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勇者の扱いが雑なんだが。  作者: 二ツ木十八
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27話「カランカ・ランデス国領」

 

 夜が明けた。

 ヒエンルナ王国の新たな国宝である腕輪を巡る長い一日が終わり、明くる朝は違和感で始まった。

 一度眠りに入ったらボディに一発入っても目を覚まさないユーシャは自力で目を覚ました。

 もう朝か──カーテンの隙間から入る朝陽に目を細め、今日もぐっすり眠ったかとどこか満足げのユーシャだったが、何やら体が重く感じる事に違和感を覚えた。

 確かに昨日は朝から長く活動し、心身共に疲れを感じる一日であったがここまでずしりとのしかかるような疲労が残る程かと言われれば甚だ疑問である。それともぐっすり眠ったつもりがあまり熟睡できていなかったのだろうか──? そう思いながらふと右を見ると、等間隔で設置されている三つのベッドの一番奥──エーダの右隣で寝ているはずのフアムの姿がない事に気付いた。そしてすぐさま体を半分起こして自分の胴体部分に目線を移す。

 ……どう見ても不自然に膨らんでいる。一部ではなく全体的に。

 まさかと思いながら勢いよく掛布団を剥がすとそこには果たしてフアムがユーシャに抱き着く形でぐっすり眠っていた。


「何やってんのーーーー⁉」


 しかもフアムの頭部はユーシャのへそ辺りに密着していた。この絵面はどう見てもマズイ──! 何かを恐れたユーシャはフアムの体をゆすり、急いで彼女を起こした。


「……? ……んぁ?」


 まだ完全に覚醒しきっていないフアムは瞼を閉じたまま頭だけを起こして甘い声を上げた。

 寝ぼけて状況を把握できていないフアムに畳みかけるようにユーシャはどういうつもりかと問い質した。


「……ユーシャイズマネー……」

「『時は金なり』みたく言うんじゃねえ」


 しかも意味がわからなかった。それともユーシャ=金──。一国の王子であるユーシャは金になるという意味で言ったのだろうか。お金になるものは手放さない──ユーシャに抱き着いていたのはフアムの金への執着度を表しているのかもしれない。

 いや、そうではないな──ユーシャはハッとした。


 ──みんなは私を置いて既に町を出発していたから──。


 寝起きのどさくさで頭が冴えてきたユーシャは昨日の出来事を思い出す。

 そうだ、この子は忘れ去られて一人置いていかれた事があったんだっけ──もしかしてそれが不安で居ても立ってもいられなくなってしがみついてきたのかもしれない。

 ユーシャはフアムに微笑む。辛い過去を持つ少女に心配ないよと表情で伝えた。


「よし、エーダを起こして出発の準備をしようか」

「もう……起きてるけど……」


 そう口にしたエーダは同じベッドで体を寄せ合い微笑みながら爽やかな朝を迎えている男女を見てわなわなと震えていた。


「あなた……フアムちゃんが十三歳って知ってて、それなのに……?」

「待ってエーダ違う! 何にもしてないって‼ ほら、お前も知ってるだろ⁉ この子は──」

「えぇ、肌がもちもちで柔らかくてさぞ抱き心地が」

「そういう事じゃねえわ‼ 頼むから落ち着いてくれ‼」

「もうやだ信じらんない! 最低! ユーシャの変態!」

「ベッドの上に全裸で仁王立ちしてる奴に変態呼ばわりされたくねえ―ーーーー‼」


 新たに仲間を加えた魔王討伐の旅はどうやら騒がしくなりそうである──。




「最初はエーダに抱き着いて寝てたんだよ」

「え? あら、そうだったの?」

「うん。スッポンポンでスベスベでバインバインで気持ちよかったんだけど、何かもぞもぞ動くし喘ぐから寝付けなかったんだ」

「……やだ、寝てる時の自分の様子を知るって何だか恥ずかしいわね」

「お前はまず裸体の露出を恥ずかしがれ」


 出発の準備を整え、移動する中で年頃の女の子に羞恥心を促すユーシャにフアムは目配せをして小声で話し掛けた。


「これ以上はエーダの名誉のために黙っておくね」

「……喘ぐ以上にヤバい事あんの……?」


 フアムは何かに配慮して口をつぐむ。そしてユーシャも察して追及を控えた。

 二人が寝静まる中でエーダのベッドに潜り込み、何やかんやがあった後にどうしたものかと思案したフアムはユーシャの寝姿をじっと眺めていた。

 人は就寝中に何度も寝返りを打つものだが、フアム曰くユーシャはまるで死体のようにぴくりとも動かなかったそうだ。その様子が決め手で人恋しい少女はユーシャのベッドに潜り込んだのだった。


「ユーシャは抱き枕として最高品質だったよ」

「そんな尺度で人を測るんじゃねえ」


 一階に降り、宿を出ようとすると女将の娘が扉を開けてやってきた。

 既に行動を始めているユーシャ達が言うのも何だが、彼女もこんな朝早くから仕事を始めるらしい。成程、女将が配慮して休ませようとするのも納得の話だった。

 ゆっくり休めたのか、元気溌剌な看板娘は朗らかな笑顔と声で挨拶をしてきた。


「おはようございますっ! 昨夜はよく寝れましたか?」

「うん、おかげさまで。それはもうぐっすりとね」


 ふふっ、それは良かったです──! ここの宿で正解だったとユーシャが続けると、娘は目尻を一層と下げてにこりと笑った。

 こんな朝早くからもう旅立たれるんですか──? 看板娘にこれからの行き先を聞かれ、南のカランカ・ランデス国領だと答えると大きな目をさらに見開いて驚いた顔を見せた。表情豊かな彼女は南方に位置するカランカ・ランデスは一年を通して比較的気温が高く、山一つ向こうの大陸西側は移動するにも過酷な砂漠が広がっているのだと教えてくれた。

 灼熱の炎天下で素肌を晒すのは危険なのでマントやフードでも買っていかれては──? 


「暑くて溶けちゃいますからね! それではお気を付けていってらっしゃいませ!」


 相変わらずの口癖と、溶けるような笑顔の女の子に見送られてユーシャ一行は宿を後にした。


「あのお姉さん、顔がとろっとろだねぇ」

「ねちょっとした笑みを浮かべるんじゃねえ。あと何だとろっとろって。表現が奇妙過ぎんだろ」


 フアムの表情豊かな顔芸と謎の表現をユーシャがたしなめるその後ろで、エーダが今後の進路について言及した。

 過酷だと言われている砂漠に足を踏み入れるのか──? ユーシャは少し考え、とりあえずは隣国の領地に入ってからにしようと先送りにした。そしてこの町でヒエンルナ国王から貰った報酬で何か旅に役立てられる物の購入を提案する。


「エーダ、マントは買ってもいい?」

「いちいち私に伺いたてなくてもいいわよ。ユーシャの判断に任せるわ。フアムちゃんもそれでいいでしょ?」

「良きに計らえ」

「どの立場だお前は」


 二人の意見を仰ぎ、自身の裁量に任されたユーシャは道具屋でマントを二つ購入──エーダは自前のローブで大丈夫と遠慮──し、その他諸々買い揃えてヒエンルナ城下町を後にした。 

 



 入道雲がゆっくりと空を泳ぐ快晴の下、ニスニアール大陸北部・ヒエンルナ国領のひんやりとした朝の空気を体に受けながら南へ歩を進める。

 ヒエンルナ王国の兵士長曰く後は滅ぶだけと言っても過言ではない村を遠目に眺めながら二つの国を隔てる大きな川の岸を繋ぐ橋を渡り、一行はカランカ・ランデス国領に到達した。

 橋の下を忙しなく流れる濁りで底の見えない川をエーダは悠長に眺めていた。そんな彼女をユーシャは何か思う所があるのか見つめている。そしてふとした瞬間、二人の目が合った。


 ──脱いで泳ごうとか考えてないよな──?

 ──や、藪から棒に何言うのよっ。脱ぎはしてもこんな急流で泳ぐワケないでしょ──⁉

 ──脱ぐ方も自重しろよ──‼


 心で会話する二人をフアムはまじまじと見ている。いや、というよりも視線はエーダの身に着けている衣服に向いているように見えた。


「エーダ、そのローブ高く売れそうだね」

「仲間を相手に山賊行為しようとすんなよ」

「フフ、お姉さんに裸になってほしいの?」

「どんだけ裸に憑りつかれてんだ」

「ローブだけで他は要らないよ」

「え? あらあら……」

「あらあらじゃねえよ、要らないって脱げって意味じゃねえんだよ」


 このまま旅を続けて今以上に心許す関係になれば言質すら取らずに彼女は裸になるんじゃないだろうか。

 そうなれば片や目線を切らせば気配が消失する少女、片や目線を切らせば恥部を晒す女。そして真ん中には能天気な顔で暢気に佇む男──とんでもなく珍妙なパーティーの誕生である。

 

 あれ──? 雑談のさなかで不意に一行は辺りを見渡した。


「……何だか暑くなってきたか……?」


 ユーシャ達は道すがらの気候の変化を感じ取っていた。先程までの涼やかな風がいつの間にかまとわりつくような熱を帯びている。

 三人は右半身を強く叩く熱風がどこから来るのかを探した。


「あの道の方からだな。方角は……北か」

「あっちは西だよ」

「山一つ向こうの西側は砂漠がって宿屋の子が言ってたわね」


 砂塵を巻き上げ、髪を大きくたなびかせる熱風は大部分が岩石で構成されている山の谷間に作られた街道の奥──砂漠の方角から流れてきているようだ。その熱風はまだ不快な思いをさせる程度のものであったが、それでも移動すら過酷と言わしめる砂漠の暑さを連想させるには充分だった。

 さて、どうする──砂漠の旅は思った以上に大変な事になりそうだが、魔王の手掛かりがあるのであれば避けて通る事は出来まい。だが、過酷云々よりも裸族の末裔のような女の行動が気掛かりなユーシャはエーダをじっと見やった。そして彼女も少年の視線の意図を察した。


「ユーシャ、私の脱ぎっぷりを期待している所悪いけど──」

「期待しとらんわ。危惧してんだよこっちは」

「太陽光を遮るものが何もない灼熱みたいな砂漠で素肌を出すのは自殺行為よ」

「へ? そうなの?」


 だから宿屋の子はマントやフードを勧めてくれたのよ──陽が照り付ける日中の気温が五十度を超えても珍しくない砂漠では肌が外気に触れればたちまち火傷してしまう。逆に陽が出ない夜は一転して冷え込むので防暑防寒どちらにもなれるマントが役に立つのだとエーダは説いたのだった。そして恨めしそうに続ける。昼夜に別の顔を見せるこの砂漠では──。


「私は輝けないわ」

「いっその事くすんでしまえ」


 その後、話し合った三人はここより西南の山麓に見える町で今後の方針を考える事にした。

 

 

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