29話「山麓の町②」
「おうおうおうおう! こんな暑苦しい所によく来たな! オメエら何だ旅行か? 何しに来たんだどこから来たんだ北か南か西か東か? それとも空の上からか海の中からか?」
「いえ、降臨も浮上もしてないです。北の方から来ました」
山麓の町トモフに入るなり、外れで寛いでいた恰幅の良い白髪の男が矢継ぎ早に話し掛けてきた。いや、捲し立ててきたと言った方が正確なのかもしれない。
「オイ何だこのヤロウ汗びっしょりじゃねえか汗っかきかそれともずっと歩いてきたからかどっちなんだオイ」
「いやー、ずっとある」
「ここにゃあ日陰になる所沢山あるからよ入ってけよな? 日差し暑いだろちゃんと涼んでけ!」
「あ、じゃあお言葉にあま」
「今水持ってきてやるからな待ってろ!」
「こっちの発言お構いなしか‼︎」
息継ぎも句読点も無く喋る男はユーシャの返答を一切待たずに言葉を被せてきた。そして自身が言った通りに飲み物を取りに行ったのか、一行をそっちのけで家屋に引っ込んでいった。どこまでも一方通行な男である。
その場に立ち尽くして白髪の男が入っていった家屋の方を眺めていると、男と共に飲み物を乗せたトレーを持った穏やかな顔つきの気品を漂わせる淑女がやって来た。
「オイおっかぁこいつらだ汗でカラッカラだからよ水飲ませてやってくれ!」
「あらあらあらあら、可愛い旅人さんたちねえ。お暑い中、トモフへようこそいらっしゃいました」
おっかぁ──淑女をそう呼ぶ白髪の男と彼女はどうやら夫婦のようだった。
騒音レベルで喋り倒す男と静寂を好んでいそうな程に落ち着き払った淑女の組み合わせはユーシャ達にとって何とも奇妙に映った。だが、きっと若い衆にはわからない何かがあり、一緒に居るのだろう。
丁寧な挨拶をして現れた淑女はのべつ幕なしに喋る白髪に促され、ユーシャ達に飲み物を配った。
陶器のコップをエーダとフアムに、そして──ボウル状の陶器に入った水をユーシャに。
「ペットか俺は‼」
どうやら他のコップを先日に割ってしまい、客用の物は二つしかなかったようだった。
ごめんなさいねえ──穏やかな口調で謝った淑女は飲み物を手渡した後、両岸を石積みにして造成された小川の上に設置された立派な屋根付きの憩いの場を指差し、そこで寛ぐように勧めてくれた。
「飲み終わったら容器はベンチの上にでも置いておいてくださいな。機を見て私が取りに来ますからね」
「オイおっかぁそんなちょこまか動くな暑いからよ家に入って涼め! オメエらお代わりが欲しけりゃどんどんどんどん言えな俺が家から持ってきて」
「いいえ、お代わりも私が用意しますよ」
「バッカおめえ女ばかりに押し付ける事しねえよ! 男手ってなこういう時につか」
「バカはおめえだアホンダラ! そんな事言ってバリンバリンとコップ割るから今足らんくなってんだろうが! おめえは余計な事せんと黙って私の言う事聞けこのダボが!」
「お、お、おおう……。おうおうおうおう……」
……。……淑女は男のお株を奪うかのようにがなり立てた。この二人はとどのつまり、似たもの夫婦であった。
奇天烈な旦那以上に強烈な淑女は、捲し立てられて弱ったオットセイのような声を上げる旦那の事など気にも留めずに、この町にやって来た若い旅人達に会釈をして去っていったのだった。
「まったくおっかぁはな! あんにゃろ増えてくシワに比例して年々おっかなくなってやがんな! あんな強烈で良い女は他にいねえや! 世界一の女だあんにゃろめ」
「ふふっ、何だかんだ言」
「強烈と言えばよ! 向こうっ側の砂漠だな! 風がうるせえわ暑いわとんでもねえ所よ!」
何だかんだ言っても大好きなんですね──エーダがそう言おうとしたが、やはり一方通行の男は人の話を聞かずに自身の言葉尻から話を繋げてカランカ・ランデス国領にあるカランカ砂漠について言及した。
「昔はな『砂漠の彫刻』だなんて言われたよカランカ城はな? 砂漠のど真ん中にあったのよ! でもな海の水位が上昇したかどうかはわかんねえけどよどんどんどんどん砂浜が削られていってよ海岸侵食ってヤツでな? 知ってるか? 気付けばよ山っ側のど真ん中にあった城が海っ側になっちまってよ! このまんま海辺が押し寄せてくりゃあよ! いよいよ住めなくなっちまうってな! それでよ元々別々の国のよ友好国のこっちっ側のランデス王国とよ十七年前に話し合って『じゃあいっちょ統合しちまうか』ってよ! そんでカランカ・ランデスになったのよ! オメエら砂漠は行ったか? 城は見たか?」
「いえ、まだです」
「月夜に佇む『砂漠の彫刻』はよ! んまぁ酒が進む綺麗さよ! 一度行ってみろ行って見てみるといい!」
「そうなんですね。ユーシャ、やっぱり砂漠に」
「んでも危ねえから砂漠にゃあ入るんじゃねえぞ」
「どっちなんだよ‼」
ユーシャ達はのべつ幕なしに喋り続ける男の話を聞き流す事にして、内容を頭の中で整理する事にした。
カランカ・ランデス王国はかつて東にランデス、西にカランカと、それぞれ独自に築いていた別々の国家であった。
ランデス王国と友好関係にあったカランカ王国は、領地である大陸南西に広がるカランカ砂漠の少しばかり山側に寄った中央部に建造された『砂漠の彫刻』と評される城を居住地としていたのだが、近年の気候変動による温暖化の影響で熱波に襲われたり、海面が上昇して砂浜海岸が徐々に削られて後退していく海岸侵食という現象によって彼方にあったはずの海岸がみるみるうちに城に近づいてくるなどの国の存亡に関わるような問題に直面していた。
このまま侵食が進み、領地が飲み込まれていってしまう事を危惧したカランカ国王と、そんな友好国の行く末を憂いたランデス国王は会う度にその事について話し合った。
そして数々の会合と民同士の交流を経て、対等な関係のままにランデスがカランカを受け入れる形で両国の併合が決まり、新たにカランカ・ランデス王国となったのだった。
「ランデス国王はでっけえ人間だな! テメエん所の土地もオメエらの土地だってよ! テメエらで町作れってよ! そんで出来たのがこの町トモフなんだな!」
このトモフの町はよ──! その後も白髪の男の話は句点が付く事なく続いた。
そして水を飲み干したユーシャ一行は、この男を止められるであろう旦那以上に強烈な妻の登場を心から願ったのだった。




