25話「南へ」
「おぉ! 無事帰って来たか! して、国宝は⁉」
「この腕輪で間違いないですか?」
「あぁそうだこの腕輪だ! よくやったユーシャよ!」
ユーシャ一行はヒエンルナの新たな国宝である腕輪の奪還に成功した。
結局、酒を飲んで寝ていた山賊達は起きる事はなく、無事に城に帰還したのだった。
沸き上がるヒエンルナ城の者達。国王は安堵した表情でユーシャ達の働きを労った。
もし今回の醜態が他国に知れれば、城の守りは脆弱だとして侵略の憂き目に遭いかねなかったと大臣は言う。どうやらユーシャが思っている以上に切羽詰まっていたようだ。
「すまなんだな若き勇者よ! 此度の働き、誠に感謝する!」
大臣の謝罪と感謝の度合いは声が乗った衝撃波としてユーシャに伝わった。十歩分程の距離があるのにも拘らず鼓膜まで破壊されそうだ。喋るだけで発される無作為の攻撃はもはや兵器ではなかろうか。
大臣が繰り出した衝撃波に顔をしかめるユーシャのもとに兵士が寄ってきた。そしてばつが悪そうな顔で口を開く。
「あの……王子とは知らなかったといえ、山賊呼ばわりしてしまった事をお許しください……! 本当に申し訳ありませんでした!」
どうやら兵士は、ユーシャ達の身分が明かされていなかった時に山賊と勘違いして捕えた事、そして山賊風情がと言ってしまった事を後悔しているようだった。だが、兵士の本分は城を、ひいては国王や国の者を守る事にある。山賊の疑いがあったフアムと一緒にいた部外者に厳しく当たるのも無理からぬ事だろう。
兵士の謝罪を受けたユーシャはきょとんとしていた。それは全く気にしていなかったからでは決してない。言わずもがな忘れていたからであった。
それよりも──ユーシャはすんとしている小さな少女・フアムを特に労ってほしいと皆に訴えた。エーダも強く頷く。この二人は一人で大丈夫だと言うフアムに無理に付いていった挙句に一切腕輪の奪還に貢献していなかった事を自覚していた。
「腕輪を取り戻したのは完全にフアムの手柄なんだから感謝するならフアムだけにしてあげてよ」
「ハッハッハ! そこまで持ち上げなくともフアムとやらがした事はちゃんと水に流す! 今更約束を破る事はせんから安心しなさい!」
「いや、本当に俺何もしてない──」
「謙遜するなユーシャよ! もっと自分の功績を誇るのだ!」
「信じて下さい! 本当に何もしてないんだ!」
……。ユーシャは自分が何一つ役に立たなかった事をまるで身の潔白を主張するように訴えた。それでも国王は魔王討伐を果たさんとする少年を謙遜していると疑いもせず、豪快に笑う。
「オカノウエー国王……ただただ暢気でオーラルケアが出来ていない男だと思っていたが、立派にご子息を育て上げられたようだ。それとも王妃のおかげかな?」
心の内が明け透けで一言多い国王をよそに、何もしていないのに称賛されて──ユーシャがいたからこそフアムが付いて来て事が解決したのだからそういう意味では功績と言えるのだが──罪悪感に苛まれていたユーシャは幼少期の母の教えを思い出す。
──いいですか? ユーシャよ──。
「あなたはいずれオカノウエー王国の冠を戴くでしょう。王たる者──人の上に立つ者はその立場に驕ってはいけません。力を、権力を手に出来るからこそ自身を律する心が要されるのです。傲岸不遜な振る舞いはあらぬ反感を生んでしまう、要らぬ敵を作ってしまうのです。わかりますか?」
「…………。…………わかりました」
「わかっていないのにわかったと言ってはいけません。学ぶ機会を失ってしまいますよ」
「えぇ⁉ 何で僕がわかってないってわかったんですかお母様‼」
「あなたの反応がわかりやすいからです。……あら」
幼き息子に王としての心得を説く王妃イーナ目掛けて虫が飛んできた。
失礼──そう言って王妃は陽気な日に城に紛れ込んできた虫に向かって振り上げた足を足首を内に捻りながら高速で振り下ろした。
結果、少し前まで虫だったそれは液体として床や王妃の履き物に飛び散ったのだった。
「誰か、汚れてしまった床の掃除と足を拭きたいので布巾をお願いします」
「イーナ様! おみ足の汚れまで私達に全てお任せください! 代わりの履き物を直ちにお持ちしますね!」
「ふふ、ありがとう」
では、お願い致します──場に駆け付けた侍女達に王妃は丁寧にお願いした。そして王妃の先程の一撃を見て縮み上がったユーシャは決して傲慢にはなるまいと固く心に誓ったのだった。
「ユーシャよ。私に怒られたくないからそう誓うのですか?」
「へっ⁉ いっ、いえ! えーと、そんなに強いのに侍女さんに優しいお母様みたいになりたいと誓いました!」
「ふふ、あらそう──」
では、精進なさい──王妃は幼いながら口が達者な息子に優しく成長を促した。
「おぉ! もう行かれると申すか!」
「うん。とりあえず南の方に行こうと思ってるんだけど、そっちって何があるの?」
国王の頼みに見事応じたユーシャ一行は次の場所へ進もうとしていた。世間話のついでに自分達が向かう先には何があるのかとユーシャに訊ねられた国王は顎を手でさすりながら答える。
「うむ、分からん! 何せ私は親の金で遊び惚けてただけでロクに勉強してこなかったからな!」
……。情けない事を堂々とさらけ出す国王は、ユーシャの父・ノンキーナ国王を彷彿とさせた。
「兵士さん。とんでもねえドラ息子だな! って言うのはさすがにマズいよね……?」
「えぇ、まあ……でも事実だからどうなんでしょうね」
「あんたも開けっぴろげかい」
「ガッハッハ! とんでもないドラ息子ですな!」
ユーシャが言い淀んだ言葉を臣下である兵士長が躊躇なく口にした。はっきり言ったなと、臣下の暴言をその一言で済ませて豪快に笑う国王はやはり寛大なのだろう。
何はともあれ一大事を切り抜けたヒエンルナは重苦しい雰囲気はどこ吹く風と本来の活気が戻ったのだった。
旅の無事を願っておりますぞ──! 大臣の祈りの衝撃波を一身に受けたユーシャ一行は門までの見送りを引き受けた兵士長とともに玉座の間を後にした。
「ここから南へ下っていくと寂れた村がありましてな、更に南下した先の河川を渡ると以降はカランカ・ランデス国領ですぞ!」
城門までの道のりで、国王に訊ねた質問を代わりに兵士長が答えてくれた。
南にも立ち寄れる場所があるなら、城下町じゃなくてそこで休もうかとユーシャ達が話していると兵士長もその会話に参加した。
「ガッハッハ! その村出身の私に言わせてもらえば、あそこは立ち寄る価値もない後は滅ぶだけと言っても過言ではないような村です!」
「自虐だとしても過言だろ!」
休むのであれば城下町の宿にしなさい──気立ての良い看板娘が売りの宿があると兵士長が教えてくれ、その言葉を受けた一行の次の行き先が決まった。まずは城下町で体を休めよう──。
「ユーシャ殿! 看板娘が別嬪だからといって襲ってはなりませんぞ!」
「襲うか! どいつもこいつもこの国は一言多いんだよ‼」
かつての旅人のように出禁になってしまいますからな──! 旅に出る三人を一言多い兵士長は豪快に笑って見送った。ユーシャは手を振って応え、そして城を後にした。
──さて、俺達の声が聞き取れない距離になったかな──城門に佇む兵士長の姿が小さくなるまで離れ、自分の声に城の者が反応していない事を確かめた上でユーシャは無事放免となったフアムに今後の身の振り方を訊ねた。
「フアム。晴れて自由になったわけだけど、どうする? 一緒に来るか?」
「え? 一緒に旅して更生させるって言ってなかった?」
「それはその場しのぎの方便さ。俺達は魔王討伐の旅をしてるんだから本人の意思なしで連れて行くわけにもいかないだろ?」
無理に付いてこなくていい。どうするかは自分自身で決めていいとユーシャはフアムを見やり話し掛ける。小さな少女はユーシャを見つめ返して口を開いた。
「ユーチェイン」
「誰だそいつは。変なあだ名をつけんじゃねえ」
一緒に行くよ。だって──。
「あなたから金の匂いがする」
「下賤極まりねえな‼」
……。こうして、終始お金への執着を隠さない山賊のような盗賊の少女・フアムが魔王討伐の旅に加わったのだった。
「よしっ。一件落着、かな? 何だか疲れちゃったから早く宿屋に向かおうぜ」
「……うん。そうだね……」
「あら? 明後日の方を見てどうしたのフアムちゃん」
「エーダリアン……」
「お前のあだ名のセンスどうなってんだ」
城下町に向かう道中でフアムは港の方を見つめていた。その表情はどこか後ろ髪を引かれているようにも見えた。
「港に何か心残りでもあるのか?」
「この前会った旅のお姉さんの勧誘を断る形になるから、悪い事しちゃったなって」
「ふーん、そっか。勧誘って何に誘われたんだ?」
「ショークニーっていう町で旅の冒険者の同行をアッセンブルっておしごと」
聞いた瞬間、ユーシャとエーダは固まった。おそらくアッセンブルではなく斡旋だろうと、二人には思い当たる節があった。まさか──。
「フアム。その、旅のお姉さんってリリーって名乗ってなかった?」
「え? そうだよ。何でわかったの?」
やはりそうだった。
ハウクトー大陸オカノウエー国領の町・ショークニーで旅の同行者を斡旋する仕事を兼業している酒場の女主人・リリーはかつて自身の性欲の暴走で斡旋業のメンバーを失ってしまっていた。
そんな彼女は世話になったマスターに酒場の管理を任せて勧誘の旅に出ようかと言っていたのだ。そしてまずはやるべき事をやってからとも──。
「いくら何でも早くないか⁉」
「何か『自分の内に溜まるマグマがメスのエキスを飲み込みたがっているの』って言ってたよ」
「相も変わらず言動を改めねえな‼」
端的に欲求不満で我慢できない、という事である。
あとね──去り際に何かつぶやいていたとフアムは付け加えた。
──『そろそろ狩るか』って──。
……。……世の女性にとって最も危険なケダモノが野に解き放たれた。
「フアムについて」につづく。




