37話「崩落」
「ちょっと待ってフアムちゃん! どこか心当たりはあるの⁉」
「ないよ」
「ないのかよ!」
足早にランデス城を出てから、一行は──というよりも先を歩くフアムにユーシャ達が付いていく形で──北へ向かっていた。
フアムは口では心当たりはないと言うものの、一切迷いを見せないその足取りはどこか確信めいているように見えた。
「来た道を戻って……? あっ! そっか! 魔物の巣に行くのね⁉」
「うん」
「え⁉ そんなトコあんの⁉」
……。まるで砂塵ですぐに消える足跡のような記憶力のユーシャだけが理解していなかった。
だが、ここ──ニスニアール大陸南部のカランカ・ランデス国領には、フアムの存在が忘れ去られた町・トモフを襲った魔物の群れが巣食っていた場所があった。
──ランデス城なら山道を南にまっすぐ進んだ先だよ。途中の分かれ道を東に行くと以前にこの村を襲った魔物の巣がある山に出るから間違えないようにね──。
「トモフの町でお兄さんが言ってたでしょ? 私達が来た山道の分かれ道から行ける山よ!」
「な、なるほど! そこにいるって事か!」
「それはわかんない。でも、魔物が居そうな所を見ていくしかないと思うよ」
「……確かにな。よし! 行こう!」
「えぇそうね。そして王女様の代わりに身ぐるみを剥がされなきゃっ!」
「目的が変わってんだろ‼」
確証はない。だが、魔物の目的がはっきりしない以上、猶予があるとは決して言えない状況である。ならば考えるよりも足で稼ぐ──しらみつぶしに探していく事を決めたユーシャ一行は魔物の巣があるといわれている山をひとまずの目的地と定め、歩調を速めた。
「王女様をさらった魔物って、冒険者さんが討伐した生き残りかしら」
「うーん、どうだろうな……。仮にそうだとしても、知ったところで有利に働く事はないから考える必要はないんじゃないか?」
「うん。それはそうなんだけど、もしかしたらフアムちゃんはそう考えているんじゃない?」
どういう事かとユーシャが訊ねると、エーダはフアムの表情に変化がある事に気付いたのだという。道すがらその変化について考えていたエーダは、頭の中でフアムの過去の話と結びつけた。
「もしかして、討伐に参加できなかった事に心残りがあるんじゃないかしら」
「あぁ、そういう事か。うーん……俺にはいつもと変わらない調子に見えるけど」
「あの子の顔をよく見て。すごいやる気が漲ってるわ」
やる気が漲っている──? ユーシャは促されるままフアムを見やる。彼女の表情は、いつもと同じようにすんとしていた。
「……。特に変わってなくない?」
「もうっ、あなた鈍感すぎるわよ! どう見ても張り切ってるじゃない!」
男女には異なる役割を持って進化してきたゆえに脳の発達にも違いがある。その違いの一つとして、女性は男性に比べて表情を読み取る能力が高いのだという。
どんなに目を凝らしてみても少し眠たげにおっとりしているいつものフアムにしか見えない──輪を掛けて読み取る能力が低いユーシャは諦めずにフアムをじっと見つめる。そんなユーシャの視線をこそばゆく感じたフアムは勢いよく片目を閉じた。
「ばちこーん」
「ウインクせんでいい。お茶目か」
そんなに見つめれば照れもするだろうに──どこまでもユーシャは鈍かったが、行動においては思い当たる節があったようだ。
玉座の間にいた時、フアムは王族の面々のグダグダなやり取りに業を煮やして行動を移すよう気が急いていたような気がする。単にカランカ・ランデス王国の王女を救いたいだけではないのか──?
「フアム。もしかして以前に魔物の討伐に参加できなかったのって心残り?」
ユーシャのデリカシーのない質問にエーダが大仰なリアクションをする。
おそるおそる顔を窺い見ると、フアムは一切表情を変えずに質問に答えた。
「記憶にございません」
「国会答弁すんじゃねえ」
それは今は何も考えてないよ──フアムは一度濁した後に本心を明かす。過去は過去と割り切っている。大事なのは今なんだと、強い思いを内に秘めた少女は竜の魔物にさらわれたイルーニについて言及した。
「ユーシャ。ねえ、王女様は無事かな。身ぐるみ剥がされてないかな」
「フアム……。あぁ、きっと大丈夫さ!」
「ユーシャ。王女様を私達が──」
「おう! 絶対に助け出そう!」
「身ぐるみ剝いでその服を売ったらお金持ち?」
「ううん! 犯罪者‼」
お前の狙いはそれか! どうりで身ぐるみ剥がされるとか脈絡もなく言ったワケだ──!
ユーシャはこの小さくいたいけな少女が見た目に反して道理にも反した盗賊、いや、山賊然としている事を思い出した。賊の中の賊である少女は王族が身に着けているであろう高価な衣装と装飾品に目を付けていたのだ。
「フアム! 絶対にそれはダメだ!」
「うん。わかってるよ。身ぐるみ剥がされて喜ぶのエーダだけだもんね」
「もっ、もうっ! フアムちゃん……っ! そんな事っないわようっ!」
「だったらそんな感情が飛び跳ねたような喋り方すんじゃねえ‼」
かつてフアムは山賊から盗みを働いていたのは何の罪もない者から盗むのが気が引けたからと口にしていた。だから王女の身ぐるみを剥いで金を得る事はしないのだという。だが、しかし──。
「王女様を無事に返すのを条件に法外な報酬を要求したら大金持ち?」
「ううん! 大悪党‼」
詰まるところ国家を相手取った強請りじゃねえか──このままではいけないと感じたユーシャは、金への執着を見せる山賊少女に対してある決意を固めた。
「フアム!」
「Hey!」
「Yo! じゃねえわ!……フアム、一旦お金の事は忘れよう!」
「……うん忘れた」
「そんな刹那の話じゃない。フアム。この旅が終わったらオカノウエーに一緒について来て。住む場所と仕事とかは俺が父上に掛け合ってみるから」
もしかしたら母は盗賊行為をしたフアムに厳しい事を言ってくるかもしれない。だからなおの事、決定権を持つ国のトップである父に直談判した方がいいだろう。それに、あの人類指折りの暢気な性格の父なら何も考えずに『え? いいよ』とでも首を縦に振ってくれるはず──息子にはそんな能天気な算段があった。
「……。うん、わかった」
静かに話を聞いていたフアムは素直にユーシャの提案を呑んだ。そして少女はとても楽しみだとぼそっとつぶやく。じゃあ私は──。
「国お抱えの盗賊になるんだね」
「いい加減賊から離れろ‼」
「ユーシャ、フアムちゃんっ。分かれ道が見えてきたわよ!」
ニスニアール大陸南部を横切る連山の低い谷間の山道を行く一行は、トモフの町の若者が言及した東の山への分岐路が目に見える位置にまで来ていた。
決意を新たにして歩みを進めたその時である。激しい地響きとともに耳を塞ぎたくなるような轟音が遠くから聞こえた。
突然の出来事に戸惑う三人は、近くでの物音ではない事を確認し、揺れが収まるのを待った。
果たして何が起きたのか──その場で身をすくめながらごろごろと岩が落ちているかのような音に耳を傾ける。どこかが崩落しているのだろうか。
次第に小さくなっていく音とともに揺れも収まる。すぐさま三人は周囲を見通せる場所まで移動して事態の把握に努めた。
山麓の町・トモフのさらに北の山肌から煙が上がっているのが一目でわかった。立ち上がる煙の下で崩れた大岩が散乱しているのをエーダが指摘する。どうやらどこかが崩落したのは間違いなさそうだ。
まさか──岩が崩れ落ちた場所に見当が付いたユーシャはハッとして思わず声を漏らす。
「あそこ──もしかして砂漠に続いてる街道じゃねえか?」




