30話「噂」
のべつ幕なしにいつまでも喋り続ける白髪の男の話を要約すると、山麓の町トモフはカランカとランデス両国の併合後に旧カランカの民が暮らすための町として新たに作られたらしい。
その際に、ふらりと訪れて偶々数日滞在していた極東の島国から来たサスケという大工が町全体の設計に携わったというのだ。
他所から来た人間にこのような大仕事を任せてもいいのだろうかと疑問に思う者もいたらしいのだが、諸手を挙げて賛成したのはカランカ城を設計した男だった。
彼曰く島国出身の大工・サスケとは遠く離れたニスニアール大陸にも功績が届くほどの腕前を持つ男なのだそうだ。何でも各地にふらりと現れてはさらりと大仕事をやってのける『さすらいの大工』としても界隈では特に有名らしい。
サスケ……どこかで聞いた事があるな──かすかな記憶を辿ろうとしたユーシャだったが、白髪ジジイの立て板に水のような喋りに集中力を削がれ、ついに思い出すことができなかった。
「とにかくよ! この憩いの場のデザインもあの男サスケのアイデアよ! 風通しは良くして日光を避けれるようにしてなおかつ全体の造りが洒落てるんだなすげえ男さアイツはよ! しかもあの男のとんでもねえ所はなんてったって気前の良さだな! 『町全体を設計できるとは腕が鳴る』ってよ造ってる間の飯だけ保障してくれりゃあそれでいいそれ以上の報酬を払いたきゃ勝手にしてくれとそれだけ言ってさっさと仕事に取り掛かっちまったさなんちゅう男だってな! てめえの腕試しが腕を振るう事こそが生きがいだとよとんでもねえ豪快な男だよ!」
……。さすらいの大工のエピソードは確かに興味深い話だったが、それ以上に白髪の男の長々と続く話は三人のエネルギーを奪っていった。
人の話を聞く。ただそれだけの事がこんなにも疲れるものだとは思いもよらなかった。
嵐が過ぎるのを待った三人だったが、ついに耐えきれなくなったフアムが反撃の口火を切った。
「おじさんは、砂漠で暮らしてるからこんな砂漠みたいな性格になったの?」
「あっ! 何だこのちっこい娘っ子めこんにゃろ! 俺が暑苦しいってか! そんな遠回しに言ってくれやがってオメエこんにゃろめ! ウハハハハ!」
……。……反感を買うような事を言って話を切って、タイミングを見て離れようと思ったユーシャ達だったが、だがしかし白髪の男は楽しそうだった。
「んん? おいちっこいのオメエ何か見た事あんなぁひょっとしてこの町に来た事あるのか?」
「あるよ」
「いんや気のせいか気のせいだなウハハハハ! そうだ気のせいって言えばよ──」
──え? あれ──? 茶化すでもなく正直に言ったのに気のせいだと軽く流された事にフアムは珍しくうろたえた。
この世の中、会話が成立しない事もあると、俺達は今学ぶべきなのかもしれない──虚ろな目をしたユーシャは、フアムに優しく諭した。
「まったく……ジャンクじいさん。あんたは相変わらず騒がしい人だね」
白髪の男──ジャンクじいさんの長話に耐えるべく心を閉ざし始めたユーシャ達の救世主となったのはジャンクの隣に住む若者だった。
「おっ! オメエこんにゃろまぁたこんな遅くに起きてきやがったな!」
「旅人さんだってここに来るだけでも疲れてるだろうにさ」
「人ってのはよ! お天道様が顔出したらそん時が一日の始まりなのよ!」
「その上あんたの相手じゃせっかくの日陰も暑苦しくなっちゃうよ」
「それをオメエはまったくオメエはよ! いつ布団に入ったんだしっかり寝れたのか」
「じいさん。いい加減話すなら切り上げ時を考えなきゃダメだよ」
「あっ! まさかオメエ具合が悪いってんじゃないだろうな⁉」
「見てみなよ旅人さん達を。疲れた顔してるじゃない」
「痛い所はねえか元気なのか⁉」
「会話がノーガードの殴り合いみたくなってんだけど‼ あんたらいつもこんな調子なの⁉」
もはやこれを会話と言うべきかも怪しかった。
「あなた達、せっかくトモフに来てくれたのにすまないね」
若者がユーシャ達に向かって生きた騒音──ジャンクの代わりに詫びた。当の本人は若者達のそんなやり取りを一切気にせずにまた喋り始めたが、男と付き合いの長い若者は扱いを心得ていた。
「あぁそういえばさっき共用の水がめを確認したら結構減ってたなあ」
「何だオメエよく気付いたなよく言ってくれたなちょっと待ってろ俺が井戸から水汲んできてやっからな!」
こうでもしないと話が終わらないんだよね──水を汲みに場を離れたジャンクじいさんを尻目に、若者はしれっとそう言った。どうやら先程の発言はただの方便だったらしい。
「え……? 嘘だと知ったらあの人怒るんじゃ……?」
「減ってるのは事実だから嘘じゃないさ。『大して減ってなかったけどよこまめに足すのは大事だからな!』って言うだけで終わるから心配ないよ」
それよりも──のべつ幕なしに喋り倒す男など最初からいなかったかのように若者はどこから来たのかとユーシャ達に訊ねた。北のヒエンルナの方から来たのだと答えると、若者は下を向き、口元を隠すように鼻の下に手を当てて黙り込んだ。
ユーシャは考え事をしている若者に何かあったのかと怪訝そうに声を掛ける。若者は少し間を置いてからユーシャ達の方を見やる。
いや、これは噂なんだけどね──? 若者が口を開いたその時、ジャンクが場に戻ってきた。どうやらもう井戸から水を汲んできたらしい。
「大して減ってなかったけどよこまめに足すのは大事だからな!」
「チッ! 相変わらず仕事が速いな……」
……。一言一句そのままだった。そして瞬く間に一仕事を終えて戻ってきた男に対して、若者はあからさまに不快そうに舌打ちした。この人よくもまあ隣人をやってられるな。近々よからぬ事件でも起こるのではないだろうか──? そんな余計な心配をするユーシャをよそに、若者は話を続けた。
「これはあくまでも噂なんだけど……」
この国の王女様が魔物にさらわれたって──。




