2話「旅立ち 後編」
十六年前──。
なんだかんだ平和な世の中になんやかんやあって魔王が何度目かの復活を遂げ、なんとなく世を混沌に陥れた。そこに何らかの理由で立ち上がった勇者が世界を旅し、なんか魔王を退け再び世に平和をもたらした。
しかしその平和は束の間のもの。
そう、魔王は何度でも甦る。
だがしかし、世界から魔王の脅威がなくなったその年、運命とも呼べる出来事があった。
世界屈指の大国であるオカノウエー国国王オカノウエー・ニール・ノンキーナ夫妻のもとに待望の一子が生まれたのである。
「魔王は何度でも甦る。それは歴史が証明しておる。あいや年を取ると次を考えるものでな。脅威が去ったなら今度は次の脅威に備えをせねばならぬ。そんな事を考えていたあの日ワシたち夫婦に、いや、この国に、いや、世界に生まれた喜び。ただの偶然かもしれないがワシは運命を感じずにはいられなかった」
国王の話を聞くさなかで、今年で十六歳になる少年は先の言葉を察した。
何故、自分が魔王討伐に選ばれたのか──。
「……まさか……俺は魔王が倒された日に……?」
「あぁ。お前はその日…………初めて寝返りを打ったのだ」
「既に生まれてんのかよ」
何があぁだ馬鹿野郎。魔王討伐が果たされたという印象深い日に生まれたならまだしも生後数か月経ってんじゃん。
いや赤ちゃんの初めての何々が誰も彼も喜ばしく感じてんのは別にいいんだろうけども。何で俺の初めての寝返りが世界中の慶事みたくなってんだと少年は心底呆れ返る。
国王が感じたこの運命ならば、その年の出生児全てが該当するだろう。ゲームプレーヤー並みに勇者が溢れ返る事になる。魔王四面楚歌である。
もちろんそれだけではないと国王は食い下がる。
「お前の初めての寝返りはそれはもう凄かったぞ! 何かもうその勢いで魔王を倒してしまうのではないかと思うたわ! ものすんごく勇ましい寝返りだった‼」
「ただの親馬鹿じゃねーか‼ こじつけも大概にしとけよ!!!」
結局俺が討伐に行く理由になってないと声高々に少年は訴えた。ごもっともである。
魔王なき平和な世の中で彼は育った。
幼い頃から活発で、遊び半分で兵に混ざって訓練を受けた事はあったが、城の外を徘徊する魔物相手はおろか対人の実戦経験さえろくにない。そんなレベル1以下の少年が立ち向かっても返り討ちが必定だろう。
何故国王が自分の息子を魔王討伐という危険な旅に向かわせようとしているのか。それには友好国の兵士が答えた。
「世界会議で決まったのです王子。魔王討伐に際して討伐の任に就く国と自国を防衛しつつ近隣の敵勢力を削り、国に立ち寄った勇者を支援するという国ごとに任を分ける取り決めを会議でしているのです」
そして今回の魔王討伐の任はオカノウエー国が果たすと決し、十六年前の世界会議は幕を閉じた。
……。自分が物心つく前から世界規模でそのような話があったのかと驚いた少年だったが新たに疑問が浮かぶ。何せ魔王討伐という責任重大な事を任されているのにもかかわらず生まれてこの方魔王の「魔」の字も聞いた事がなかったからだ。
十六年の長い月日で国王はどのような準備をしてきたのだろうか。そのような思いを抱きながら少年は国王の顔を見やった。
「……。……おい」
……何だか嫌な予感がする。
何故なら国王の顔面が冷や汗と脂汗で濡れに濡れていたからだ。
「……父上。一つ聞きたい事がある。あなたは今回の魔王が復活する日に備えて何をしていましたか?」
少年の丁寧な言葉遣いに怒りが見え隠れしている。
「…………。……いぃぃぃやぁぁぁあのぉ~~まだ時間はあるかな大丈夫かなぁって思って」
夏休みを満喫して宿題をやってこなかった子供のような言い訳をする国王に何もしてこなかったのかとなおも詰め寄る。
「いや、ち違う何もしてこなかったわけではない‼……あっそ、そう‼ 祈っていました‼ 魔王が復活しませんようにって!!!」
「祈りで世界が救えるかーーーー!!!」
「ゴメン!!!」
国王は一転して威風堂々と謝った。
「何やってんだよ‼ ホントもう何やってんの⁉ そもそも最初から断っときゃよかっただろうが‼ 出来ないなら出来ないって言うのも一つの責任だって!!! 何でそんな面倒事引き受けたんだよ!!!」
面倒事。世界を揺るがす事案を少年ははっきりとそう言い切った。
するとまたも友好国の兵士が答える。
「恐れながら王子。前回の世界会議は我が国にて開催されたのですが、オカノウエー国王が居眠りしている間に決まったと伺っております」
「押し付けられてんじゃねぇか‼」
「ゴメン!!!」
やはり国王は威風堂々と謝った。
いえ、と兵士は再び割って入る。どうやら明快な理由があるらしい。
「次は順番通りに隣国のオカノウエー王国で。との事です」
「決め方が雑だな‼ 町内会の掃除当番じゃねえんだからよ!!!」
──もういくつ寝ると世界征服かなぁ──と、玉座の間の喧騒を門番兵が感情の消え去った顔で眺めていると、ここが好機と見た国王が啖呵を切る。
「ともかくだ息子よ‼ 何も恐れる事はない‼ 魔王討伐の旅に出るのだ!!! そして平和を脅かす愚か者に言ってやれ‼ 空気を読めと!!!」
愛する息子の平和を脅かす空気の読めない愚か者は声高にそう宣った。
だが、急にそんな事を言われてもと少年は返事も出来ず戸惑っている。当然といえば当然だろう。今まで安穏と過ごしていた生活が一変するのだ。果たして自分にその大役が務まるのだろうかと自問自答する。
しかし放って置けば自分と同じように平和な世に生きる人々がありふれた幸せを奪われる。そんな事はあってはならない。いや、でも……。
活発なツッコミを入れていた先程とは別人のように思い悩む少年に父である国王は静かに語りかける。
「オカノウエー・ニール・ユーシャ」
突如、自分の名を呼ばれた少年は目を開いて国王の方へ振り返る。
極東の島国では勇気ある者を勇者と呼ぶという。その意味にあやかって国王は自分の息子にそう名付けた。生まれてきた我が子の顔を見てその名にしようと決めたのだ。それ程までに我が子の顔は……
「すごい勇者っぽかった」
「名づけが雑!!!」
そうツッコんだ少年の顔が次第に晴れやかになっていく。
もはやなんとなくで付けられたような名前だったが、──勇者──。その言葉の意味が少年を前に向かせた。
もやもやしていた自分の気持ちを整理し、しばしの沈黙の後、そして──。
「魔王討伐を果たせばきっとハーレムも夢ではないぞ‼」
「よっしゃあ‼ いっちょやってやるか!!!」
……。
…………。
互いが互いの顔を凝視した。
……どうやら息子がまだ迷っていると思った国王は後押しをしようとしたらしい。その言葉が息子の決意よりも僅差で先に出てしまい、結果として「下心全開で魔王を倒さんとする勇者」を生んでしまった。
──斯くして、空気の読めないクソオヤジの息子・ユーシャの過酷な魔王討伐の旅が幕を開けたのである。
「心証が最悪だーーーーー‼」
「旅立ち おまけ編」につづく。