21話「ヒエンルナ城」
──そして夜が明けた。
ユーシャは自身の言葉通りに敷布団代わりにした藁を綺麗に片付けて、しっかり衣服を着たエーダと共に早々に港の宿を後にした。
ゆうべはお楽しみでしたね──根も葉もない事を口にした女将は邪悪な笑みを浮かべていた。
「あれ? 女将さん。住み込み部屋に泊まらせたのって三人でしたっけ?」
「泊めたのは男女の二人さ。何でそんな事聞くんだい?」
「いや、だってほらあそこ」
遅番と交代し、建物周りを掃除していた朝番の従業員は宿を出た一行の背中を指差す。
──だが、何度目を凝らしても女将達の目に映っているのはユーシャとエーダの二人だけだった。
「あ、あれえ? 確かにさっきもう一人……」
寝ぼけてないでしっかりしておくれよ──女将のその言葉も今の従業員の耳には届いてはいない。情けない声を出し、混乱したままいつまでも彼らの背中を眺めている従業員には果たして何が見えていたのだろうか。
ニスニアール大陸北端の港より南にまっすぐユーシャ達は歩を進めていた。なだらかな傾斜が続く平原では岩石や木々が点在するものの視界を大きく遮るものはなく、次の目的地であるヒエンルナ城は遠目ながら目視で確認できていた。城から少し離れた場所に町があるのだが、港から城までの距離も大した事はなく港の宿でしっかり睡眠を取った二人は休憩する必要もないだろうとそのまま城を目指す。
ねえユーシャ──冷えた早朝の空気の中、ユーシャの背中にエーダが話し掛ける。
「そういえばなんだけど、何でお城に行くの?」
「え? 何でってそりゃあ……。……何でだっけ?」
この平和な世に復活を遂げてしまった魔王を討伐するために祖国オカノウエーを出た十六歳の少年・ユーシャ。その魔王の居場所への手掛かりを探すべく東のハウクトー大陸からこの地ニスニアールにやってきたはずだったのだが、きっと彼の記憶は玉突きのように古い情報が弾き出されていくのだろう。新たな大陸にやってきて新鮮な情報を取り込んだ今のユーシャにはもはや何の旅をしているのかさえ怪しかった。
「まあでもとりあえず挨拶しておいて悪い事はないだろ」
「それはそうなんだけど……え?」
エーダが何かに反応し、すぐさま後ろを振り向いた。彼女の様子をユーシャは不思議そうに見つめている。そんな少年を尻目に今度は右へ左へと何かを探すように見渡す。
「エーダ、どうした? 背中でも痒いのか?」
「違うわよっ、今何かの気配がしなかった?」
気配、と言われても──昨晩全裸で寝ていたから虫に刺されたか肌が擦れて今更痒みが出たのかとユーシャは勘繰ったが、エーダの様子を見る限りどうやらそうではなさそうである。むしろ家畜用として使われていた藁の上で寝たユーシャの方がそんな目に遭いそうなものだったがその話はさて置き、二人はハッと互いの顔を見合わせる。そして口に出さずとも同じ結論に達したと、そう感じ取ったのだった。
山賊か──!
「女将さんからどの程度の規模なのか参考までに聞いておけばよかったわね」
「あぁ、少しでも情報を入れておいた方がよかったかもしれない。それに……山賊も早起きして活動するんだな」
「……いや、それは山賊の自由なんじゃない?」
偏見も甚だしかった。
とにかく警戒を怠らずに進もう──。幸いにも死角がさほどない道のりだったが、それでも周囲に注意を巡らしながら城までの歩調を速める。
──結局、エーダが気配を感じ取った何者かは現れる事なく、どこか重苦しい雰囲気を漂わせるヒエンルナ城へ二人は辿り着いたのだった。
「見た所怪しい者ではなさそうだが……若者よ、何用でここに参られた」
「えーと、隣の大陸から来たんだけど、とりあえず国王に挨拶でもしようと思って……」
城門に立っていた兵の一人が眼前に現れた二人に訊ねた。
……。……魔王討伐の旨を話せばすぐに立ち寄った事情も察してくれそうなものであったが、ユーシャから、そしてエーダの口からも一切語られる事はなかった。このパーティは一刻も早くしっかりものを仲間に加えた方がいいのかもしれない。
「ふむ……それは殊勝な心掛けだが、この国は少し問題を抱えていてね。厳戒態勢に入ってるからくれぐれも粗相のないようにな」
問題──きっと山賊の事だろう。他所から来た者にその事を口にしないところを見るに、もしかしたら国の沽券にも関わっているのかもしれない。そんな事を考えながらも追及する事はせず、ユーシャ達は門番兵に軽く会釈をして城内へと入っていった。
背中から門番兵達の会話が小さいながらも──城内が足音すら大きく聞こえるほど静かなのもあるだろうが──ユーシャ達の耳に入ってくる。
おい、念のために誰か監視でつけておいた方がいいんじゃないのか──?
いやあ、大丈夫じゃないか? 何より捜索で人手が足りてないんだから人員を割く余裕もない。それに男の子の方の顔を見たか──?
何だか勇者っぽい顔をしているからきっと悪人じゃないさ──。
「勇者の顔って『王様の髭』みたいなわかりやすいイメージあったっけ?」
「さあ? でもユーシャって髭とか似合わなそうな可愛い顔立ちよね」
「それは今関係ねえだろ」
果たして勇者っぽい顔とはどういう顔なのだろうか。満場一致するようなイメージでもあるのか疑問は尽きないが、もう一人の門番兵も言われてみると確かにと同調して頷いた。それに──。
「両手に花って感じで小さな子もいるってのにそれで悪なら世も末だよ」
両手に花──? 門番兵のその言葉にユーシャ達は思わず目を見開き振り向いた。一瞬誰もいないかと思ったが何かが視界に入り少し下に目線を落とすと、そこにはユーシャより顔一つ分背の低いポニーテールの少女が立っていた。
「え……? 何この子可愛い」
「それは今関係ねえだろ」
ユーシャはいつの間にか後ろに付いて来ていた少女にまずは名前を訊ねる。
フアム・アルバンデット──幼さを感じさせる口調で彼女はそう答えた。
いつから付いて来ていたのか、何故自分達について来たのかなど気になる事が幾つもあったユーシャだが、彼よりも先にエーダが興味津々に少女に訊ねた。
「ねえ、あなたってもしかして幽霊?」
「何でだ」
「そうだよ」
「そうなの⁉」
「うそだよ」
「嘘かよ‼ 何だ今のやりとりは‼」
何故嘘をついたのかは謎だが、幽霊──エーダの唐突に口にしたこの言葉はユーシャにも不思議と理解できた。何故ならヒエンルナ城の静寂な城内でユーシャ達が耳にしていた足音は二つ。つまりはユーシャとエーダのもので、彼女の足音が一切しなかったからである。門番兵の口振りから察するに彼らは最初から自分達を三人組として認識していた可能性が高いのだが、今の今まで足音はおろか気配さえまるで感じさせなかったのは正直ぞっとするような異常さであった。もしこれが意図的なものならとんでもないスキルである。幽霊が突如現れたと言われた方がまだ納得できる程だ。
「ねえフアム……さん」
「もっとフランクでいいよ」
「じゃあ、フーちゃん」
「急に距離詰めすぎだよ」
「面倒臭えな!!!」
ユーシャ達はフアムが何の目的でここにいるのかを問い質した。まずないとは思うのだが道に迷っている最中にユーシャ達を見つけてとりあえず付いて来た可能性も否定はできない。それとも自分達に用があるのか──。兎にも角にも謎に感じる彼女の行動の真意をはっきりさせておきたかった。
「このお城に取り返さなきゃいけないものがあるんだけど、私一人じゃ入れないから二人に憑りつかせてもらったよ」
「憑りつくって幽霊じゃないんだから」
「頑張って私を成仏させて」
「やっぱり君幽霊なの⁉」
「違うよ」
「違うのかよ‼ 何なんだお前‼」
念のためにエーダが彼女を触って実体がある事を確認──肌がもちもちで柔らかいと盛り上がるエーダをユーシャは真顔で無視──して、まずはフアムの発言で気になる部分を質す。私一人じゃ入れない──それはどういう事かと聞こうとしたその時、ユーシャの言葉に被せるように兵士の張り上げた声が静寂な城内に響いた。
「見つけたぞ‼ 山賊だ‼」
山賊──現在この国を悩ませている元凶がついに姿を現したのかとユーシャ達も緊張を走らせる。目の前にいるか弱く映る小さな少女を守ろうとエーダに目配せをして、その場に止まり動向を見守っていると、兵士の足音がユーシャ達が通った城門の方から聞こえた。次第に大きくなってくるその音は、明らかにこちらに向かってきているのがわかった。
まずい、このままじゃ山賊と鉢合わせになる──ユーシャがそう懸念していると足音の正体が目視できる所まで近づいてきた。その足音の正体──ヒエンルナ城の門番兵とは別の駆けつけてきた兵士が、ユーシャ一行に焦点を合わせるやいなや叫んだ。
「いたぞ! あいつらだ‼」
ユーシャは眉を顰めた。兵士はどう見てもこちらをして叫んでいる。一瞬、現状を理解できずに固まる二人だったが、すぐさま我に返り傍にいる少女を見て察した。
まさか──ユーシャが声を掛ける間もなく、出会ってから一貫してすんとしている少女は強い口調で兵士に宣言する。バレてはしょうがない──。
「でも、私の仲間──この二人には手を出させないんだから!」
「あっ! お、お前ーーーーー!!!」
彼女の一声で完全に兵士は三人一括りで賊と認識しただろう。この状況が企図されたものかは定かではない。だが、一見して山賊のような道に外れた輩には見えない小柄な少女フアム・アルバンデットの一計でこの国の問題に巻き込まれてしまったユーシャ達だった──。
「続・ヒエンルナ城」につづく。




