22話「続・ヒエンルナ城」
まさかの事態になってしまった──。
魔王討伐の件など忘れてただ国王に挨拶に来ただけだったのに、気付けば小さな女の子に背後霊のように付いてこられ、挙げ句の果てにはその女の子が原因でもろとも山賊呼ばわりである。
思いもよらない展開に困惑するユーシャとエーダだったが、どうやらその時間すらなさそうだ。駆けつけた兵士がすぐそこにまで迫って来ていた。騒ぎの張本人・フアムが二人に向かって声を上げる。
「このままじゃ捕まっちゃうよ! 早く逃げよう!」
「お前が言うな‼」
しかし暢気と言うべきか、それとも出自ゆえかユーシャはこの期に及んでもまだ捕まる事はないのではとどこか楽観的だった。
……いや、実際ユーシャ本人は何も悪い事をしてはいないのだが。
「兵士さんと話してみないか? 俺とエーダは全然関係ないんだし、この子も何かの間違いかもしれないし」
「でも相手が聞く耳持たないで問答無用で牢屋にでも入れられたらどうにもならないんじゃない⁉」
「そっか……そう、だな! よし、逃げよう‼」
……。今日もユーシャの手のひらはクルクルと回っていた。
何が何やらとまるで状況が飲み込めていないが、今は話す猶予もない。とにかく状況を整理し、把握するためにもユーシャはひとまずその場を逃げ出したのだった。
「とりあえずは逃げ切れたか」
ユーシャ一行は兵士からの追跡を何とか振り切った。城門は門番兵と増援の兵士で固められて脱出は叶わず、結局人目の付かない倉庫に逃げ込み息を潜めていた。
さてと──ようやく一息ついて話す余裕が出来たユーシャは早速フアムを問い質す。彼女が山賊とは一体どういう事であろうか。王子として城で暮らしていたユーシャは山賊という存在はわかるものの実際に目にした事はなく、荒くれ者のイメージを持っていたからか余計に目の前の少女がそう呼ばれた事が信じられなかった。
「私は山賊なんかじゃないよ」
「え? でもあなたさっきバレてはしょうがないって」
「それはあの人達から追われてるのは本当の事だから見つかっちゃったって意味だよ」
フアムは理由があって追われているのは確からしいのだが、自身が山賊である事は強く否定した。あくまでもそれはヒエンルナ兵の勘違いだというのがフアムの主張である。一体何をどうしたら山賊と勘違いされるのだろうか──?
「お宝を売り払って金稼ぐためにアジトに出入りしてたら仲間呼ばわりされちゃったんだよ」
「ある意味山賊より質悪いな‼」
「あなたさっきこの城に取り返さなきゃいけないものがあるって言ってたけど、それはどういう事?」
「うん。それはアジトで盗るもの盗ったからそろそろ帰るかグエッヘッヘって時だったんだけど」
「何だその笑い方は。ゲスか」
見方によっては山賊より悪質な事をしている少女は、その悪事の帰り道で山賊のアジトを探していたヒエンルナ城の兵士と出くわしてしまった。外見不相応の財宝を手にしていたフアムを見て、きっとこの少女も山賊の一味なのだろうと兵士が勘違いした──。というのが事の真相のようだ。
勝手に山賊の仲間扱いされた少女は勿論捕まる気など毛頭もなく、迫る兵士を振り切ろうとしたのだが、その際につまずいてしまい勢い良く兵士目掛けて頭から突っ込むのだった。その結果──。
「兵士の人の鎧をへこませちゃったんだ」
「鎧ってへこむの⁉」
実際問題へこんじゃったよね、てへぺろ☆──。そんな顔しとる場合かと、おちゃめな顔をするフアムにツッコむユーシャだったが、何かが引っ掛かる。へこんだ鎧──どこかで聞いた事があるはずなのだが記憶も情報も右から左へ流れていく少年はまるで思い出せない。
そんなユーシャを差し置いて、エーダが声を上ずらせた。
「女将さんが言ってたへこんだ鎧の話ってあなたが原因だったの⁉」
ニスニアール大陸北端の港に立ち寄った兵士が女将に話した事を、整備中の船乗りに聞かせていたくだりをエーダは比較的早く思い出した。それだ──‼ 目と口を開き思わず叫ぶユーシャに目もくれずにエーダは更にフアムに訊ねる。取り返さなきゃいけないものがある──ここからその話にどう繋がっていくのかエーダには見当がつかなかった。エーダの質問に相も変わらずすんとした表情でフアムは答えた。
「あそこまでへこんじゃうともう使い物にならないしこれはもう私の物でいいよねって事でへこんだ鎧を取り返しに来たんだよ」
「史上まれに見る暴論だな‼ もはや山賊の鑑だよ!!!」
「私山賊じゃないもん! 盗賊だもん!」
「堂々と言う事じゃねえだろ‼ 大差ないわ‼」
世の山賊への生きた教本・フアムは悪びれる事なく兵士にちゃんと了解は得たと声高らかに主張する。そんな訳がないだろうと呆れた顔を向けられても彼女は動じない。
フアムの動転してつまずいただけのドジも、彼女を山賊だと思っているヒエンルナの兵士にとっては抵抗以外の何物でもないだろう。憤慨する兵士に小さな山賊は何食わぬ顔で厚かましいお願いをしたのだった。
へこませちゃってゴメンなさい。使い物にならなそうだから貰ってもいい──?
「そしたら『もうよい! アジトを突き止める前にまずはお前から捕えてやる‼』って! 兵士の人『よい』ってちゃんと言ったよ!」
「それ『いいよ』って意味じゃねえよ‼ 単純に話が噛み合ってねえだけじゃねえか‼」
「その後に一匹見たら三十匹みたいにわらわらと兵士の人が来るのが見えたから仕方なくその時は鎧を諦めて逃げたんだ」
「兵士さんをゴキブリみたく言うんじゃねえ‼」
兵士をあっさりと振り切ったフアムはそのまま港から他の大陸へ渡ってしまおうと思ったが、運の悪い事に船は海上に出現した魔物を理由に運航されていなかったのだった。
港へはすぐに山賊出没の注意喚起がなされた。その場にいるのは危険と判断して大陸南部への逃走を図るも既にヒエンルナ王国は厳戒態勢に入っており、包囲網を敷かれる中で止む無く──自業自得とも言えようが──身を潜める次第となった。
その翌朝、港を離れ人目につかないよう転々としていたその最中でフアムは運航再開となった船で他の大陸からやってきた旅人と出会う。見目麗しい旅人の話はとても興味を惹かれる内容で、話を聞いた少女はそして決意するのだった。逃亡も兼ねてハウクトー大陸のとある町へ行こうと──。
だがしかし、ハウクトー大陸行きの船を待つ夕刻に彼女の行動はまたまた一変する。船の待合場で耳にした女将と船乗りの会話がきっかけであった。
──港に立ち寄った兵士の話だとへこんだ鎧を修繕するでもなく倉庫に放置したままなんだとか──。
「船乗りの人があなた達に『ヒエンルナ城に行くんだるぉおい』って言ってて私、思ったんだ」
「船乗りさんそんな言い方してねえだろ。ていうかあの時あそこにいたの⁉︎」
とにかくフアムは思ったのだ。この二人についていけばへこんだ鎧があるお城に入れるかも。幸い顔を見られた兵士は一人だけだから城に入ってしまえばこっちのものだ──と。
たまたま場に居合わせて女将の話を盗み聞きしたフアムは、へこんだ鎧を手に入れて売り払った金を自分の懐に入れる事を再び画策したのだった。
「あなた達が泊まった部屋が私が寝泊まりした所の隣で助かっちゃった。動向を知るのに好都合だったからね。ふかふかの藁のベッドでも寝れたし棚からぼたもちがいっぱいって感じ」
「隣……藁のベッド……? っ! まさか──」
ユーシャの頭の中で何かが繋がった。
あの宿で藁が置いてある場所は一つしかないのだ。つまり──。
「納屋での物音の正体はネズミじゃなくてお前か‼」
「そうでチュー」
「やかましい‼」
「ね、ねえっ! もしかして港に出た山賊って……っ!」
「あっ、そうか! それもお前だったのか‼」
「それは違うよ。だって私は盗賊」
「くどいわ‼」
あっちから声がしないか──?
様々な事実が発覚する最中、外から兵士の声が聞こえた。三人は見つかるまいと慌てて押し黙る。
ユーシャはエーダとフアムに奥にある扉を指差し、ひとまずあそこへ隠れようと目配せをして必死に音を殺しながら進んだ。
「奥は武器庫になってたのか──」
音を立てぬようにゆっくりと扉を閉めたユーシャは荘厳に並べられた数々の武器を見て囁くように感嘆の声を上げた。
昨晩泊まった住み込み用の部屋とは違って──下手をすれば宿が丸ごと入るのではないかと思ってしまうほど──広々と構えられた一室を興味津々に見て回っているユーシャの背中にエーダが声を掛ける。
振り向いてエーダのもとへ向かうと、そこには床の上に鎧が転がっていた。
剣や槍などが綺麗に整理整頓されている分、余計に雑に扱われているように映る鎧を見てユーシャ達はハッとした。恐らくこれこそがフアムがへこませてしまった鎧なのだろうと直感したのだ。
そして確かめるべくズシリと重い胴部を手に取ると、その惨状に思わず絶句した。その鎧はへこむという表現では生温いと思える程、抉れていると言える程にさながらクレーターのようにべっこりとへこんでいたのだった。
「あっ! これだよこれ! 見て見てほら! 私の頭がぴったしハマるよ!」
「ええええええ⁉ 何だよコレどうなってんの⁉ つまずいた拍子にぶつかっちゃっただけじゃないのか⁉」
「え? うん、そうだよ?」
「鎚で打たれてもここまでなんねえだろ‼ お前の頭蓋骨オリハルコンで出来てんの⁉」
やはりここから声がしたぞ! 武器庫だ──! こちらへ向かってくる足音が幾つも重なり、そして次第に大きくなってきた。
「げっ、見つかっちまったか……! まあ地の利はあっち側にあるから当然だな」
「……多分ユーシャの声が大きかったからだと思う……」
ユーシャの本能ともいえるようなツッコミが呼び水となってついに居場所を突き止められてしまった。ここより奥はなく、倉庫の前にはヒエンルナの兵士が集結している。
絶体絶命の中、エーダとフアムに向けてユーシャは毅然と声を発した。俺に考えがある──。
「ここは一旦捕まろう」
「山賊のアジトへ」につづく。




