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勇者の扱いが雑なんだが。  作者: 二ツ木十八
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46話「あの日の出来事」

 魔物の名はドゴソ。ドラゴンの誤字脱字みたいな名前の生き物は今から十八年前、北東に存在するハウクトー大陸にて奴隷のような身なりの少女に蹴り倒され、傷心のまま数年世界を飛び回り、無人となった砂漠の城を見つけたのちに、そこで自堕落に引きこもる生活を送っていた。

 心の傷も癒えてきた昨今、吾輩もそろそろ結婚かなあ──そう思って再び空を飛んでいたところ、馬車に乗って移動していた集団を発見する。様子を窺っていると、城に到着して、馬車から降りたドレスを着た一人の娘の姿が目に留まった。

 そうだ、人間と結婚してみよう──大した思い入れもなかったが、興味本位でちょっといいなと思った娘──カランカ・ランデス王国第二王女ウレーヌを我が手中に収めんと、ドラゴンのような魔物・ドゴソはランデス城に現れた。


 カランカ・ランデス王国第一王女イルーニは一ヶ月程前に騒動を起こし、自室から出る事を禁じられていた。

 どうやって部屋から抜け出してやろうか──自室をきょろきょろと見回していると、ドタバタと音を立てて兵士がやってきた。第一王女は兵士の表情でのっぴきならない事態が起きたのだと察する。内心心が踊ったイルーニは魔物の侵入を許してしまった事を聞き、兵士と共に玉座の間へと駆けつける。すると、真っ先に大蛇のような姿態の魔物と、その手中に捕われているウレーヌの姿が目に入った。

 イルーニは思わず双子の妹の名を叫んだ。姉と妹、イルーニとウレーヌの目が合う。──瞬間、躊躇なく魔物の懐に飛び込む。


「えっ⁉ お、同じ顔……⁉ いや、違う、いや、同じ?……! 複製か⁉」


 ……。二卵性双生児の二人は通常の姉妹程度には違いがあるのだが、人間にさほど興味がないからか、それとも単純に見分けが付いていないのか。双子の姉の登場に魔物は混乱していた。


「複製なわけないでしょ。それよりも──」


 さらうなら私にしてよ──。イルーニからの提案に、ドゴソは驚きを隠せなかった。戸惑っている魔物に、イルーニはさらに詰める。


「私の言う事聞かないならこの場で裂いて蒲焼にしてやる」


 ……。信じられない事に人間が魔物を脅していた。動揺し、口ごもる魔物。自身を凝視する姉妹を交互に見やる。

 ……まあ、別にこっちの娘でもいいか──もし人間であったならば確実に軽蔑されるであろう結論に落ち着いた。

 誤字脱字の魔物は標的を変え、イルーニを掴み、城を離れた。去り際にイルーニはウレーヌの心に何か語り掛けるように目配せをしていた。




「ねえ」

「は、はい⁉」


 空を飛び、高度を上げた魔物にイルーニはドスを利かせた声で話し掛ける。ドゴソはどこか怯えた声で返事をした。イルーニは空から地上を眺めてみたいと、ぐるっと周回するようお願いをしてきた。この娘は空を飛ぶのが好きなのだな──真意を確かめる事もなくドゴソは快諾し、ニスニアール大陸を北、または南、もしくは西、あるいは東と飛び回った。

 しばらく空の旅を続けていると、砂漠にそびえ立つ美しき城が見えてきた。今度はカランカ城に降りるよう指示を出す。


「ハッハッハ! 我が城に目を付けるとは! 見る目があるな娘よ!」


 無人の城にこっそり引きこもっていただけの分際で、カランカ城を我が城と得意気にドゴソは高笑いをする。イルーニは反応もせず、押し黙っていた。

 砂漠の城に降り立ったイルーニは、勝手知ったる場所なのか城壁内に築かれた町の中をすらすらと進み、中央階段裏の地下へと続く階段を下りていく。長く続く階段を下りて厳かな扉を開けると、そこには立派な闘技場があった。武舞台、観覧席、招かれた主賓や王族が座っていたであろう特上席を見渡し、万感の思いで胸いっぱいとなったイルーニは、満足したのか晴れ晴れしい表情でそのままカランカ城を後にした。


「ま、待て……! どこへ行く⁉」


 慌てて追いかけてきた魔物の問い掛けに、イルーニは淡々と答えた。


「私はこれから旅に出るの。あぁ、空を飛び回ってくれてありがとう。これからの旅の良いイメージが出来たわ」

「な……⁉ 空を飛ぶのが好きではなかったのか⁉ 吾輩の純粋な気持ちを弄んだのか⁉」

「そんなの知らないわよ。それに空なんて飛んだ事ないんだから好きも何もないし。私を連れ出してくれた事は感謝するわ。ありがとう。さようなら」


 な、何て自分勝手な女だ──自分の事は棚に上げて、素っ気ない挨拶をする娘に魔物は苛立ちを覚える。しかしそれ以上に疑問が生まれた。最初から旅をするのが目的であるのなら、何故この娘は城に降り立ったのだろうか。疑問をぶつけてみると、イルーニは先程とは打って変わって嬉しそうな顔をしていた。


「んー? うーん、聞かれたからにはしょうがないわね、答えてあげるわ」


 カランカ城の地下で行われた武術大会が私の始まりの場所なの──。交流も兼ねて連れてこられた闘技場で開催された武術大会。鍛え上げられた武闘家たちの力と技術の応酬に幼き少女は心を奪われた。そして誓ったのだ。いつか自分も強くなるのだと。そして鍛えた力を試すための旅に出るのだと──。


「ウフフ! 志した場所からその旅が始まるだなんてロマンチックじゃない? だからカランカ城に寄っておきたかったの!」


 イルーニはひとしきり語った後、軽やかな足取りで歩き出した。ドゴソを一切気に掛ける事もなくランデス地方へ続く街道に向かって行く。

 いいように利用された魔物は低い声で笑う。虚仮にされた事よりも、王女の強気な姿勢が気に入ったようだった。ひとまずは自身の置かれた立場をはっきりと教えてやらねばいけないようだ──ドゴソは唸り声を上げ、猛然とイルーニに襲い掛かった。


「娘よ! 力を試したいというのであれば怖気つかずにまず吾輩と戦ってみよ! ハッハッハ! 貴様はこの我が城で吾輩と一緒に──」


 最後まで口にする事なく、イルーニの凄まじい速度の蹴りで吹っ飛ばされた。

 砂漠を転がっていったドゴソは何が起こったのか理解できず、目をぱちくりさせて眼前の娘を呆然と見つめていた。戦慄している魔物にイルーニは話し掛ける。カランカ・ランデス王国第一王女はあからさまに不機嫌な表情をしていた。


「あーあ。城を連れ出してくれた事には感謝しているから見逃してあげたのに。アンタよくもまあ私に勝てると思ったわね」

「え、えっ、ええっ⁉」

「それとさあ、さっきから我が城って言ってるけど、それ、撤回してくれない? ここはカランカ・ランデスの……いえ、イーゲン大臣が治めていた城なの。二度とふざけた事言わないで」


 仏頂面で釘を刺す。イルーニが不機嫌だった主な理由がそれであった。併合した後、汗水流して尽くしてくれている大臣の大切だった場所をして、我が物顔をしていた事に我慢ならなかったようであった。

 イルーニは颯爽とその場から去っていった。魔物は後ろ姿を見つめていると、わなわなと屈辱感が込み上げていった。このまま逃してなるものか──イルーニが砂漠を進み、街道に差し掛かろうとしたその時である。魔物は自らの長い体躯をしならせ、岩山に叩きつけた。大きな地響きと轟音とともに岩はガラガラと崩れ落ち、狭い街道に積み重なっていく。うずたかく積まれたそれは、完全に道を塞いでしまっていた。

 進路を断たれて立ち尽くすイルーニは、ドゴソの方へ振り向き、殺意を漲らせて睨んだ。そして震え上がる魔物を差し置き、踵を返してすたすたとカランカ城へと歩いていった。

 

 城に戻り、大きな中央階段を上がった先の大広間にて無言の時間が続く。ドゴソがおろおろと様子を窺っていると、イルーニが口を開いた。


「ねえ、あなたはここに棲みつくまでどこで何をしていたの?」


 思わぬ質問に呆気に取られる。いや、ようやく観念したのだな──都合のいい解釈をした魔物は自慢げに東の大陸で暴れまわっていた事を──少女にボコボコにされた部分は省略して──長々と語り始めた。

 



「……さて、と」


 数時間は経ったであろうか。だらだらと語っているドゴソを尻目に、イルーニはおもむろに立ち上がり、準備運動をし始めた。不思議そうに魔物は訊ねる。


「何だ? 運動でもするのか?」


 イルーニは目を閉じ、静かに話し始める。


「あれだけ大きな崩落であれば、城の者が気付いてすぐに調査にやってくるでしょうね。私がカランカ城に連れ去られたんだと察するはず。そして障害物を除去して、再び街道は通れるようになる。あとは──」


 こっちの障害物の始末──。何を言っているのかドゴソはわかっていなかった。そんな鈍感な魔物を、イルーニは鋭い眼光で睨みつける。既に王女は戦闘態勢に入っていた。


「二度とこの国で舐めた事出来ないようボコボコにしてやるから覚悟しなさいよ……!」

「え、えっ、ええっ⁉」


 魔物に語らせたのは、砂漠で消耗した体力の回復と、カランカ・ランデスの人間がイルーニを救出しようと街道を通れるようにするための時間稼ぎだった。イルーニの動きにまるで反応できていない魔物は再び蹴り飛ばされ、強固な壁に激突する。さらわれた王女を救出しようと城に来ていたユーシャ一行が激突音を聞きつけて大広間にやってくるのは、それから間もなくの事であった。


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