23話「山賊のアジトへ」
静寂なヒエンルナ城に鎧を装着した兵士の重厚な足音が響き渡る。兵士長を先頭にして、旅人を装って城に忍び込んだとされる山賊三人を前後で挟むように列を形成していた。
「縄はキツくはないか?」
「平気だよ」
「あ、あのっ、ちょっと衣服が苦しいかなって」
「……? いや、そなたが今着ている服は自前のものでは?」
「戯言です。受け流して結構です」
「そ、そうか」
兵士の一人がエーダとフアムに手に掛けられた縄の縛り具合を訊ねてきた。
捕縛する対象とはいえ──まだ嫌疑の段階だからなのかもしれないが──幾分配慮がなされているようだった。
「クソ面倒だが気を遣わねえと色々問題になるからな! 神経質な時代だよ!」
「本心開けっぴろげか」
「さて、少年よ。君だけ自由が利く身だが、お仲間はこちらの手の内。変な気を起こすなよ?」
エーダとフアムと違い何にも縛られていないユーシャは威厳を漂わせる兵士長に念を押された。ユーシャだけ縄に掛かってないのは特別な理由があるわけではなく単に縄が足りていないだけだった。
「縄が足らんとは全く! おい! 誰か昨日特殊なプレイにでも使ってそのままじゃないだろうな⁉」
「兵士長! それはハラスメントです」
「ガッハッハ! そうか! こいつは裁判沙汰かもしれんなあ!」
少年を縛するものの手配は早めにな──。そう言って兵士長は豪快に笑った。
逃げ回るではなく、いっその事直接話した方が解決方法としては賢明なのではないかという目論見で捕まり、どう切り抜けるか考えを巡らせていたユーシャだったが、緊張感を緩ませる兵士長のせいでまとまらずにいた。
「よし。その少年は犬のリードとかでもいいよ」
「何がよしだ。扱いが雑すぎんだろ」
気付けば、玉座の間が目前であった。
「おお! 山賊を捕えたとな⁉」
玉座の間に現れた兵士長に、先立って報告を受けていた大臣が大きく声を上げた。
ユーシャ一行の捕縛が昨今のヒエンルナ王国、ひいては国王を悩ませている問題の解決の一端になる──意気揚々と返事した兵士長はいつも玉座に座しているはずのヒエンルナ国王の不在を見て、今いずこにおられるのかと大臣に訊ねた。
「我が国王は久方振りのお通じだ! しばし待たれよ!」
「ガッハッハ! 悩みがどんどん解決していきますな!」
「……兵士さん。この国にデリカシーはあるのか?」
「なっ……! 山賊風情にそんな事言われる筋合いなどないわ!」
ユーシャの発言に兵士が激昂していると、奥から足取り軽やかに初老の男が姿を現した。
彼こそが先代の崩御を受けて現在のヒエンルナ王国を治めるアウケ・ピロウゲ・ヒエンルナ国王である。この場に姿を現すままに厳格な面持ち、厳格な口調で大臣に語り掛けた。
「大臣よ。今日ほど見事な尻からひり出た一本のものはないぞ。今日は何か良い事がありそうだ……!」
……少年。この国にデリカシーは、ない──。
先程の兵士は神妙な顔つきで答えた。でしょうね──ユーシャは呆れ顔で言葉を返す。
「む、その者達は……? 兵士長をはじめ揃いも揃って何やら穏やかではないな」
「はっ! 大臣には既にお伝えしているのですが、城に忍び込んだ山賊を捕えました! 特に小さな女の子についてはアジトを知っているものと思われます!」
「なんと! そうか! それでアレは無事か⁉ 在り処は吐かせたのか⁉」
──アレとは何だろうか? ユーシャには見当もつかなかったが、兵士達の一連の行動と今の国王の言葉から察するに、おそらく何かしらが山賊に奪われ、それを取り戻すために山賊のアジトを突き止めようとしていたという事なのだろう。早急に解決を図っていた事からして余程この国にとって大事なものに違いない。だが、捕われの少年にとって、今重要な事はそこではなかった。
「アレについては未だ……まずはこの場に連れてくるのが先決だと思いまして──」
「ヒエンルナ国王‼」
話を急かす国王の質問に答える兵士長の言葉を遮ってユーシャが大きく声を上げた。
山賊風情が無礼千万、国王に直接物申すなど不敬も甚だしいと兵士達がユーシャの振る舞いを一斉に非難しはじめる。
だがしかし、大人しく牢に収まってやるために捕まったのではない──国王と対面しているこの機を逃すまいとしてユーシャは周囲に構わず続けようとすると、ヒエンルナ国王がざわめく場を制したのだった。
良い。申してみよ──寛大な人柄か、それとも山賊に似つかわしくない容貌の少年に何かを感じ取ったか。国王は眼前の少年に先を促した。ユーシャも気を落ち着かせて口を開く。
「俺の名前はユーシャ。ハウクトー大陸のオカノウエー王国から来ました」
「そうか。名をユーシャと……ん? オカノウエーから来た……だと?」
ユーシャの発言で玉座の間がざわつきはじめる。
オカノウエーって……まさか──?
──暢気そうな王様が統治している──?
──ああ! 世界会議中も暢気にしていた──。
──あの徹頭徹尾暢気な──。
──かつてないほど暢気な──。
──どこまでも暢気──。
──果てしなく暢気──。
「あのオヤジどういう覚えられ方してんだよ」
キリンの首やゾウの耳のように、オカノウエー国王の暢気さがもはやそれを象徴するものとして捉えられていた。
嬉しくなる事もなければ悲しむ必要もない何とも微妙な父の評価に、息子は複雑な気持ちを抱えていいのかもよくわからない不思議な感情に包まれていた。
そうか、かの王国から旅立った勇者というのは君か──ある意味もの凄く大きい父の印象に流される事なく、ヒエンルナ国王は目の前の少年が名乗り、出自を明かした意味を理解しているようだった。
「成程。魔王討伐の旅をしている身分ゆえ、山賊というのは誤解だと……そういう訳だな?」
「……。……え?……っあ‼ そ、そうだった‼︎」
「ん? そうだった?」
「そうだったんす! 山賊は誤解で俺が魔王討伐を果たす勇者だったんす‼︎」
「む……そ、そうか……」
やっと本来の目的を思い出したユーシャは強引に押し切った。
……。……どうにかして少年の心に魔王討伐という言葉を深く刻み込めないものだろうか。いや、無理か。
「とりあえず君が山賊行為をするような人間ではないと信じよう。言われてみれば確かに彼の面影もある。彼は……オカノウエー国王は──」
ずぼらで雑でいい加減で他人の意見に乗っかるだけの調子のいい人間だが、決して悪ではない──。
……。……概ねその通りで、否定できないのが息子として悲しくてやるせなかった。
思った事をずけずけと口にする──兵士長の調子を見るとお国柄なのかもしれないが──国王は話を続ける。だが──。
「そちらの小さな娘は山賊のアジトがあるとされる付近で不相応に財宝を持ち歩いていた姿を兵士が目撃している。山賊だという確証はないが、身の潔白は証明できていない。たとえ君と行動を共にしているとしてもだ」
「それについてだけど、この子が兵士さんの鎧をへこませてしまったのは勿論知ってますよね?」
「ああ、報告が上がっている」
「実は港でその事で悩んでいる彼女を見つけて、よし、だったら謝りに行こうという事で一緒に連れて来たんです」
ユーシャの思わぬ釈明に国王は顔をしかめる。
その話が本当だとして──仕切り直した国王はフアムが山賊の仲間であるという嫌疑についてはどう説明するつもりかと問い質す。ユーシャはそれについても流暢に話を続けた。
「この子は現在一人で生きています。そしてまだ幼く働き先もうまく見つけられない。だから盗みを働いてしまった。盗みが悪い事はちゃんとわかっているから、せめて心の痛みを少なくするために危険を承知で山賊相手にお宝を盗み、売り払った金で食べ物を買ってぺこぺこのお腹を満たそうとしていたその帰りで兵士さんと鉢合わせてしまった。今回の話はそういう事です」
ユーシャの弁で明らかに場の空気が変わった。先程までと打って変わって兵士達は困惑の表情を浮かべ、あるいは小さな女の子の境遇に同情さえしていた。虚実を見事に織り交ぜたユーシャはここぞとばかりに畳みかける。
「盗みを働いた事、鎧をダメにしてしまった事、許してくれとは言わない。でもこんな境遇の子をいずれ国を継いで民を導く俺としては見過ごせない……! だから、この旅を通じてこの子を見事更生させてみせます! だから──」
どうか寛大な措置を──!
胸を打つようなエピソードを並び立てて同情を誘い、自分の出自も利用して論点をすり替えてなあなあにして有耶無耶にする──これがユーシャの策であった。
「ふうむ……そのような背景があったとは……だがしかし……」
国王がどうしたものかと考える中、何かを思いついた大臣は駆け寄るやいなや国王に大ボリュームで耳打ちをした。
「国王! これはチャンスです! 山賊のアジトに向かい、奪われたアレを取り返すことで少女の罪を不問とするとでも言って問題を一気に解決してしまいましょう!」
「丸聞こえなんだが。こんな騒音レベルの耳打ち聞いた事ねえよ」
部屋中に響き渡った大臣の鼓膜破壊でも狙っていそうな耳打ちに、国王はその手があったかと相槌を打つ。そしてユーシャに向かって毅然と処遇を言い渡した。
「勇者よ! その少女の罪は山賊のアジトに向かい、奪われたアレを取り返す事で不問とするとでも言って問題を一気に解決してしまいましょう!」
「ほぼコピー&ペーストじゃねえか‼」
予想外に面倒な事態になってしまった。
ユーシャのシナリオとしては許してもらった後に一刻も早く魔王を倒さなければならないとでも言ってさっさと旅立つ算段だったが、雲行きが怪しくなってきた。
さて、どうやってアジトに向かうのを避けようか──ユーシャが思案する中、フアムがすんとした表情で口を開く。
「いいよ」
「ちょっと待ってーーーーー!!!」
……何やら山賊のアジトに向かうほかなさそうな空気が漂い始めていた。
「奪還」につづく。




