは再び仲間を探しにショークニーの町を目指す。
──ユーシャは墓の手入れをしている青年を見る。聞けば青年は山を一つ越えた港町からやってきたらしい。そこで大工として生計を立てているそうだ。先程は魔物の咆哮で驚き、尻もちをついて形勢を不利にしてしまったそうだが、大工であればきっと腕力も体力も申し分ない。セクハラじじいの超人的な遺伝子も継いでいるだろう。それとなく話して旅についてきてもらおうかな。
「仲間に……? いえ、あなたの旅についていくつもりなんて更々ないですよ」
……。ものすごく雑にあしらわれた。
「もう用件は済んだでしょう? 掃除の邪魔なんで早く行ってもらってもいいですか?」
「あっはい。すんません……」
……。…………。小屋を後にしたユーシャは雲一つない空を見上げた。
「ショークニー……。どんな町なんだろうなぁ‼」
父さながらに異常に切り替えが早い少年は果てない旅路をゆく──。
「ショークニー」につづく。