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勇者の扱いが雑なんだが。  作者: 二ツ木十八
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19話「サンミアークの過去」

「ユーシャよ! この度の働き、見事であった!」

 

 数々の船を沈めたはた迷惑な魔物・コラーゲンを倒し、サンミアーク城に帰還したユーシャ達は暖かく出迎えられた。

 さぞ疲れただろうと国王の計らいで昨晩はそのまま眠りにつき、そして迎えた翌朝。玉座の間にてあらためて国王は国の危難を取り除いてくれた隣国の王子に労いの言葉を掛けたのだった。


「クロイエもご苦労だったな。よくぞこの国の代表として戦いを見届けてくれた」


 して、ユーシャの働きぶりはどうだったかな──? 父からの許婚の雄姿がどう映ったかの問い掛けに、クロイエは鮮明な記憶を噛み締めるようにゆっくりと目を閉じ、率直な気持ちを口にした。

 

 可憐な女性に突き飛ばされ、船側に体を打ち付け、首から上が外に乗り出し、胃の中の残留物を勢いよく逆噴射──。


「さながらマーライオンのようでした」

「うるせえ。マーライオンに謝れ」


 上機嫌な国王はにこやかに佇んでいるエーダにも労いの言葉を掛けた。そして娘である王女も続いて感謝の言葉を述べる。

 我が国を窮地に追いやる魔物の討伐に協力いただき感謝します──クロイエの言葉に、エーダは慌てふためきながら謙遜するしかなかったが、クロイエのエーダへの賛辞はなおも続いた。


「そして同姓ながら素晴らしいものを拝めました」

「何の話だ」

「ありがとうございます」

「何のお礼だ」


 興奮……いえ、光栄です──エーダの一度開いた痴女の扉は二度と閉じる事はないだろう。


「素晴らしいものか……聞けばエーダよ。そなたは父と共に世界中を旅していたそうだな。きっとその旅では戦う事もあったろう。過酷な実戦で磨かれた技術というのは美しく映るものだ。ぜひ私も素晴らしいものとやらを拝見したいものだな」


 恐れながら国王、時代的にアウトです──勿論、彼女の性癖など知る由もない国王の勘違い故の失言をユーシャはやんわりとたしなめた。だがしかし、痴女は嬉々として言葉を返す。


「はい喜んで!」

「慎めや‼」


 この世界はもう、魔物の脅威が身近になってしまったのですね。決して胡坐をかく事なく私も力をつけなければならない──。

 和やかなムードに流されずに、クロイエは静かに口にした。こんな空気の中でよくそんなシリアスになれるな──そんな事を思いながらも、人の世に害をもたらす魔物を目の当たりにして思い詰めたような表情をする許婚の顔をユーシャは心配そうに窺った。


「このままでは世界を掌握する事は叶わないわ」

「まさかお前が魔王だったのか⁉」

「ユーシャ。必要とあらばいつでも私を呼びなさい。あなたが私を必要とした時、大地を割り、または炎を裂き、あるいは氷塊を砕き、果ては水の中から私は現れましょう」

「召喚獣かお前は」


 必ず生きて帰って来るのですよ──。

 あらためて魔王討伐の旅に出るユーシャの瞳を真っすぐ見つめ、クロイエは生還を願う気持ちを口にした。あぁ、わかっている──ユーシャも力強く頷く。


「私は待っています。あなたとの初夜を迎えるその日を」

「……どういう意味で言ってるのかわからないと答えかねるな」

「セッ──」

「わかった必ず生きて会いに来るからこれ以上何も言うな大人しく待ってろ」

「クス」

「言い切るんじゃない!!!」


 次に会う時もこうして元気に話せますように──。城門までついてきたクロイエは最後にそう言ってユーシャとエーダを見送った。

 サンミアークを後にした二人は、あらためて当初の目的通りである港町コーロから他の大陸を目指す。




「いい天気ねえ」


 港町コーロより西の海にようやくいつもの光景が戻ってきた。港を出た船が気持ちよさそうに、待ちかねていたように順風満帆に大海原を駆けていた。

 城に仕えていた侍女によって元通りかそれ以上に綺麗になって返ってきた愛用のローブにエーダは身を包み、洗いたてのローブのいい香りを受けて恍惚の顔を浮かべていた。


「ねえユーシャっ。こんな日は」

「脱ぐなよ」


 ……。


「こんな日はクロイエ王女ってどんな人か聞きたくなるわよね」

「日によるのか⁉︎」


 サンミアーク王国王女クロイエとは──。図星を突かれた痴女の苦し紛れの誤魔化しに、ユーシャは少々答えに窮する。もはや当たり前のような存在をあらためて言葉にするのは中々どうして難しい。


「何て言えばいいかなあ。直向きっていうか振り切ってるというか……自分は仕えてくれる臣下以上に働かなくてはいけないとか、同じ目線でなくてはいけないとか昔から愛国精神っていうのかさ、一本気なまま一本道を突っ走ってるって印象があるなぁ」


 クロイエ様らしいなあ──そう言って王子に挨拶をとやってきた船乗りが笑った。

 船乗りは今でこそ父の後を継ぐためコーロに戻ったらしいのだが、昔は城に仕えていたのだという。


「小さい頃から健気に『私がいる限り苦しい思いはさせません』って言ってくれたりしたんだよ」


 懐かしそうに昔を振り返っていた船乗りだったが、今のサンミアークしか知らない二人にとって衝撃的な事を口にする。


「昔この国にとんでもない国王がいてね。そしてそれが原因で暴動が起きて崩壊した事があるんだ」


 今の国王はそんな歴史を繰り返させないためにも民を一際大切にしようとする思いが強いのかもしれないね──。


 二十年前、王が絶対的な権力をして悪政の限りを尽くしていたこの国で反抗勢力によるクーデターが起こった。

 結果、国王は失脚し、妻も子も置き去りに一人国外へ逃亡。残った王族は牢に繋がれたのだが、その中で十二歳とまだ幼い王女だけが怒りの捌け口として民もろとも奴隷にされてしまったのだ。

 

 悪夢から覚め、地獄が始まり一年が経った。

 食料も碌に与えられず、一日の大半を兵士の厳しい監視下に置かれながら、王女は幼いながらも王族としての責任を感じ黙々と働いていたが、どうやらその働きぶりが気に入らなかったようで、獰猛な魔物が生息している地域への資材の調達を命じられてしまった。

 あんまりだと他の奴隷が反発するも却って兵士の怒りを買い、反発した奴隷も同行を強制されてしまう。だがそれでも、王女は顔色一つ変えずに責任を果たそうとしていた。

 そして彼女らが危険地帯に足を踏み入れて間もなく、案の定魔物に遭遇してしまうのである。

 恐れていた現実に怯える奴隷達の傍らで、王女の顔には滴るものがあった──。




 美味しそう──。


 ……。……王女の口元から涎が滴っていた。

 碌に食料を与えられずに一年もの時を過ごしていた王女は飢えに飢えていた。奴隷生活で精神が極限まで達していた彼女にとっては獰猛な魔物さえもはや肉塊にしか見えていなかった。

 猛然と王女に襲い掛かる魔物。必死に逃げてと叫ぶ奴隷。魔物が王女の喉元を喰いちぎろうとした瞬間、王女は避けると同時に足払いを掛け、すっころんだ魔物の脳天目掛けて強烈な回し蹴りを放った。

 正に瞬殺──。その威力は魔物の頭が地面に減り込むほどであった。

 まさかの結果に呆然としていたのは傍観していた奴隷だけではない。その結果をもたらした王女本人でさえも驚きを隠せなかった。

 王女は気づいていなかったのだ。長く続いた過酷な労働──特に王族として恨まれていた王女は重い荷物を運ばされていた──によって恐ろしく強靭な足腰が身に付いていた事を。

 

 あぁそうだ、実力で取り返せばいいんだ──。

 王女は決意した。転覆したこの国をさらにひっくり返し、正しく戻すと──。


 奴隷達は計画を立てた。実行に移すまでにまずは体作りから。この地域の魔物の肉はいい栄養源になるのでこのルートを確保する必要がある。魔物の肉を食らいつくした奴隷達は城に帰還後、兵士に訴えた。このような事をさせられてはいつか王女が死んでしまうので違うルートにしてくれ──。兵士は答える。奴隷ごときが口答えをするな。貴重な資源が見つかるまで毎日同じ道をゆけ──。

 計画通り──奴隷達は兵士に背を向け、ニヤリと笑った。

 変化する肉体を兵士に悟られぬよう、隠す必要がある。奴隷達は兵士に訴えた。薄い衣一枚では凍えて死んでしまう。汚い布でもいいから羽織らせて欲しい──。兵士は笑う。そんなにみすぼらしい格好になりたいのか。どうぞ勝手に惨めになってくれ──。

 計画通り──奴隷達は兵士に背を向け、ニヤリと笑った。

 

 そして一年後。雌伏の時を経て、ついに奴隷達は国を乗っ取り返す事に成功した。長らくの苦しみから解放された奴隷達は皆で抱き合い、泣いて笑った。その傍らで王女だけはどこか寂しそうな顔をしていた。サンミアークに平和を取り戻した暁にはこの国を去ると王女は心に決めていたのだ。

 同じ奴隷達や解放された王族達は今回の立役者を必死に引き留めた。だが、王女の決意は揺るがない。国がこのような惨状になったのは私の父が原因だと、そして暴力で取られた国を同じ暴力で取り返そうと考えた私のような粗暴者がこの国にいてはいけない──。

 王女はこの国を温和な大叔父に任せて旅に出た。別れ際に大叔父──新たな国王は王女にこれからどこへ往くのかと訊ねる。王女はいたずらに笑い、優しい声で答えた。


 どこかの暢気な王でも誑かしに行ってきます──。


 その後、平和になったサンミアークの民はどこからか流れてきた噂を耳にする。

 ここより北東の凶暴な魔物が大人しくなったとか、隣国の国王がついに結婚したとか──。

  



 時は過ぎ──サンミアークからベリロング山脈を越えた先で手下を連れた凶悪な魔物が丘の上に堂々と構える国に目をつけていた。


「間抜けな人間どもめ。貴様らは所詮我らに狩られる分際だという事をわからせてやろう」


 魔物は舌なめずりしながら品定めするように城を見渡す。するとどこからか視線を向けられているのを感じた。

 その方向を見やると、主塔から綺麗なドレスを着こなす見目麗しい女性が遠く離れたこちらを凝視していた。いや、明らかにこちらの──魔物の存在を視認して目を見開き威圧していた。

 凄まじい圧に恐れおののき手下は一目散に逃げ出す。頭目である魔物もこのままでは手下どもが『ボスを差し置いて逃げ出す薄情者』になってしまうと適当な理由をつけて逃げ出した。

 殺される──。魔物は見目麗しい女性──オカノウエー王国王妃オカノウエー・ニール・キレ・イーナの一睨みで絶望的な実力差を理解した。




「おおイーナよ。ここにおったのか」


 王妃が声の方を向くと、オカノウエー・ニール・ノンキーナ国王が見えた。

 二人は並び立ち、悠然と広がる景色を見渡す。


「ふむ、いい風だ。イーナよ、ここから何か見えたかな?」

「ええ、あなたが水虫になる未来が見えました」

「ハッハッハ! それは過去の話だなあ」


 もう既になっておる──。国王は笑い、あら、と王妃は微笑む。

 今日も今日とて修羅場を乗り越えてきたオカノウエー・ニール・キレ・イーナ王妃は、迫り来る魔物にどちらが狩られる分際かわからせてやったのだった──。

「ニスニアール大陸」につづく。

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