26話「フアムについて」
「ユーシャのそくしつに? いいよ」
ニスニアール大陸に上陸後、新たに山賊のような盗賊の小柄な少女フアム・アルバンデットを仲間に加えたユーシャ一行は三人横並びでヒエンルナ城から少し距離の離れた城下町の宿屋に向かっていた。
その道中でユーシャの許婚──サンミアーク王国王女クロイエの発言が話題に上がっていた。
──ユーシャの側室は三人までと考えています──。
「クロイエの何の気なしに出た言葉を真に受けないで‼」
「ユーシャ、そくしつって何?」
「フアムはフアムで意味も知らずに即断でOKを出すな‼」
ユーシャはフアムをまじまじと見つめる。せいぜい百六十半ばといったユーシャの身長よりも顔一つ分さらに小さいフアムを見て、まだそういう年齢でもないだろう──そう思っているとエーダがフアムに年齢を訊ねていた。小柄な少女は二人の顔を上目で見ながら答える。
「A:十七、B:十六、C:十五、D:十四」
「何でクイズ形式になってんだ」
「えーと、Dの十四歳かしら?」
「十三歳だよ」
「答えを選択肢に入れろ‼」
十三歳──単独で奔放に町の外で活動していたり山賊のアジトに出入りして山賊行為、いや盗賊行為をしていたりと豪胆な彼女だが、百五十に満たない身長とあどけない顔、幼さが消えない口調を考えれば確かにと思える年齢であった。
とてもじゃないがそんな年齢の彼女を妻に迎えようとは思えない──。
「つまり私は今回はご縁がなかったという事?」
「採用面接じゃねえんだよ‼ 今は側室とかそんな事考えてる場合じゃないって事! 今はほら、アレだ。えーと……ほら、やらなきゃいけない事があるんだから」
……『魔王討伐』が出てこない癖に使命感を口にした少年はさっさと宿に向かうぞと二人に促し足早に先を歩く。
「……え?」
──その時ユーシャは違和感を抱いた。そして何かを確かめるように振り向くと、そこには不思議そうにユーシャを見つめる二人が小首を傾げているだけだった。
「エーダ、ちょっと」
ユーシャはそう言ってエーダを呼び寄せた。一体何だと少年に近寄ると、言われるがままにフアムに背を向ける。
するとエーダは信じられないといった表情でユーシャの顔を見やる。彼女もユーシャと同じ違和感を抱いたのだ。こちらの様子を不思議そうに見つめるフアムこそ、その違和感の正体だった。
「あの……変な事聞くけど、ずっとそこにいたよな?」
「? うん。いたよ」
「瞬間移動とか、してないわよね?」
「うん。まだ覚えてないよ」
「いずれ覚える気あんのかい」
二人は愕然とした。何故ならフアムから目を離した瞬間、彼女の気配が消え失せたからだ。
こんなにも近くにいるのに果たしてそんな事があるのだろうか。思えばヒエンルナ城で出会った時もそうだった。エーダが城に向かうまでの間に何者かの気配を感じ取ったきり──おそらく長い野外生活で周囲の気配を探るのが癖になっていたが故だろう──以降は後ろを振り向くまでまるで気配を感じなかったのだ。あまつさえ静寂な城の中で──。
「フアム。ちょっと大げさに歩いてみて」
大げさに──? 不思議に思いながらもフアムは言われた通りに歩いてみた。だがしかし、足音がしない。若干恐怖を覚えたユーシャは更に注文を付ける。
「フアム。ちょっとジャンプしてみて」
「お、お金は持ってないですぅ」
「カツアゲじゃねえよ‼」
フアムは注文通りジャンプした。──だがしかし、着地した際に砂塵が少し舞うのみで音は微塵も出なかった。
……。
「お前音をどこかに置いてきたのか⁉」
静寂な場でさえ足音はなく、ジャンプの着地はミュートON。視界に入らなければ気配も感じない──フアムが盗賊になったのはもはや運命なのかもしれなかった。
「あら、お三方旅人さんですか? 今晩はウチの宿はいかがでしょう?」
お布団がふわふわのふかふかで溶けちゃいますよ──城下町に入り、宿はどこかと探していると遠くからでも目を引く美少女が建物の前で道行く人を見渡していた。兵士長が言っていた気立ての良い看板娘は彼女の事かと近づいてみると美少女はこちらを見つけるや否や声を掛けてきた。
これでもかと目尻が下がり、屈託のない朗らかな笑顔は成程、評判になるのも然もありなんといった所であろう。
夕食はもう取ったのかと聞かれ、まだだとユーシャが返すとそれなら是非とやはり朗らかな笑顔で美少女は宿泊を勧めてきた。
「お母さ、じゃなくて女将さんの食事はもう絶品で思わず溶けちゃいますよ!」
……。彼女の引き出しには『溶ける』以外の言葉は入ってないのだろうか?
そんな疑問はさて置き、とにかく疲れ切っていたユーシャは細かい事は考えずここの宿で部屋を借りる事にしたのだった。
「ありがとうございますっ! ウチの宿は格安なのでお金を溶かした人でも安心ですよ!」
「ボキャブラリーも溶けてません?」
フフッ、よく言われるんです──そう返した美少女はよく言われんのかよとユーシャのツッコみを気にも留めずに宿の扉を開けた。
「お母さん! 三人様ご案内ですっ!」
「お前、仕事中は女将と呼びなさいって言っているだろう」
公私をしっかり分けなさい──呼び込みを頑張る実の娘をやんわりと叱った宿の女将は、娘に付いて入ってきた三人を──特にユーシャをじろりと睨む。部屋はいくつ取るんだい──? 男一人と女二人で訪れた客に女将は無愛想に聞いてきた。
「どうする? 国王からの報酬が結構あるから二部屋で分かれようか?」
「え? 三人で一部屋でいいじゃない。お金があるからって散財したらすぐになくなるわよ」
「そうだよ。お金が浮くし、女を抱いて寝れるんだよ?」
「誤解を招くような事を言うんじゃねえ‼」
国宝である腕輪の奪還はフアムの一件を不問にする交換条件だったのだが、親の金で遊び惚けていたヒエンルナ国王はそれに加えて報酬も弾んでくれたのだった。
十三歳の少女に配慮して分かれて泊まる事を提案したユーシャだったが、ともに旅をしていたエーダがユーシャはふしだらな人間ではないからと人となりを保証し、フアムも疑わずに了承した。
「それにあなた一度起きたら自力以外ではまるで目を覚まさないじゃない」
「へ? そ、そうなの?」
「そうよ。寝息も聞こえないから死んだのかと思ってボディに一発入れたんだけど、それでも全然起きないんだもん」
「人が寝てる間に何してくれてんだ‼」
とにかく一部屋で──来客の部屋を確保し、再び受付の間に戻ってきた女将は思い出したように不足した食材の買い出しを自身の娘にお願いした。
「今日の所は買い出しが終わったら仕事は終わりでいいよ。働き詰めで疲れたろうからゆっくりと休みな。そして溜まった疲れを溶かすといい」
「あんたもその表現すんのかい」
『溶ける』は単に親子の口癖だった。
「ねえ、何でフアムちゃんは盗賊になったの?」
夕食後、借りた部屋で寛ぐ中でエーダは気になっていた事を単刀直入にフアムに訊ねた。
もしかしたら十三歳と若い年頃でも旅をする事はあるのだろうが、賊となって金を稼ごうなどとは普通の人生なら到底考え至らないのではないかと疑問を抱いていたのだった。
エーダの質問にフアムはいつもの調子で──すんとした表情で淡々と話し始めた。
「おじさんが冒険家だったんだけど、おじさんを見てて私も冒険したいなと思って旅に出たんだ」
思い立ったが吉日と幼いながら豪胆なフアムは、おじさん──かつて世界を旅していた冒険家の男を真似てなんと一人で旅に出たというのだった。
各地にうごめく魔物に気配を一切気取られる事なく旅をしていたフアムはある山の麓の町に立ち寄る。そこでは町の者が山に巣くう魔物の群れに度々襲われていたようなのだ。
そんな折に魔物の襲撃に苦しめられている町を放ってはおけなかった旅人の一人が、何とかしようと討伐パーティーのメンバーを募っていた。そして場に居合わせたフアムもそのメンバーになろうと手を挙げた。
「戦闘とかした事ないしどうしようかと思ったけど、町の人も困ってるみたいだったし他の人達も何とかしようって真剣だったし、じゃあ私も力になろうかなって思ったんだ」
力になりたい──そんな健気な気持ちを持っていた純粋な少女が何故、人から物を盗ろうとするような悪行に手を染めてしまったのか。
そこでユーシャにあらぬ事が頭を過った。相手取るのは魔物の群れ──もし自分がフアムの立場だとして、どんな目に遭えば極端な方向に走ってしまうのか。
まさか裏切られた? 例えば、群れの中に放り込まれて囮にされてしまったとか──。
「ちゃうよ」
……。方言で否定された。
フアムは話を続ける。翌朝に魔物の巣に出向き相手が動く前に叩くという事で話がまとまり、その日はそれぞれが取った部屋で休む事となった。そして夜が明ける。
魔物退治の際に一体何が起こったというのか──二人が固唾を呑んで話の先を待っていると、感情が見えない表情で俯いていた少女が重い口を開く。
「結局、私は魔物退治に参加しなかったんだ」
みんなは私を置いて既に町を出発してたから──。
……。
……二人は唖然としたが、何となく察しは付いた。おそらくフアムは寝坊したから置いて行かれたのではない。
ひとりぽつんと佇み狼狽しているフアムを見て宿の女将は声を掛ける。他の皆はどうしたのかと小さな少女に訊ねられた温和な老婆はパーティーが出発した時の様子を話した。リーダーは宿を出る時にぼそっとつぶやいたそうだ。何かを忘れている気がするな──。
『いや、きっと気のせいだろう。よし! 全員揃ったから行こうか!』
悲しきかな、存在感が恐ろしく薄いフアムはたった一晩で忘れ去られていた──。
「その時に決めたんだ。ちょっくら闇堕ちでもしようかね♪ってね」
「『あらよっと』みたいな感じで闇堕ちするもんじゃねえだろ」
──そしてフアムは盗賊になった。
その後、民家に忍び込んで盗もうとしたのだが、良心の呵責か何だか気が引けたから魔物や悪い人間から金目になりそうなものを盗むようになったらしい──。
ユーシャとエーダはフアムの境遇に同情した。だが、近くにいるのに目線を切った途端に気配が消失してしまう彼女のエピソードは同情以上に納得が来てしまっていた。
どこか悲観した顔でこちらを見ていたフアムにエーダは優しく声を掛ける。
「大丈夫よ。私達はあなたを置いて行ったりしないから」
ユーシャも同調して頷き、そしてフアムに力強い目線を送る。
「もう寝ようぜ。今日の所はゆっくり休もう」
──そして明日から三人で旅の続きだ──。
こうして『魔王討伐』が頭の片隅にも残っていないユーシャとその仲間達は旅の疲れを溶かそうと眠りについたのだった。




