47話「決着」
「ねえっ、ねえっ! ほらっ! 私、役に立つんだから!」
王女イルーニは自らの実力を知らしめるように何度も何度も魔物に蹴りを入れる。イルーニに負けず劣らず自分勝手な魔物・ドゴソは蹴りが入る度に呻き声を上げる。目をキラキラさせた王女が魔物を蹂躙するという何ともバイオレンスな光景が広がっていた。
ここまで魔物がイルーニに手も足も出ないのは実力差というよりもドゴソが長きに渡って引きこもり生活を送り、体が完全に鈍っていたからだろう。
ユーシャとしては魔物を攻撃するのを止める義理はない。むしろ討伐する立場である。だが、ここまで一方的な展開となると、魔物に対する憐れみを禁じ得なかった。
さて、どうするか──キャラ被りを危惧して、イルーニが旅に付いてくるのを断る方向でいたユーシャだったが、ここに来て気持ちに変化が表れてきた。
──これ以上断る理由を作れる気がしない──。
……。何とも情けない理由だった。
逆に言えば、拒否するのにそこまで頑なではないという事だろう。ユーシャはエーダとフアムに声を掛けた。
「なあ、王女様……一緒について来てもらう?」
エーダはユーシャを見やる。
「私はユーシャの判断に従うわ」
そして、フアムも続く。
「いいよ。今度は私達が王女様を連れさらうんだね」
「おいおい。さらうって何だか物々しい言い方だな……あれ?」
結果だけ見ればそうなるのか──? ユーシャはフアムの表現に腹落ちした。
もし、イルーニと一緒に旅をする事になった場合、城に立ち寄らなかったとしたら、カランカ・ランデスから見れば相手が変わっただけで国の王女がさらわれた事に変わりはなくなるのだ。
イルーニが仲間になる事を安易に考えていたユーシャは今一度状況を整理する事にする。すると、まず一番にするべき事が見えてきた。
「そうだ……。俺、国王に確か連れて帰るって言ったっけ……。と、なるとやっぱり一旦は城に連れていく必要があるな」
「正確には『絶対に王女様を助けるよ』だったよ」
「え? そうだっけ?」
そばにいたフアムの方がしっかり記憶していた。いつの間にか自分のセリフさえ改ざんしているトリ頭にフアムは進言する。
「ここで魔物を倒しちゃえば、黙って連れていっても結果的に助けた事になるから嘘にはならないよ」
「うーん……。それも、そうか……?」
「ユーシャは勇者なんだから、王様に黙って王女様と楽しい事しちゃいなよ」
「勇者の所業じゃねえだろ! それに何だよ楽しい事って! フアム、あんまりませた事──」
「楽しい旅。あの人、すごい明るそうだし」
「あ、ああ……うん。そっちね……」
魔物の苦しむ声と激しい攻撃音をBGMに二人がしょうもない会話をしていると、エーダが口を挟む。
「だ、だめよっ! お城の人達も心配しているだろうから一度帰って皆に顔を見せてあげないと!」
「た、確かにそうだよな……」
まるで天使と悪魔のように意見が分かれ、ユーシャは右往左往していた。天使の言葉に対して、悪魔が囁く。
「でも、王女様は帰りたがってないよ。王女様も大人なんだし、そのまま連れていっちゃえばいいよ」
「それじゃあいくら何でも不義理よっ! 私達は救い出してくれってお願いされたんだからまずは王女様を城にお連れするのが筋だと思うの! 仲間になるのはその後の話じゃない⁉」
「どうやって連れていくの? あの人、王妃様も言ってたけど我が強いし大変そうだよ」
「そ、それは……っ、ユーシャの腕の見せ所じゃない! だってユーシャは勇者なんだもの!」
「ちょっと待てお前達の勇者象どうなってんの⁉」
「ユーシャなら……凌辱でもして正常な判断力を奪いその隙に連れ帰るくらい朝飯前よ!」
「勇者の所業じゃねえな!」
……。悪魔よりも悪魔だった。
どの道、城には帰った方がいい──。この先どうなるかは別として、助けると言った手前、黙って旅立つというのは確かにお互いしこりが残るような行動に思えた。もし、イルーニ王女が城には戻らないというのなら、自分一人で報告でも済ませるか。王女が戻らないと知ったら、国王や王妃はどんな顔するかな──そんな事を考えていると、ユーシャの頭にあるシーンが過った。
──魔物の五臓六腑全てを八つ裂きにして尊厳さえ踏みにじる──。
……。いや、あれは王女の居場所を特定できない状況に業を煮やしたからで、さらに愛娘をさらったのが魔物だから、あのような物騒な発言になったのだろう。しかし、あの時の国王の剣幕はユーシャのおぼつかない記憶野に今でも残る程相当なものであった。
……まさか、矛先が俺に向かう訳ないよな──。だがしかし、確証は持てない。なにしろユーシャと国王は親交ある国同士なれど、先日が実質的な初顔合わせだったのだ。国王がどのような人物かなど知る由もない。でも、魔王討伐を果たす旅に出ている事は国王も承知なはずで、その勇者を酷い目に遭わせるなんて事は──。
「イ、イルーニ王女! ちょっといい⁉」
想像上のカランカ・ランデス国王に悪寒が走ったユーシャは、居ても立ってもいられずイルーニに声を掛けた。魔物への攻撃をピタッと止め、凶暴な王女はユーシャの方へ振り向いた。
「え⁉ 私を仲間にしたいの? いいわよ!」
「そんな事一言も言ってねえだろ!」
都合のいい勘違いをする王女にユーシャは訊ねる。
「あのさ、お父さんてどんな人?」
思いがけない質問に、小首を傾げてキョトンとする。だが、すぐに意図を察したのか、イルーニは口を開いた。
「ウレーヌと結婚して国の後継ぎになるって事? 『お義父さん』って意味ね!」
「違うわ! 深読みすんじゃねえ‼︎」
ユーシャは真意を説明する。イルーニは目線を斜め上に向け、眉をひそめながら記憶を探った。
「怖い……? うーん、どうだろう? お父様は怒る時はちゃんと怒るけど、怖いかと言われると……ちょっとわかんないわね……。……あっ」
そういえば──イルーニはある日の出来事を思い出し、語り始めた。
カランカ・ランデス王国第一王女は小さい頃、誘拐された事があったのだった。幸いにもすぐに犯人は捕まり、王女は無事に保護されて事件は解決を見た。あまりに幼かったため本人は覚えていなかったのだが、兵士達の話題に上がっていたところを偶然通りかかったイルーニが耳にして、その事実を初めて知ったのだった。
「私は当時の事が気になっちゃって顛末とか犯人の結末とか兵士に聞いてみたんだけど、みんな青ざめて震え上がるばかりで誰も答えてくれなかったのよねえ」
ユーシャもまさに今、震え上がる思いであった。王女の独白はなおも続く。
こうなったら国王──父の反応を見て類推してみようと、イルーニは国王に何の気なしに訊ねてみた。
もし、私が悪者に連れ去られたらどうする──? 国王は一瞬、顔を強張らせながら、すぐに笑みを浮かべて『何があっても助け出してみせるよ』そう答えた。国王は幼い娘に因果応報という言葉があると説く。そして──。
──可愛い娘をさらう大罪人は誰であろうと根絶やしだ──。
「顔は優しかったんだけど、声があからさまに低くなってたなあ……って、ごめんなさい。ちょっと違う話になっちゃったわね」
「……いや」
どう考えても極刑に処されてんな──。だが、愛娘の危機とあらば当然とも言える。このまま城に立ち寄る事をせず王女を連れていけば、自分の命が危ない。もし、国王がユーシャを処そうとしたら王妃は止めてくれるだろうか? いや、国王と同じ立場とみるべきだな──。もはや何と戦っているのかわからなくなっていたユーシャは取るべき行動を確信し、覚悟を決めた。
「イルーニ王女! ひとまず城に帰ろう! 一緒に旅をする事になったとしても、それが最低条件だ!」
「いいえ私は帰らない! そのまま旅立つの! それが最低条件よ!」
「アンタ条件出せる立場じゃねえだろ‼︎」
我が身を案ずる王子と我が儘に振る舞う王女が騒いでる傍らで、ボコボコにされていた魔物がおもむろに立ち上がる。ドゴソの眼光は王女を捉えていた。人間に、何より女にいいようにやられて屈辱的だったのだろうか。ドゴソは震えながら口を開き、思いを吐露した。
「わ、吾輩は必ず……必ず──!」
結婚するのだ──!
……。……ボコボコにされた屈辱よりも、結婚願望に執念を燃やしていた。
ドゴソは意を決し、長い引きこもり生活で失ったなけなしの力を振り絞ってイルーニに襲い掛かった。王女の反応が一瞬遅れる。あとひと押しで旅に連れて行ってくれそう──そんな微かな手応えが油断を生んでしまった。反撃しようにも間に合いそうにない。
「吾輩は必ず嫁を貰う! そして幸せな結婚せ──」
「うるせえ」
今それどころじゃねえんだよ──! やはりと言うべきか、魔物はセリフを最後まで口にする事なく、いち早く反応したユーシャに蹴り飛ばされた。勇者の蹴りの威力はイルーニのそれを凌ぎ、激突した衝撃で強固な壁は木っ端微塵に粉砕し、竜型の魔物ドゴソは断末魔を上げながらそのまま城の外へ消えて行った。




