40話「頼み事」
「……これは、ひどいな……」
ユーシャ一行は思わず絶句した。カランカ砂漠へ続く街道を進んだ先にはランデス側からの入り際での崩落とは比較にならない惨状が待っていたからだ。
岩山は大きく抉れている。そしてそこにあったであろう岩々が街道を塞ぐ形でなだれ落ちていた。ランデス側の崩落した岩は高くてもユーシャの身長を少し超える程度で何とか通る事が出来たが、街道の奥──カランカ砂漠から五十メートル程手前──の現在ユーシャ達がいる狭小な路面には、大小様々な岩がうずたかく積まれていた。ユーシャは一応エーダに訊ねてみる。
「無理に通ろうとすれば更に崩れて危ないと思う……」
予想通りの答えが返ってきた。魔物の居場所は判明し、あとはその居場所──カランカ砂漠中央部に位置するカランカ城に向かい、救出する。取るべき行動は明瞭なのに、その道は閉ざされてしまっていた。
ねえ──エーダが打開策を模索するユーシャに声を掛ける。
「北の領境に川があるでしょ? そこから流されていくっていうのはどう?」
カランカ・ランデスと北のヒエンルナの領境にあるヘンダ―テール川は幸いにも西側──カランカ砂漠の方へ流れていた。その流れに乗って泳ぎ砂漠へ上陸するというのがエーダの案であった。彼女は念のため二人に泳げるか訊ねる。
いや──ユーシャは否定した。身体能力に優れているユーシャは当然泳げるだろう──そう思っていたエーダは困惑しながら念押しにもう一度訊ねた。もしかしてユーシャはカナヅチなのだろうか──?
「泳いだ事ないから泳げるかどうかもわかんない……」
「え……? 本当に⁉ 今まで一度もないの?」
「うん。城に泳ぐ所もないし今回旅に出るまでサンミアークに馬車で移動する以外に外に出た事ないし」
「そ、そういえばそんな感じの事を言っていたような……」
まさかこんな形でユーシャが一国の王子である事を実感するとは思いもよらなかった。
うろたえたエーダはフアムはどうなのかと彼女の方へ振り向き確認した。
「人生の波を溺れないようにするだけで精一杯」
「夢も希望もない事言わないで!」
川を流れていくという妙案があっさり崩れた。だが、自然の中で生きてきたエーダは少し考えたのちにすぐさまイカダを作ればいいのだと思い至った。流れに乗ったまま接岸して飛び移る──高い技術と身体能力を要されるが、自分達ならきっと大丈夫だろう──。二人に発案しようとしたところ、エーダをじっと見つめていたフアムが口を開いた。
「おじさんの所に行ってみようよ」
どうやらフアムと生活を共にしていた冒険家のおじさんがヒエンルナ国領の川沿いの村に住んでいるらしい。川沿いの村──おそらくヒエンルナ王国の見事な体格をしていた兵士長が言っていた『立ち寄る価値もない後は滅ぶだけと言っても過言ではないような』という辛らつ極まりない枕詞がついた村の事だろう。
「へえ、そんな村があったんだなあ」
「その村って昔に漁師が集まって出来た村なんだって。だから舟とかあるんじゃないかな」
なかったとしてもおじさんなら何とかしてくれるかも──村の存在を初めて耳にしたような感想を漏らすユーシャに二人は無視を決め込む。
そしておじさんが住む寂れた村に活路を求めて来た道を戻っていったのだった。
「あら、戻ってきてどうしたの?」
「そういうゴリエット達もまだここにいたんだ」
踵を返してきたユーシャ一行と現在も街道に留まっていたメイド達は互いに驚いた反応を見せた。
屈強で強烈なメイド達は自発的に崩れた岩を邪魔にならないよう道端に寄せていた。
……。崩落して砕けたとはいえ、充分大きな岩なんだけど……。見た目通りとんでもねえなこの人達──彼女達の人並外れた剛力に戦慄を禁じ得ない。
ユーシャ達は戻ってきた経緯と街道の奥ではこちらよりも更に大きな崩落が起きていた旨を伝えた。
「もしかしたら……こちらの崩落はただの余波だったのかもしれないわね」
ゴリエットはユーシャ達が向かった先の道が塞がれた現場が崩落の大元で、その振動が伝播し、ここ──違う場所でも崩落が起きたのではと推察した。
状況を把握した筋肉は間髪を入れずにチョードリーとスピードアへ迅速で的確な指示を出す。
「チョードリーは山麓の町へ行って街道には近づかないよう町の方々に伝えて頂戴。スピードアはお城に向かい、国王様に街道の現状を報告して。私はその間ここに留まって誰も通らないよう見張っています」
ゴリエットの判断を疑う事なく彼女の後輩でもある二人はすぐさま行動に移した。
「それで、あなた達はこれからどうするの?」
場に留まったゴリエットに訊ねられたユーシャは今後の方針を答える。
「俺達はとにかく砂漠にある城に行かなきゃいけないからさ。北の方から回ってみようと思うんだ」
「あら、そうなのね……」
ちょっといいかしら──しばし思案したメイドは先に進もうと背を向けたユーシャ達を呼び止める。
「目的のついでと言っては何だけれど、一つ頼まれて欲しい事があるの」
「別に構わないけど、何?」
「一緒に旅をしているお方とはぐれてしまったという先程したお話を覚えているかしら?」
「…………。あぁ、うん」
この間は一体何かしら──? ユーシャの時差のある返事が気になりながらもゴリエットは話を続けた。
「私達は崩落の後処理をこの国の方に任せたら、これ以上のすれ違いを避けるために山麓の町に滞在させていただくつもりです。もしも私達が探しているお方と会うような事があったなら私達は山麓の町にいると伝えてほしいの」
ユーシャはゴリエットの頼みを快諾し、特徴を訊ねる。果たして彼女達と同じマッチョなメイドなのだろうか──彼女が発言に窮している事から、きっとそうではないのだろうとユーシャは察した。
ゴリエットは押し黙り、少し考えたのちにユーシャの質問に答えた。そうね──。
「見るからにお風呂が嫌いそうな若い女の子よ」
「見ただけでわかるか‼」
「では……『何か臭いそうな女』と言えばわかるかしら?」
「そんな言い草してやるんじゃない‼」
なにやら不潔そうなイメージを持ってしまったユーシャはわかりやすい外見の特徴はないのかと質す。盲点を突かれたようにハッとしたゴリエットはひとまず年齢から話した。はぐれた女性はつい先日に十六歳の誕生日を迎えたらしい。
特徴をあらためて言うのは案外難しいわね──ゴリエットは絞り出すように続けた。
「黒髪のロングで前髪の左こめかみ付近に花の形をしたヘアピンを付けていて上は両肩が出た服の上にシースルーのストールを羽織っていたわね。下は……膝上丈の動きやすいハーフパンツにくるぶしまでのアンクルブーツを履いている……こんな感じでわかるかしら」
「何でこっちが先に出てこねえんだよ‼」
絞り出してみれば、わからない方が難しい程にドバドバと特徴が出てきた。簡単な事が難しいとは果たして何の業なのだろうか。




