28話「山麓の町①」
砂漠へ向かう街道から南東に弧を描くように形成された岩山の麓に目的の町はあった。
相変わらず陽射しが強く、動けば汗で衣服を濡らすような暑さであったが、砂漠からやって来る湿り気を帯びた不快感はなくなり、吹けば心地良い風となっていた。
ようやく辿り着いた町に足を踏み入れようとしたその時、ユーシャはフアムの気配がなくなっていた事に気付く。
まさか──。勢い良く後ろを振り向くと、音量ゼロの足音がデフォルトの盗賊少女は足取りは遅いがしっかりと付いて来ていた。
どこかで倒れてしまった訳ではなかったと安堵したユーシャだったが、こまめに周囲を確認するのを怠るべきじゃなかったと自責の念に駆られた。
視界に入らなくなってしまうと急に存在が薄くなる事を知ってからは極力前ないし横にいてもらっていたのだが、暑さでだれて集中力が途切れていたからかフアムの歩調が遅くなっているのにユーシャとエーダは気付けなかったようだ。
それに十三歳の小さな体では足の幅も違うだろうに──その事を考えてなかったとユーシャは少し後ろですんとしているフアムに頭を下げた。
「フアムごめん! 俺達歩くの速かったか⁉」
「むしろ遅いくらいだったよ」
「いや、じゃあ何で遅れんだよ。あっ、そうか! 疲れちゃったか!」
そういう事でもないよ──暑さの中の旅で疲れが見えたのかと思ったが、それも歩調が遅れた理由ではないらしい。
ユーシャは色々考えている内に、そもそも彼女はのんびりしている自分達よりもむしろ歩調が速かったのだと思い出した。だったらなおの事何でこんなに後れを取ってるんだ──?
少年の頭は疑問符で埋まっていたが、フアムの顔をよく見てみると表情に陰りがあるように感じた。いつもは感情が読み取れない彼女なのに、あからさまに気分が落ちている──そんな顔をしていた。
疲れではない。ならばフアムを物憂げにさせる原因は何なのか。
力のない目で町を見据え、少女は上背に比例したような小さな声でぼそっとつぶやいた。
「もう気にしてないって思ってたけど、やっぱり引きずってるのかも」
エーダは思わず口に手を当てハッとした。フアムの言葉を受けて疲れて曲がっていた背筋がピンとした。顔が険しくなり、とろんとした目を見開く。
フアムの盗賊になった経緯を思い出し、眼前の町を拒むように一人歩みが遅くなったその行動の背景が見えてきた。
「フアムちゃんもしかして置き去りにされた町って……!」
「……うん」
そうだよ──。
かつて生活を共にしていたおじさんに憧れ、単身で冒険に出たフアムには立ち寄った町で魔物退治のために結成したパーティーに忘れ去られて置いていかれた辛い過去があった。その舞台がここ、山麓の町・トモフである。
青天の霹靂と言うべきか。ユーシャ達は勝手な想像でもっと遠く離れた場所での出来事だと思っていた。
冒険家から盗賊へ──人生を変えてしまう程の出来事なら、その場所から物理的に離れたがるのではないかと先入観があったのだろう。
フアムは下を向いた。前髪で表情が隠れる。だが、どんな顔をしているのか想像に難くなかった。
もう少し配慮できる事があったかもしれないとうろたえながらフアムを見つめる二人に向けて言葉を発するべく、少女の口が動いた。そうだよ。この町こそが──。
「ダークフアム誕生の地」
「自分の嫌な過去をよくもそんな茶化せるな‼」
頭だけじゃなくメンタルまでオリハルコンまで出来てんのか──いや、もしかしたら強がっているだけなのかもしれない。何せ盗賊になったと言った時もどこか茶化したような口振りだった。
とりあえず額面通りには受け取らずにいたユーシャだったが、どうしてそれを早く言ってくれなかったのかと水臭く感じた。知っていれば立ち寄らないという事も出来たのに。
いや、今からでも遅くないだろう──ユーシャは俯く少女に真剣な眼差しで話し掛けた。
「フアム。無理しなくていいよ。嫌なら嫌って本音で言っていいから」
「そうよ。ここから離れて休憩にしましょう。野外でも私がいれば大丈夫だから」
──だが、優しい言葉を掛けられて顔を上げた彼女の顔はユーシャとエーダの意表を突いてさっぱりとしていた。
心配している二人の心内をいい意味で裏切って、にこりと笑ったのだ。強がりなのではなく本当に大丈夫だと澄み切った表情で伝えていた。
「もう昔の話だから心配ないよ」
「本当に大丈夫?」
「トラさんウマさんは私の敵ではないよ」
「トラウマをご老公のお供みたく言うんじゃねえ」
だって二人は一緒にいてくれるんでしょ──? 屈託のない顔でフアムはユーシャとエーダに語り掛けた。
フアムを置き去りにしていった旅人達に悪気はなかったのかもしれない。だが、その一件は小さな女の子を闇堕ちさせるような──そんなには堕ちてはいない気もするが──心の傷を負わせた。
しかし少女は闇堕ちした行動の果てに彼らと出会った。だからそれは過去の話になったのだ。
だからもう大丈夫なんだよ──。少女には一緒に旅をしてくれる仲間がいるのだから。
スッポンポンでスベスベでバインバインの女・エーダと、そして──。
「金……おっと間違えた。ユーシャ──金があるからね」
「一回正してまた間違えんのかよ‼ それと下賤な本音の方は隠せや‼」
隠せ──とりあえず自分を金だと言うのは構わないと思っているようだった。
暢気か、それとも寛大か。下賤も痴態も受け入れる少年がいるから、フアムもトラさんウマさんがいるこの町を前にしてたじろいだ心をすぐに持ち直せたのかもしれない。
こうして辛い経験を乗り越えたフアムは仲間と共に山麓の町・トモフへ足を踏み入れたのだった。
「それにしても、その年で中々大変な思いしてるのねえ」
「フアムってまだ十三歳だろ? 昔って言うけどこの町での出来事って何年前の話なんだ?」
「ユーシャっ、もうこの話は終わりにしないと!」
「あぁそっか! そうだなごめんフアム!」
「いいんだ。もし落ち込んでもエーダの胸に顔をうずめて傷を癒すからね」
「ふふっ、そのくらいならお安い御用よ。いつでも……脱ぐわ」
「おーい! 『一肌』が抜けてるぞー‼」
フアムはユーシャの質問に平然と答える。あれは確か──。
「一ヶ月くらい昔の話」
「最近じゃねえか」
感覚は人それぞれである。




