32話「ランデス城」
「ん……? 見たところ旅人のようだが、ランデス城に何か用か?」
トモフの町の若者が教えてくれた通りに、山道を南に向かって直進していくとすぐにそれは視界に入ってきた。
吹き荒ぶ風で粗い地層が露呈してきたかのような大地。質素な色で荘厳に立ち並ぶ岩山。そんな周囲の自然を引き立て役にして、一際に濃い緋色のレンガで造られた山に負けじとそびえ立つ建造物──カランカ・ランデスを治める国王が座すランデス城である。
「王女様は元気?」
単刀直入なフアムの発言に何用かとユーシャ一行に訊ねた門番兵がぎょっと目を見開いた。そして仲間であるユーシャとエーダもまさかの言葉に首の骨が鳴る勢いでフアムの方へ振り向いた。
何かの策という訳ではない。三人で打ち合わせた訳でもない。ただ単に小さな少女が無鉄砲に無遠慮な弾をぶっ放しただけなのだ。
王女についての言及など予想だにしていなかったのか唖然として固まる門番兵二人に対してユーシャもフアムに続く。
「いやぁ、えーっと……。ハーイ!」
……。フアムの突飛な発言にユーシャもついていけずにただのフランクな兄ちゃんになってしまった。
固まっていた門番兵達はユーシャを見やり、ハッとして我に返った。そして再度何の用件でランデス城に参ったのか理由を訊ねた。
「愛しの王女様に会いに来たんだよ」
「は? え? い、愛しって……? 君達は一体──」
「いやぁ、俺達北のヒエンルナの方から来たんだけど、トモフの町でここに愛らしい王女様がいるって聞いて、そしたらこの子が会ってみたいっていうもんだから」
門番兵の一人はユーシャ達三人をそれぞれ一瞥し、もう一人の兵と顔を見合わせてから返事をした。しかしその内容は腹の底が黒い行商人の回想とさほど違いはなかった。
いつもは城への訪問も歓迎しているのだが、今は国王の体調が優れないため遠慮してほしい──門番兵は申し訳なさそうにユーシャ達にそう告げた。
「せっかく来てくれたのにすまないね。君達が聞いたのはどちらの王女かわからないけど、今はお会いする事は出来ないんだ……」
「……へ? ど、どちらって……?」
「ん? 町の者から話を聞いたんだろ?」
「や、それは……うん、あぁえーと……」
「……。何故言葉に詰まっているんだ。何だか怪しいな……」
どちらの王女か──てっきり王女は一人だと思い込んでいたところに、斜め後方から叩かれたような事を言われて今度はユーシャが固まってしまった。
隣でエーダが何か思い出したような反応をする。
──国王や王妃、あぁそうだ。そして王女様達にも──行商人は確かそのような文言で探りを入れてみたと言っていた。だがしかし、気付くのが少しばかり遅かったようだ。すでに目の前の門番兵の二人は鋭い眼光でこちらを睨んでいる。不審者の一挙手一投足を見逃すまいとしている眼差しだ。
「何用でここへ来たのかは後で構わん。君達、とりあえず先に身分を明かしてもらおうか」
「私はフアム。とうぞ──」
盗賊と口にするすんでのところでエーダがフアムの口を手で塞いだ。
確かにフアムはヒエンルナ国領で盗賊行為を働いていた。だが今は魔王討伐を果たさんとするパーティーの一員であり、今更そう自称しても場をいたずらに掻き回すだけである。
ホッとするユーシャだったが、喋っている者の口を塞いだというのはどう見ても悪手だった。門番兵からすれば都合の悪い部分を隠そうとしたようにしか見えないからだ。
「とうぞ……何だ? 最後まで言い切ったらどうなんだ。それとも私達に知られてはいけないような身分なのか?」
「おい、もういいよ。ひとまず拘束して、大臣にでも判断を仰ごう」
これ以上問題を増やされては敵わん──兵士のこの言葉は、現在問題を抱えていると気取られるような失言だが、嫌疑を掛けられているユーシャ達にはもはや揚げ足を取る余裕などなかった。
このままでは何もしていないのに拘束されてしまう。いや──そこでユーシャは不意に冷静になった。そもそも焦る必要なんてないじゃないか──。自分はオカノウエー王国の王子ユーシャだと素直に名乗れば済む話だ。オカノウエーから……。…………。……あ、魔王討伐を果たすために旅に出てこの大陸にやって来たんだと事情を話せばきっとわかってくれる──自身の旅の目的を辛うじて思い出した少年は頭の中で言うべき事を反芻し、誤解を解こうと説得を試みた。
「探索に出た兵が戻って来たのか⁉」
ユーシャが口を開けて声を発しようとしたその瞬間、城の奥から野太い声が聞こえてきた。
その声の主が小走りで駆け寄って来る。そして鼻の下の髭が几帳面に整えられた風格のある男が息を切らしながらユーシャ達の前に現れた。
「イーゲン大臣! いえ、何やら怪しい者達がいるのです」
「怪しい……とな?」
「えぇそうです。女二人とその他の三人組です!」
「何で俺一人だけその他で括るんだ‼」
……何とも雑に扱われた。イーゲンという名のカランカ・ランデス王国の大臣はユーシャ達を見やる。だが、大臣には三人が何故怪しまれているのかが理解しかねるようだった。
「ふぅむ……。身なりはどうにも怪しいようには見えないが……。特に少年の方はどこか気品が感じられるぞ」
「え、えぇ。私も最初はただの旅の者なのだと接していましたが、受け答えに不審な点がみられるのです」
「受け答え……。お前達まさか威圧したのではあるまいな? 彼らは若さゆえに上手く答えられなかっただけかもしれないじゃないか」
「いえっ! そんな事はないはずです! き、君達。私達は威圧などしてないよな? な? なぁ⁉」
「今まさにしてんじゃねえか」
大臣はユーシャ達に謝罪した。そして現在ランデス城においてはひっ迫した状況に置かれているため国王への謁見は控えてもらいたいと門番兵と同様の事を口にした。
きっと王女の身に何かあった件だろう。自分達は問題解決の助けになりに来たのだ──ユーシャがそう口にしようとしたその時、男が外からふらりと現れた。
「あれー? ユーシャ殿じゃないですか! ついにここまで来られたのですね!」
お久し振りです──! 男はそう言って気さくにユーシャに話し掛けた。
ユーシャは男の顔をじっと見やる。そして少しの沈黙ののち、ようやく思い出して思わず大きな声を上げた。
「あなたはあの時の兵士さん!」
──先代勇者により倒されたはずの魔王が復活しました──‼
後ろから声を掛けてきた男は、かつてこの旅のきっかけである魔王復活の報せをオカノウエー王国に届けにやって来た兵士だった。




